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2024/7/11

市中肺炎の重症化とアディポネクチン・パラドックス

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • アディポネクチン(AdipoQ) は、インシュリン感受性促進作用、抗炎症作用を有する善玉のアディポサイトカイン*1であるが、興味深いことに、高濃度のAdipoQは、循環器不全、がん、アルツハイマー病など種々の疾患の予後を悪くする二重性がある。
  • 本プロジェクトでは、市中肺炎*2における血清AdipoQ値と臨床的な結末との相関関係をロジスティック回帰分析により、前向きコホート研究*3で評価した。
  • その結果、AdipoQ値は死亡率と再入院率に正の相関関係が見られたが、死亡率は低体重に依存し、再入院率は、肥満度とは無関係であった。
図1.

AdipoQは、脂肪細胞から分泌される分子量約30kDのアディポサイトカインで、血中濃度は一般的なホルモンに比べて桁違いに高く、μg/mlオーダーに達します。AdipoQはインシュリン感受性促進作用(インスリン抵抗性改善作用、抗動脈硬化作用)、抗炎症作用を有し、 さらに、肥満、糖尿病、高血圧、メタボリックシンドロームなどの生活習慣病で、しばしば血中の濃度が低下することから、AdipoQ産生を高めることは生活習慣病や循環器疾患の予防・治療に有益であると考えられました。しかしながら、これとは対照的に腎不全や心不全で血中AdipoQ濃度が高いほど予後がよくないという、所謂、AdipoQ・パラドックスが報告されました。引き続き、慢性閉塞性肺疾患*4、がん、アルツハイマー病などのさまざまな疾患においてもAdipoQ・パラドックスが観察され、AdipoQ・パラドックスは老年期の慢性疾患における共通の病態メカニズムではないかと考えられました(図1)。このような状況で、デンマーク・コペンハーゲン大学病院 のArnold Matovu Dungu博士らは、前向きコホート研究の結果、市中肺炎の重症化(死亡、または、再入院)においても、AdipoQ・パラドックスが関与していることを見出しました。この結果は、Front. Med. 誌に掲載されましたので(文献1)、今回は、この論文を報告いたします。現時点において、老年期の慢性疾患に対する治療法は確立されてはいませんが、AdipoQ・パラドックスはこれらの疾患に共通する治療標的になる可能性があります。


文献1.
Adiponectin as a predictor of mortality and readmission in patients with community-acquired pneumonia: a prospective cohort study, Arnold Matovu Dungu et al., Front. Med., 02 April 2024


【背景・目的】

市中肺炎後の死亡率は低体重(BMI)と相関する。肥満では、血中AdipoQ値が低下することから、市中肺炎後の患者さんでは、血中AdipoQ値が高いと死亡率が高くなるのではないかと予測した。この仮説を明らかにすることを本論文における研究目的とした。

【方法】

市中肺炎で入院した患者さんを対象にした前向きコホート研究を行った。血中AdipoQ値は入院時に測定し、臨床的な結末とAdipoQ値の相関関係をロジスティック回帰分析*5により年齢、性差、肥満度(BMI及び、胴囲、体脂肪率)で調節して評価した。

【結果】

  • 90日までの死亡率はAdipoQ値と相関し、AdipoQ濃度が1μg/mL高くなるごとにオッズ比は1.02, 95%信頼区間(1,00, 1.04), p=0.048であり、年齢、性差に依存しなかった。
  • 同様に、90日までの再入院率はAdipoQ値と相関し、AdipoQ濃度が1μg/mL高くなるごとにオッズ比は1.02, 95%信頼区間(1,00, 1.04), p=0.048であり、年齢、性差に依存しなかった。
  • 肥満度を調節すると90日までの死亡率とAdipoQ値と相関関係は消失したが、90日までの再入院率とAdipoQ値と相関関係は保たれた。

【結論】

AdipoQ値は90日までの死亡率と再入院率に正の相関関係が見られたが、死亡率は低体重に依存し、再入院率は、肥満度とは無関係であると考えられた。

用語の解説

*1.アディポサイトカイン(Adipo-cytokine)
脂肪細胞から分泌される生理活性物質の総称であり、AdipoQやレプチン、TNF-αなどが含まれる。アディポサイトカインはその生理活性から善玉と悪玉に大きく分けられる。近年、生活習慣の変化によりメタボリックシンドロームの患者数が増加の一途をたどっているが、これらの物質はメタボリックシンドロームの発症において中心的な役割を果たしていると考えられており、注目を集めている。
  • 善玉アディポサイトカイン:AdipoQ、レプチン
  • 悪玉アディポサイトカイン;TNF-α、遊離脂肪酸、インターロイキン-6、MCP-1、アンジオポエチン様タンパク質-2(Angiopoietin-like protein 2、Angptl2)、プラスミノゲンクチベーターインヒビター-1(PAI-1)
*2.市中肺炎
市中肺炎は、病院入院中に発症する「院内肺炎」や、高度な医療や介護の結果で生じる「医療・介護関連肺炎」以外の、一般的な日常生活を送っている健康な人に発症する肺炎である。 感染の経路は、肺炎を発症している患者さんの咳に含まれている病原微生物が口や鼻より入り込んで感染する飛沫感染と、物などに付着した病原微生物が自身の手を経由して口や鼻より体内に入り込んで感染する接触感染がある。我が国における肺炎による死因順位は男女ともに第4位であり(※)、肺炎の罹患率も死亡率も70歳以上で急増する。原因はほとんどの場合、ウイルス性肺感染症か、肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)、または、肺炎クラミジア(Chlamydophila pneumoniae)による細菌感染症である。
*3.前向きコホート研究
「仮説を検証」す るために、これから新しい症例を集めて「仮説を検証」する研究を前向きと呼び、過去の症例を集めて「仮説を検証」する研究が後向き研究と呼ばれる。介⼊をせず実臨床のまま観察して「仮説 を検証」する研究を「前向きコホート研究」と呼ぶ。
*4.慢性閉塞性肺疾患(COPD)
COPDとは、これまで慢性気管支炎や肺気腫と呼ばれてきた病気をまとめて1つの呼び名としたものである。COPDは、たばこの煙など体に有害な物質を長期間吸入・暴露することで肺に炎症を起こす病気であり、中高年に発症する喫煙習慣を背景とした生活習慣病ともいえる。疫学的なデータでは、40歳以上の8.6%、約530万人がこの病気であると推定されているが、その多くは未だにCOPDと診断されず適切な治療も行われていない。COPDは肺の病気であるが、虚血性心疾患、骨粗鬆症、II型糖尿病など、全身のさまざまな病気の原因にもなっている。また、COPDの人はCOPDでない人に比べて、同じ量のたばこを吸っていても肺がんになる確率が約10倍高いと言われている。
*5.ロジスティック回帰分析
ロジスティック回帰分析とは、特定の事象に対して発生するか否か、すなわち「0」か「1」かを予測する「2値分類」の分析手法である。発展的なものとして、「2値」以上の分類である「多項ロジスティック回帰分析」や、序列のある分類である「序数ロジスティック回帰分析」も行うことが可能である。詳細は専門書を参照してください。

文献1
Adiponectin as a predictor of mortality and readmission in patients with community-acquired pneumonia: a prospective cohort study, Arnold Matovu Dungu et al., Front. Med., 02 April 2024