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2024/7/30

統合失調症の記憶障害と認知症の関係

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 統合失調症(SCZ)の患者さんは加齢とともに記憶障害が顕著になりアルツハイマー病(AD)の神経変性のメカニズムと重複する可能性が考えられる。
  • 本研究では、SCZの剖検脳の病理解析に関するシステマティックレビュー・メタ解析*1を行い、この可能性を検討した。
  • その結果、SCZは、コントロール群と比べて、アミロイドの病理に関する有意差は見られなかった。したがって、SCZの患者さんにおける記憶障害はADが原因では無く、AD以外の原因、例えば、老化に伴う認知予備能*2の低下の可能性があるのではないかと推定した。
  • もし、現行のシステムが、老化に伴う認知予備能の低下を記憶障害と評価してしまうなら、再検討する必要がある。
図1.

ADにおける精神病症状は、ある程度認知機能障害が進行した後に出現し、認知機能障害の周辺症状*3として一般的に考えられています(図1)。対照的に、SCZなど精神病の患者さんは加齢とともに記憶障害が顕著になりますが、そのメカニズムは不明です。老齢期の現象であり、ADなどの認知症に罹患する時期と重なるため、恐らく、神経変性のメカニズムと重複しているのではないかと考えられます。また、これまで、いくつかの論文において、SCZ 脳の組織学的解析においてADの病理所見が認められましたが、その一方で、有意差が示されなかったという報告も見られます。ADの頻度は桁違いに高いので、SCZ病理との因果関係の有無に関わらず、ADと合併する可能性があるからです。したがって、これまでの報告でこの問題に対する明確な結論は出ておらず、治療方針を立てることは出来ません。この様な状況で、英国・ロンドン大学のJack Christopher Wilson博士らは、SCZの剖検脳の病理解析に関するシステマティックレビュー・メタ解析を行い、その結果、SCZの剖検脳は、コントロールの剖検脳と比べて、アミロイドの病理に関する有意差は見られないと結論づけ、SCZの記憶障害は、老化に伴う認知予備能(Cognitive reserve)の低下の可能性があるのではないかと推定しました。しかしながら、アミロイド以外のADの病理メカニズムが重要である可能性も残されており、現時点では、SCZとADの病理メカニズムは完全に異なるとは断定できず、慎重に進めていく必要があります。この結果は、BMJ Ment Health誌に掲載されましたので(文献1)、今回はそれを紹介いたします。


文献1.
Biomarkers of neurodegeneration in schizophrenia: systematic review and meta-analysis, Jack Christopher Wilson et al., BMJ Ment Health 2024 May 24;27(1):e301017.


【背景・目的】

SCZの患者さんは加齢とともに記憶障害が顕著になる。そのメカニズムは不明であるが、一つは、ADの神経変性と重複している可能性が考えられる。あるいは、SCZの記憶障害は、老化に伴う認知予備能の低下が関与する可能性が考えられる。本プロジェクトでは、SCZの剖検脳の病理解析に関するシステマティックレビュー・メタ解析によりこれを明らかにすることを研究目的とした。

【方法】

  • 45歳以上の認知障害のあるSCZの患者さんとコントロール群との間で剖検脳の病理解析結果の知見、MRI検査による海馬の大きさ、脳脊髄液(CSF)中のADのマーカーを比較した文献のシステマティックレビューを行なった
  • 引き続き、認知障害のあるSCZの患者さんから、正常なコントロール、AD患者さんの群まで剖検脳におけるアミロイドプラークと神経原繊維変化を比較したメタ解析を行なった。

【結果】

  • どの論文においても、認知障害のあるSCZの患者さんの群と正常なコントロールの群では、アミロイドプラークと神経原繊維変化の数が有意な増加は見られなかった。
  • すべての論文における剖検脳の解析結果は、SCZの患者さんの群に比べて、ADの患者さんの群のみにおいて、アミロイドプラークと神経原繊維変化の数が増加していた。
  • CSF中のリン酸化タウ蛋白、総タウ蛋白は、認知障害のあるSCZの患者さんの群と正常なコントロール群で有意差は無かった。
  • 2つの論文は、SCZの患者さんの群におけるCSFのAβ42が正常なコントロール群のそれに比べて有意に低下していることを報告した。
  • 海馬の大きさに関するそれぞれの群の比較に関しては、一定した報告はなかった。

【結論】

本研究における剖検脳のメタ解析の結果、SCZは、コントロール群と比べて、アミロイドの病理に関する有意差は見られないと考えられた。したがって、SCZの患者さんにおける記憶障害はADが原因では無く、AD以外の原因、例えば、老化に伴う認知予備能の低下の可能性があるのではないかと推定した。

用語の解説

*1.システマティックレビュー・メタ解析
システマティック・レビューは、一定の基準や方法論をもとに質の高い臨床研究を調査し、エビデンスを適切に分析・統合を行うことであり、メタ・アナリシスは、過去に行われた複数の研究結果を統合するための統計解析である。
*2.認知予備能 (Cognitive reserve)
脳内に病的な変化を有していても, 臨床的に認知症を発症せずに機能を保つ能力として, 認知予備能 (cognitive reserve), 脳予備能 (brain reserve), 脳の維持 (brain maintenance) などの概念がある。脳の衰えへの耐性を想定する予備能仮説で, 予備能の代理尺度として用いられる指標には, 比較的測定が容易な脳容積や頭囲, 脳重量という形態学的パラメーター, 教育 (教育年数や教育の質), 職業内容の複雑さ, IQ や識字率, 精神的活動, 社会的活動, 身体的活動などがある。
*3.周辺症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)
認知症の症状には、中核症状と周辺症状がある(図1)。
○ 中核症状は、脳の障害によって起こる直接的な症状を指している。
  • ◆ 記憶障害…「いつ」「どこで」「何をした」という記憶が障害される。
  • ◆ 見当識障害…時間や目の前にいる人物が理解できなくなる。
○ 周辺症状は、BPSDと呼ばれ、中核症状に付随して発生する症状(行動・心理症状)を指す。
  • ● うつ・アパシー…意欲が低下して引きこもりがちになる状態である。
  • ● 徘徊…目的や道を忘れるなどして歩き回る状態である。
  • ● 暴言・暴力…周りの人に対して攻撃的なことを言ったり、殴ったりする。
  • ● 幻視・幻聴…実際に存在しないものが見えたり、聞こえたりする。

文献1
Biomarkers of neurodegeneration in schizophrenia: systematic review and meta-analysis, Jack Christopher Wilson et al., BMJ Ment Health 2024 May 24;27(1):e301017.