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2024/7/25

地中海ケトン食が認知症の予防治療に効果的であるメカニズム

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 最近、ケトン食*1が、認知症などの神経変性疾患の予防に効果的である可能性が注目されており、そのメカニズムの理解が重要である。本プロジェクトでは、腸内細菌叢による脳腸相関*2の制御に対してケトン食がどの様な影響があるのか明らかにするために、アルツハイマー病(AD)のモデルマウスを用いて検討した。
  • 地中海ケトン食(Mkd)が腸のオミックス解析のパターンを変えることにより、ADに関連した神経学的機能や根底にある腸-脳のコミュニケーションに対して、改善的な作用があることが強調された。
図1.

先週、Mkdが、がんの予防に効果的である可能性があるとお伝えいたしました。実際、ケトン食は、種々の疾患に効果的であることが報告されて来ました。神経系においては、難治性てんかんに対するケトン食療法が1920年代から行われて、1995年以降にアメリカで急速に普及し、点頭てんかん(ウエスト症候群)*3から部分てんかん*4まで多くのてんかんに有効であることが示されました。その後、認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患に対するケトン食の治療効果が多く報告されるようになり、同時にメカニズムに関する検討もされるようになりました。神経変性疾患の状態では、脳のエネルギー源であるグルコースが効率よく利用できないのでケトン体が代わりのエネルギー源として使われることにより代謝が改善され神経機能が向上します(図1)。また、近年、ケトン体には、抗酸化ストレス作用や抗炎症作用などの多様な働きを持つことが明らかになりました(図1)。このように、ケトン食の神経変性抑制効果のメカニズムを理解することは重要です。近年、腸と脳とは、ホルモンやサイトカインなどの液性因子や自律神経系を介して双方向的に情報伝達を行っており、「脳腸相関」と呼ばれていますが、この脳腸相関の新しい担い手として衆目を集めているのが腸内細菌叢です。したがって、腸内細菌叢による脳腸相関の制御に対してケトン食がどの様な影響があるのか明らかにすることは興味深いと思われます(図1)。このような考えで、米国、フロリダ州立大学のGwoncheol Park博士らは、ADのトランスジェニック(Tg)モデルマウスを用いた実験において、MkdがADに関連した神経学的機能や根底にある腸-脳のコミュニケーションに対して有益な作用があることを観察しました。結果は、Gut Microbes誌に掲載されましたので、今回はそれを紹介いたします(文献 1)。


文献1.
A modified Mediterranean-style diet enhances brain function via specific gut-microbiome-brain mechanisms., Gwoncheol Park et al., Gut Microbes. 2024 Jan-Dec;16(1):2323752.


【背景・目的】

ADは、脳を衰弱させる障害であり、現在、急速に世界中に蔓延しているが、その治療法は確立されていない。本プロジェクトでは、ADのTgモデルマウスを用いて、MkdがADに関連した神経系認知機能の病態生理や腸内細菌叢による脳腸相関の制御に対してどの様な影響があるのか調べることを研究目的とした。

【方法】

ADのTgモデルマウス(APP/PS1, 6週齢, n=18)及び、野生型コントロールマウスに8~12週間、Mkd、又は、通常の西洋食を与え、マルチオミックス*5、行動解析などを行った。

【結果】

  • Mkdは腸内細菌群やそれらの菌の代謝物を大きく推移させた。最も注目されたのは、Mkdはラクト・バチルス菌の増殖を促進させたことであり、それにより、菌由来の乳酸の産生が増加したことであった。
  • 菌や食事中の代謝物の濃度は血清においても上昇し、そのシグナルは脳に影響していると思われた。重要なことに、血清中のこれらの代謝物の上昇は、海馬における神経保護作用を持つ受容体や神経炎症に伴う経路の変化を誘導した。
  • さらに、これらの代謝物は、腸脳軸の統合性や炎症マーカーの共同規制を強力に示し、神経行動的に好ましい結果と相関することが示された。

【結論】

本件研究においては、MkdがADに関連した神経学的機能や根底にある腸-脳のコミュニケーションに対して、改善的な作用があることがマルチオミックスや行動解析により強調された。

用語の解説

*1.ケトン食
ケトン食療法とは、食事の内容を工夫することにより、ケトン体を糖分の代わりに脳のエネルギー源として活用できる状態に人為的にすることで、治療に応用することを指す。様々な領域でケトン食療法は活用されているが、てんかんに関してはてんかん発作が減少する効果が期待できることが分かっている。
*2.脳腸相関(brain-gut interaction)
脳腸相関とは、ヒトにおいて脳の状態が腸に影響を及ぼし、逆に腸の状態も脳に影響を及ぼす現象である。これらの双方向的な関係は自律神経系やホルモン、サイトカインなどの液性因子を介して密に関連していることが知られている。例えば、脳からは腸へ向けて神経が投射しており、精神的なストレスが消化管に影響を及ぼす。一方、様々な原因で腸の状態が悪いと、血液を介して脳が有害物質に曝される危険性が指摘されている。また腸内で腸内細菌叢が産生する物質が、脳に影響を与えることもある。
*3.点頭てんかん(ウエスト症候群)
点頭てんかんは、West症候群(ウエスト症候群)とほぼ同義語に用いられている。ICD-10(疾病分類)ではG404。ウエスト症候群の原因は、周産期脳障害、結節性硬化症をはじめ多岐に及ぶ。特徴は、点頭発作(攣縮(スパスム))と呼ばれる短い発作を一群の繰り返しをして収束する、シリーズ形成性の発作。脳波では、非常に特徴的なヒプスアリスミア(英語版)と呼ばれる異常を呈する。年齢依存性で、3歳未満の乳児にしかほぼ認めない。
*4.部分てんかん
部分てんかんは、発作型および脳波変化が一側半球の部分に局在するてんかん症状である。主に部分発作と全般発作の二つに分類される。大脳の局所にてんかん発射が発生して起こる発作を部分発作と言い、両側の大脳半球の広範な部位にてんかん発射が現れるものを全般発作と言う。単純部分発作は、意識が保たれ、片方の手足や顔のつっぱり・けいれんあるいはしびれがみられたり、実際にはないものが見えたり、聴こえたり、上腹部から、こみ上げ感・なつかしい感じがしたり、訳もなく怖い感じ・さみしい感じにおそわれたりする。
*5.マルチオミクス
生体内の機能を担うさまざまな物質について、総合的・網羅的に研究する学問分野。具体的にはDNA・RNA・たんぱく質・代謝産物などを分析対象とし、それぞれゲノミクス・トランスクリプトミクス・プロテオミクス・メタボロミクスに分類される。 マルチオミックス。 統合オミクス。

文献1
A modified Mediterranean-style diet enhances brain function via specific gut-microbiome-brain mechanisms., Gwoncheol Park et al., Gut Microbes. 2024 Jan-Dec;16(1):2323752.