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2024/8/7

パーキンソン病の運動症状のサブタイプと血清GFAPの関連性

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 最近の前向きコホート研究*1により、著者らのグループは、パーキンソン病(PD)の運動障害や認知障害に対するバイオマーカー*2として、グリア線維性酸性蛋白質(GFAP)*3を同定したが (Lin J et al., BMC Medicine 2023)、詳細は不明である。
  • PDの運動障害は多彩であり、運動症状のサブタイプと血清GFAPの関連性があるかどうか興味深い。本研究では、引き続き2年間の追跡調査を行い、この可能性を検討した。
  • その結果、血清GFAPは、PDの運動症状のサブタイプを解析し、サブタイプシフトを予測するのに優れた臨床バイオマーカーとなることが示唆された
図1.

バイオマーカーは疾患の重症度や病期の判定、鑑別診断、さらに治療効果の評価など、臨床の場において非常に有用性が高いため、近年、神経変性疾患に関しても精力的に研究が行われています。中国・四川大学の研究チームは、最近、PDの運動障害や認知障害に対するバイオマーカーとして、血清GFAPを同定しました(Lin J, 2023)。PDは、黒質のドパミン神経細胞の障害によって発症する神経変性疾患であり、静止時振戦、筋強剛(筋固縮)、運動緩慢・無動を特徴としますが、この他、姿勢保持障害、同時に2つの動作をする能力や自由にリズムを作る能力の低下を加えると、ほとんどの運動症状を説明することができます。しかしながら、全てのPDの患者さんにこれらの症状が全て出てくるわけではありません。また、PDの運動症状のパターンは病期によって変わることや精神症状などの非運動症状が現れることも知られており、PDの症状からサブタイプの分類を試みる取り組みもなされています。この様な背景で、同グループは、引き続き、運動症状のサブタイプと血清GFAPの関連性があるかどうかを検討した結果、姿勢不安定性・歩行障害のサブタイプ(PIGD)は振戦有意型(TD)のサブタイプよりも高い血清GFAPを伴っており、さらに2年後においては、TDのうち、血清GFAPの高い症例がPIGDに移行し、逆に、PIGDのうち、血清GFAPの低い症例がTDに移行していることを見出しました(図 1)。このように、血清GFAPは、PDの運動症状のサブタイプを解析し、臨床経過を予測するのに優れたバイオマーカーとなる事が示唆されました。この結果は、npj Parkinson’s disease誌に掲載されましたので(文献1)、今回はそれを紹介いたします。


文献1.
Plasma GFAP as a prognostic biomarker of motor subtype in early Parkinson’s disease, Ningning Che et al., npj Parkinson’s disease, volume 10, Article number: 48 (2024)


【背景・目的】

最近、我々は、PDの運動障害や認知障害に対するバイオマーカーとして、血清GFAPを同定したが(Lin J, 2023)、PDの運動症状のサブタイプと血清GFAPの関連性があるか不明である。本プロジェクトでは、引き続き、前向きにコホート研究を進めて、この問題を明らかにすることを研究目的とした。

【方法】

  • i) PDの運動症状のサブタイプ(PIGD, TD)と血清GFAPの関連性があるか、さらに、ii) 運動症状のサブタイプが転換する際、血清GFAPから予測できるかを検討するため、超感度単一分子アレイを使用して血清GFAPを測定した。
  • GFAPの測定は、ベースラインを測定後、2年後に再測定した。この追跡調査(前向きコホート研究)にはPD患者さん148名、コントロール95名が登録されている。

【結果】

  • 血清GFAPはTD に比べて、PIGDの方が有意に高かった。さらに、2年間の追跡期間において、TDの45%の患者さんが、サブタイプシフトしたが、PIGDの85%の患者さんは、PIGDのままであった。
  • TDからPIGDに移行した患者さんの血清GFAPは、移行しなかった患者さんのそれに比べて、有意に高かった。
  • 交絡因子*4を調整した結果、より高値の血清GFAPはTDのサブタイプシフトに関連し(OR*5 = 1.283, P = 0.033)、より底値の血清GFAPはPIGDのサブタイプシフトに関連していた(OR = 0.551, P = 0.021)。

【結論】

本研究の結果より、血清GFAPは、PDの運動症状のサブタイプを解析し、サブタイプシフトを予測するために優れた臨床バイオマーカーになると思われた。

用語の解説

*1.前向きコホート研究(Prospective cohort study)
疫学調査法の一つで、容疑要因に暴露したものと暴露しないものをあらかじめ定義された集団から選び、将来に向かって問題とする疾病の発生を観察して、両者の発生率を比較する方法で、コホート研究(Cohort Study)あるいは追跡研究(Follow-up study)ともいう。これに対し、問題とする疾病にすでに罹患している群としていない、いわゆる対照群の両者について、仮説として立てられた要因への暴露を過去にさかのぼって情報を集め、比較する方法を後ろ向き研究(Fetrospective study)という。
*2.バイオマーカー(Biomarker)
一般的にはバイオマーカーは特定の病状や生命体の状態の指標である。アメリカ国立衛生研究所の研究グループは1998年に「バイオマーカーとは通常の生物学的過程、病理学的過程、もしくは治療的介入に対する薬理学的応答の指標として、客観的に測定され評価される特性」と定義づけた。過去においては、バイオマーカーは主として血圧や心拍数など生理学的指標のことであった。近年になるとバイオマーカーは、前立腺癌の分子バイオマーカーとなる前立腺特異抗原、肝機能測定のための酵素測定などに例えられる、分子バイオマーカーの同義語となってきた。最近では、大腸癌やその他のEGFR(上皮成長因子受容体)関連癌におけるKRAS遺伝子の役割など、腫瘍学におけるバイオマーカーの有用性が注目されている。
*3.グリア線維性酸性蛋白質 (GFAP: Glial fibrillary acidic protein)
グリア繊維性酸性タンパク質(GFAP)は細胞骨格タンパク質ファミリーの一員であり、中枢神経系(CNS)の成熟アストロサイトにおける主要な8~9 nmの中間径フィラメントである。GFAPは40~53 kDaの分子量および5.7~5.8の等電点を有する単量体分子であり、中枢神経系以外には見られない、脳に非常に特異的なタンパク質である。GFAPが外傷性脳損傷(TBI)の直後に血中に放出されること、TBI後の脳損傷の重症度および転帰に関連すること、脳損傷のない多発外傷後には放出されないことを示す研究が報告されている。外傷、疾患、遺伝的障害、または化学的傷害のいずれかにより損傷したCNSにおいて、アストロサイトは反応性アストロサイトへと変化し、そしてアストログリオーシスと呼ばれる典型的な方法で反応する。アストログリオーシスは、GFAPの迅速な合成を特徴とする。高い脳特異性およびTBI後のCNSからの早期放出により、GFAPは早期診断のための適切なマーカーとなる可能性がある。
*4.交絡因子(Confounder)
調べようとする因子以外の因子で、病気の発生に影響を与えるものを交絡因子という。 例えば、飲酒とがんの関連性を調べようとする場合、調べようとする因子(飲酒)以外の因子(喫煙など)ががんの発生率に影響を与えているかもしれないので、交絡因子があれば、多変量解析を使って調整する。
*5.オッズ比 (OR; Odds ratio)
オッズ比は、ある事象の起こりやすさを2つの群で比較して示す統計学的な尺度である。 オッズとは、ある事象の起こる確率を p として、p/(1 − p) の値をいう。オッズ比は、ある事象の1つの群ともう1つの群とにおけるオッズの比として定義される。オッズ比が1とは、対象とする条件あるいは事象の起こりやすさが両群で同じということであり、1より大きい(小さい)とは、条件あるいは事象が第1群(第2群)でより起こりやすいということである。オッズ比は必ず0以上である。第1群(第2群)のオッズが0に近づけばオッズ比は0(∞)に近づく。

文献1
Plasma GFAP as a prognostic biomarker of motor subtype in early Parkinson’s disease, Ningning Che et al., npj Parkinson’s disease, volume 10, Article number: 48 (2024)