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2024/7/18

乳がんの再発率に対する地中海食の影響

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • マクロビオティック*1の伝統に基づいた地中海食*2が乳がんの再発を防ぐ効果があるか興味深い。本プロジェクトは、この仮説をDIANA-5ランダム化試験*3で評価した。
  • その結果、包括的な食生活の改善により、乳がんの再発のリスクを減らすことは出来ないが、推奨される食品摂取量から避けるべき食品摂取量を引いて計算した食事指数の3分位上層部の患者さんは、予後が改善したことから、この仮説をさらに追求する必要がある。
図1.

がんは根治手術で完全に取り除いたと思っても、多くの場合、再発します。現時点で再発のメカニズムは不明ですが、目に確認できない小さな腫瘍が手術の時に取り残されるか、あるいは、すでに転移している可能性があります。このようにして生き残った腫瘍が治療に対する抵抗性を獲得して、時間と共に徐々に復活してくると考えられます。そこで、手術する前後に再発を防ぐ目的で化学療法やホルモン療法、放射線療法、さらに、最近では、免疫療法などが手術の補助(アジュバント)療法として行われています(ステージIB胃がんに対する術後化学療法の有効性〈2024/6/13掲載〉)。実際、アジュバント療法の進歩により、再発率は有意に下がりましたが、それでも十分ではなく、更なる改良が必要です。このような状況で、最近、食事療法が見直されています(図1)。食事療法と言うと少し原始的に思われますが、もし、効果的ならば、副作用などの侵襲性がない、高額な医療費がかからないなど非常に魅力的です。今回、イタリア・ミラノにありますIstituto Nazionale dei TumoriのFranco Berrino博士らは、マクロビオティック*1の伝統に基づいた地中海食が乳がんの再発を防ぐ効果があるかどうか調べるための臨床試験;DIANA-5ランダム化試験*3を行い、食事療法を遵守することにより、再発から保護される可能性があることを見出しました。この結果は、Clin Cancer Res. 誌に掲載されましたので報告いたします(文献1)。ご存じの方も多くいらっしゃると思いますが、神経変性疾患の研究分野におきましてもアルツハイマー病などの認知症に対する地中海食の有益な効果はトッピクスの一つになっており、がんと認知症に共通する治療法の一つになる可能性があり注目されます。


文献1.
The Effect of Diet on Breast Cancer Recurrence: The DIANA-5 Randomized Trial, Franco Berrino et al., Clin Cancer Res.2024 Mar 1; 30(5): 965–974.


【背景・目的】

マクロビオティックの伝統に基づいた地中海食が乳がんの再発を防ぐ効果があるかも知れないと言うのは、興味深い仮説である。臨床試験;DIANA-5ランダム化試験を行いこの仮説を検討することを本論文における研究目的とした。

【方法】

  • DIANA-5試験は、エストロゲン受容体陰性、メタボリックシンドローム、血中インスリンやテストステロン高値など乳がんの再発率の高い1,542名の患者さんが含まれ、患者さんは、地中海食を介入する群(IG)とコントロールの群(CG)にランダムに振り分けられた。
  • 推奨される食品は、全粒穀物、豆類、大豆製品、野菜、果物、ナッツ類、オリーブオイル、魚。避けるべき食品は、精製製品、ジャガイモ、砂糖、デザート、赤肉、加工肉、乳製品、アルコール飲料。コンプライアンス食事指数は、推奨される食品摂取量から避けるべき食品摂取量を引いて計算した。

【結果】

  • 5年間の追跡調査で、IG群の患者さん95名とCG群の患者さん98名が乳がんの再発[ハザード比HR=0.99; 95%信頼区間(CI=0.69-1.40)であった。
  • 一方、食事療法の遵守による分析では、食事指数の3分位上層部の患者さんは、3分位下層部の患者さんと比較すると、HR=0.59; 95%信頼区間(CI=0.32-0.96)であった。

【結論】

DIANA-5ランダム化試験による食事介入の結果は、包括的な食生活の改善により、乳がんの再発のリスクを減らすことは出来ない。しかしながら、食事指数の3分位上層部の患者さんは、予後が改善した観察結果から、使用来の食事試験ではIG群とCG群の間の食事の内容の差を明確にし、遵守率を向上することを推奨する。

用語の解説

*1.マクロビオティック(macrobiotics)
マクロビオティックは、従来の食養に、桜沢如一による陰陽論を交えた食事法ないし思想である。長寿法を意味する。玄米、全粒粉を主食とし、主に豆類、野菜、海草類、塩から組み立てられた食事である。身土不二、陰陽調和、一物全体といった独自の哲学を持つ。運動創始者の桜沢如一は、石塚左玄の玄米を主食とした食事法のための食養会に所属し会長も務めた後、思想を発展させ、また民間運動として世界に普及させた。他の呼称に玄米菜食、穀物菜食、自然食、食養、正食、マクロビ、マクロ、マクロバイオティックがある。マクロビオティックの運動の始まりとしては、1928年に桜沢如一が行った講習会であると桜沢の夫人が述べている。現在ではさまざまな分派が存在するが、桜沢如一に端を発した食に関する哲学や独自の宇宙感に関してほぼ同じ考えを保っており、また各集団も連携している。2010年代には、マクロビオティックの健康効果の推定と、乳がんや糖尿病にて臨床試験を実施した医学論文が出されており、日本でも栄養学者等を招いたシンポジウムが開催されている。
*2.地中海食
地中海食は、ナッツ、オリーブオイル、野菜、果物、全粒穀物、豆、種子、魚、鶏肉が豊富で、チーズとヨーグルトは頻繁に食され、赤肉、卵、菓子の消費は控えめである。また、地中海食には、多価不飽和脂肪酸が豊富に含まれる。記憶能力および健康に対する良好な研究結果が繰り返し報告されている。地中海沿岸諸国では、イギリスやドイツ、北欧などに比べて、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患が少ないことから、食生活にその一因を求める考えがあった。日本、アメリカ合衆国、フィンランド、オランダ、イタリア、ユーゴスラビア、ギリシャの7カ国で、食事の違いと虚血性心疾患の疫学研究を行った。この世界7カ国共同研究により、血清コレステロール値と心筋梗塞・冠動脈疾患死に関連があること、同程度の高脂肪食を食べても、地中海沿岸諸国では冠動脈疾患が少ないことが判明した。 研究結果から、地中海食は、全死亡率、心血管疾患、がん死亡率、がん、パーキンソン病、アルツハイマー病のリスクが近代の西洋的な食事よりも低く、喘息、慢性関節リウマチの症状を改善するとみられている。地中海食は、低脂肪食に比べて心血管疾患を抑制する。肥満の抑制にも有用である可能性が示唆されている。2008年の前向きコホート研究で、「地中海食が糖尿病リスクを減少させる」と報告された。2014年には、エキストラ・ヴァージン・オリーブ・オイルを摂取した地中海食で、有意に糖尿病発症が少ないと報告された。地中海食が子宮癌(子宮内膜癌)のリスク低下に有用である可能性が報告された。オリーブオイルを多く含む地中海食、ナッツ類を多く含む地中海食、通常の低脂肪食の3群では、骨形成マーカー(オステオカルシン、etc)がオリーブオイル地中海食群のみ改善していた。他の2群では有意差がみられなかった。2021年2月、ハーバード大学医学部は、卵や鳥は言うまでもなく、動物ベースではなく植物ベースのタンパク質と、緑茶が豊富なカロリー制限のある地中海食を推奨した。
*3.DIANA-5ランダム化試験
DIANA-5; DIetおよびANdrogen-5の略、ランダム化比較試験とは、研究の対象者を2つ以上のグループにランダムに分け(ランダム化)、治療法などの効果を検証することです。ランダム化により検証したい方法以外の要因がバランスよく分かれるため、公平に比較することができる。ランダム化比較試験では、患者も医師も振り分けられるグループを選ぶことはできない。無作為化比較試験ともいう。

文献1
The Effect of Diet on Breast Cancer Recurrence: The DIANA-5 Randomized Trial, Franco Berrino et al., Clin Cancer Res.2024 Mar 1; 30(5): 965–974.