新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2024/8/20

モノクローナル抗体Prasinezumabを用いたパーキンソン病の免疫療法

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • アルツハイマー病(AD)と同様に、パーキンソン病(PD)においても、抗αシヌクレインモノクローナル抗体(αSmAb)を用いた受動免疫による治験が行われている。
  • 最近のPASADENA第II相臨床試験において、プラシネズマブ*1は、PDの進行を抑制しなかった。しかしながら、この治験の被験者は、PDの進行という点から見ると非常に多様であり、プラシネズマブが一部のPDに対しては効果がある可能性が考えられた。
  • この考えに一致して、この治験を1年間延長して、運動症状の進行に応じて患者さんを4つの亜集団に分けて解析した結果、プラシネズマブが、急激に進行するタイプのPD患者さんの運動機能低下を軽減することが明らかになった。
図1.

以前にお伝えしましたように、抗アミロイドβmAbによる免疫療法がアルツハイマー病(AD)の第III相臨床試験において成功したことから(早期アルツハイマー病に対するLecanemab(レカネマブ)の治療効果〈2023/5/10掲載〉Donanemab(ドナネマブ); 早期アルツハイマー病の第III相臨床試験に成功〈2023/5/30掲載〉)、ADの治療研究は、今後、免疫療法に関連するものが、より重要になっていくと思われます。しかしながら、ADにおいて蓄積するアミロイドβが細胞外に放出される分泌蛋白であるのに対して、多くの神経変疾患で蓄積するアミロイド蛋白質は細胞内蛋白で、主として、細胞質や核に蓄積しますので、抗体は細胞膜を通過する必要があり、そのため治療効率は高くならないと予想されます。実際、PDにおいて、抗αSmAbを用いた受動免疫による治験が行われていますが(図1)、現時点において、満足のいく結果は得られていません。そのうちの一つであるPASADENA第II相臨床試験において、スイス・ロシュイノベーションセンターのGennaro Pagano博士と共同研究者らは、病初期のPD患者さんに対してプラシネズマブによる免疫療法による治験を行いましたが(図1)、PDの進行に対して有意な抑制効果を観察できませんでした。ただし、この治験の被験者は、PDの進行という点から見ると非常に多様であったことから、今回、著者らは、この治験をさらに1年間延長し、事前に判定した運動症状の進行具合に応じて患者さんを亜集団4つに分けて、プラシネズマブが 運動症状の進行に影響を解析しました。その結果、プラシネズマブが、急激に進行するタイプのPD患者さんの運動機能低下を軽減することが、大規模な第II相臨床試験で得られたデータの予備解析によって明らかになり、これまで得られて来たPDの臨床試験のネガティブ・データに再考の余地があることがわかりました。この結果は、Nature Medicine誌(文献1)に掲載されましたので、今回はその論文を紹介いたします。


文献1.
Prasinezumab slows motor progression in rapidly progressing early-stage Parkinson’s disease, Gennaro Pagano et al., Nature Medicine, volume 30, pages 1096–1103 (2024)


【背景・目的】

最近のPASADENA第2相臨床試験において、初期段階のPD患者さん316人に対してプラシネズマブが投与されたが、このコホート研究ではPDの運動症状を定量的に判断する標準的な臨床評価基準である運動疾患障害学会の統一パーキンソン病評価尺度(MDS-UPDRS)*2による評価スケールで、病気の進行を遅らせるような効果は見られなかった。しかしながら、この臨床試験の被験者は、病気の進行という点では非常に多様であった。そこで、本プロジェクトにおいては、プラシネズマブがPDの症状の亜型に応じて異なる可能性を明らかにすることを研究目的とした。

【方法】

今回、PASADENA第2相臨床試験において、事前に判定した運動症状の進行具合に応じて患者さんを亜集団に分類し、引続き、1年間に渡り、プラシネズマブが運動症状の進行に与える影響を解析した。この症状の進行度は、ベースライン時のモノアミン酸化酵素B阻害剤*3の使用、ホーン・ヤールの重症度分類*4、レム睡眠行動障害の存在、運動症状のサブ表現型(無動–筋強剛型と振戦優位型)などによって判定した。

【結果】

  • プラシネズマブ投与によって52週後に、進行の速い亜集団で、プラセボ投与群と比較して運動症状の悪化が抑えられることが分かった。
  • このような効果は、これらの集団よりも進行が遅いとされた亜集団への投与では認められなかった。運動症状の評価は、MDS-UPDRSのパートIIIを用いて行った。
  • また、プラシネズマブの臨床効果が見られるのは、進行の速いPD患者さんへ投与して1年後だけであることを示していた。

【結論】

  • 以上の結果より、1年間の臨床試験において、プラシネズマブが、進行のより速いPD患者さんに対して運動症状の進行を大幅に抑制する可能性があることを示唆している。ただし、事後解析*5であるため、これらの結果を検証するにはさらなる無作為化臨床試験が必要である。現在、大規模な第2相試験(PADOVA研究)が行われている。
  • また、もっと進行の遅い患者さんにおいて、プラシネズマブの長期間投与後に効果が見られるかを判断するには、さらに研究が必要である。これについては現在、PASADENA臨床試験を延長した非盲検試験で検討中である。

用語の解説

*1.プラシネズマブ(Prasinezumab)
プラシネズマブは、凝集したαシヌクレインのC-末端に結合してこれを分解させるよう設計された、初めての実験的PD治療用モノクローナル抗体である。
*2.MDS-UPDRS (Movement Disorder Society Unified Parkinson’s Disease Rating Scale)
運動障害疾患学会-統一PD評価スケールであり、以下の4部分からなる。
• Part I: Non-Motor Experiences of Daily Living(非運動症状の日常生活での経験)
• Part II: Motor Aspects of Experiences of Daily Living(運動症状の日常生活での経験)
• Part III: Motor Examination(運動検査)
• Part IV: Motor Complications(運動の合併症)
*3.モノアミン酸化酵素B(monoamine oxidase B; MAOB)阻害薬
MAOB阻害薬はドパミンやセロトニンの分解酵素である MAOB の働きを阻害することによって,脳内のドパミン濃度を 40〜50%上げるとの報告があり、PD症状を改善する.現在世界的に使用されているMAOB 阻害薬はセレギリンと Rasagiline で,わが国ではセレギリンのみが認可されている。
*4.ホーン・ヤールの重症度分類(Hoehn & Yahr)
PDは、進行性の病気であるが、病気の進行速度はそれぞれの人によって異なる。 PDの進行度を示す指標として、「ホーン・ヤールの重症度分類」と「生活機能障害度分類」が広く用いられる。
Ⅰ度: 体の片側だけに手足のふるえや筋肉のこわばりがみられる。体の障害はないか、あっても軽い。
Ⅱ度: 両方の手足のふるえ、両側の筋肉のこわばりなどがみられる。日常の生活や仕事がやや不便になる。
Ⅲ度: 小刻みに歩く、すくみ足がみられる。方向転換のとき転びやすくなるなど、日常生活に支障が出るが、介助なしに過ごせる。職種によっては仕事を続けられる。
Ⅳ度: 立ち上がる、歩くなどが難しくなる。生活のさまざまな場面で、介助が必要になってくる。
Ⅴ度: 車いすが必要になる。ベッドで寝ていることが多くなる。
*5.事後解析(Post-hoc analysis)
事後解析とは、すでに結果の出た研究データを確認して、実験の主要な目的にはなかった傾向を発見しようとすることである。言い換えると、当初予定されていなかった分析や、実験終了後に追加で行われた分析はすべて事後解析とみなされる。事後研究は、収集済みのデータを使って行われる。研究者はこのデータを利用し、事前に予定していなかった、新たな目的のための新たな解析を行なう。したがって、過去に行われた臨床試験データを解析することも、事後解析の1つと言える。

文献1
Prasinezumab slows motor progression in rapidly progressing early-stage Parkinson’s disease, Gennaro Pagano et al., Nature Medicine, volume 30, pages 1096–1103 (2024)