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一般向け 研究者向け 査読前論文

2024/9/12

自然免疫細胞におけるLRRK2の二分的作用

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 最近、我々は、LRRK2ノックアウト(KO)マウスにおいて、マクロファージのミトコンドリアストレス、炎症が亢進していることを観察して報告した(Wendel C.G. et al, Elife 2020)。
  • 本研究において, 同じLRRK2 KOマウスの脳内マクロファージであるミクログリア*1を解析した結果、ミトコンドリアストレス、炎症は低下していた。
  • そのメカニズムの一つとして、NRFに依存したミトコンドリアの保護作用に対するLRRK2の抑制が解除されることが考えられた。
  • これらの結果は、マクロファージなどの自然免疫細胞*2に対するLRRK2の作用は、末梢と中枢で異なる可能性を示唆しており、LRRK2に関連した疾患の治療に重要かも知れない。
図1.

先週お伝えしましたように、LRRK2遺伝子の変異は家族性パーキンソン病(PD)8型(PARK8*3)の原因であり、家族性PDの中でも、特に、孤発性PD患者と臨床症状が類似していることから、LRRK2の生理的・病理的な作用を解明することはPDの病態解明、及び、治療に結びつく可能性があると考えられています。LRRK2は、細胞レベルでは、細胞質に局在し、Ser/Thrプロテインキナーゼなど複数の機能性ドメインから成る巨大なタンパク質(約280 kD)です。LRRK2の主なPD関連遺伝子変異は、酵素活性に関わるドメインにおいて、例えば、G2019SおよびI2020T変異はキナーゼドメインに見いだされていますが、PD発症のメカニズムは不明です。興味深いことに、LRRK2の一塩基多型(SNP)が、ハンセン病*4や炎症性腸疾患であるクローン病*5にリンクすることも報告されており、このことからLRRK2は神経機能のみならず免疫応答においても重要な役割を持つと考えられます。この様な状況で、米国・テキサスA&M医科大学のChi G. Weindel博士らは、以前よりLRRK2KOマウスにおいて、マクロファージのミトコンドリアストレス、炎症が亢進していることを観察していましたが(Wendel C.G. et al, Elife 2020)、今回、脳内マクロファージであるミクログリアにおいては、これらの所見がプロテクトされていました(図1)。そのメカニズムの一つとして、NRFに依存したミトコンドリアの保護作用*6に対するLRRK2の抑制が解除されることが考えられました。これらの結果は、LRRK2の自然免疫細胞に対する作用が末梢と中枢の間で異なることを示唆しており、LRRK2の活性を抑制することがミクログリアのミトコンドリアストレスを抑えることによりPDの治療に結びつくという一つのメカニズムを提供することからも意義深いと思われます。現在レビュー中の論文が bioRxiv. Preprint.に掲載されていますので(文献1)、今回はそれを紹介いたします。


文献1.
LRRK2 kinase activity restricts NRF2-dependent mitochondrial protection in microglia, Chi G. Weindel et al., bioRxiv. Preprint. 2024 July 13


【背景・目的】

最近、我々は、LRRK2KOマウスにおいて、マクロファージのミトコンドリアストレス、炎症が亢進していることを観察して報告した(Wendel C.G. et al, Elife 2020)。ミクログリアは、脳内マクロファージと言われており、同様な所見が得られるかどうか明らかにすることを本プロジェクトの研究目的とした。

【方法】

以前のLRRK2KOマウスのマクロファージの解析において、ミトコンドリアの膜ポテンシャルをJC-1やTMREなどの染色液を使った蛍光アッセイにより、インターフェロン誘導遺伝子群の発現(ミトコンドリアによる炎症で上昇する)をRNAシークエンスにより、評価した(Wendel C.G. et al, Elife 2020)。今回は、LRRK2KOマウスより単離した初代培養*7のミクログリアを、ミクログリア細胞株BV-1と共に、同様の方法でミトコンドリアの解析を行った。また、NRFに依存したミトコンドリアの保護作用に注目し、NRF2の発現(mRNA, 蛋白)を調べた。

【結果】

  • マクロファージにおいて観察されていた結果とは異なり、初代培養のミクログリア及び、BV-1細胞から得られた結果は、ミクログリアにおいてミトコンドリアストレスに関連した所見がプロテクトされていることを示唆していた。
  • NRF2の発現は上昇していたことから、そのメカニズムの一つとして、LRRK2KOマウスにおいては、NRFに依存したミトコンドリアの保護作用に対するLRRK2の抑制が解除されたと考えられた。

【結論】

以上を合わせると、マクロファージなどの自然免疫細胞に対するLRRK2の作用は、末梢と中枢で異なる可能性があり、このことから、LRRK2に関連した疾患の治療に重要かも知れない。

用語の解説

*1.ミクログリア(Microglia)
ミクログリアは、脳脊髄中に存在するグリア細胞の一種。中枢神経系における細胞の約 5%から20%を占めている。他のグリア細胞は外胚葉由来であるのに対し、ミクログリアは中胚葉由来であり、造血幹細胞から分化する。マクロファージ様の神経食現象を有し、神経組織が炎症や変性などの傷害を受けるとミクログリアが活性化し、病変の修復に関与する。Fc受容体・補体受容体・MHCの発現、IL-1の分泌を行い、中枢神経系の免疫細胞としての役割を有する可能性が示されている。
*2. 自然免疫細胞
自然免疫とは、受容体を介して、侵入してきた病原体や異常になった自己の細胞をいち早く感知し、それを排除する仕組みである。生体防御の最前線に位置している仕組みともいえる。ひとつの分子が、多種類の異物、病原体の分子に反応することができるが、特定の病原体に繰り返し感染しても、自然免疫能が増強することはない。ここで活躍している免疫担当細胞は、主に好中球やマクロファージ、樹状細胞といった食細胞である。病原体を排除する基本的な方法は大きく分けて二つある。
1)抗菌分子が、直接病原体に作用し、穴をあけ、融解するなどして病原体を処理する。
2)マクロファージなどの食細胞が、病原体を貪食、処理する。
*3.PARK8
PARK8はわが国で見いだされた常染色体優性遺伝様式のPDで、発症年齢、PDの4主徴候(振戦、筋固縮、無動・寡動、姿勢反射障害)、薬物の効果などの臨床像は孤発性PDと極めて類似している。また、PARK8が遺伝性パーキンソニズムの中でも特に頻度が高い。また、病因遺伝子であるLRRK2が遺伝子配列から多彩な機能を示すタンパク質であり、孤発性PDの病因解明への手掛かりとなる可能性が示唆される。
*4.ハンセン病
抗酸菌の一種である癩(らい)菌 (Mycobacterium leprae) の皮膚のマクロファージ内寄生および末梢神経細胞内寄生によって引き起こされる感染症である。病名は、1873年に癩菌を発見したノルウェーの医師、アルマウェル・ハンセンに由来する。かつての日本では「癩(らい)」、「癩病」とも呼ばれていたが、それらを差別的に感じる者も多く、歴史的な文脈以外での使用は避けられるのが一般的である。その理由は、医療や病気への理解が乏しい時代に、その外見や感染への恐怖心などから、患者さんへの過剰な差別が生じた時に使われた呼称である。
*5.クローン病(Crohn's disease)
クローン病は、主として口腔から肛門までの全消化管に、非連続性の慢性肉芽腫性炎症を生じる原因不明の炎症性疾患である。潰瘍性大腸炎とともに炎症性腸疾患(Inflammatory bowel disease、IBD)に分類される。クローン病の致死率は必ずしも高くはないが、潰瘍性大腸炎が大腸のみに炎症が発生するのに対し、クローン病ではすべての消化管に炎症が発生し得る上に合併症の頻度も潰瘍性大腸炎に比べ高い傾向にある。
*6.NRFに依存したミトコンドリアの保護作用
転写因子NRF2は、活性酸素種や親電子性物質に応答して活性化し、生体防御に関わる遺伝子を統括的に誘導して、抗酸化・解毒機能を発揮する。それに加えて、NRF2は強力な抗炎症作用を有することから、その活性化は加齢に伴うさまざまな病態を改善し、老化による臓器の機能低下を抑制する。一方、がん細胞でNRF2が恒常的に活性化した状態では、細胞内の代謝が大きく変化して、がん細胞の悪性化を支えていることが明らかになっている。近年、ミトコンドリアの硫黄代謝がエネルギー産生に重要な役割を果たしていることが明らかになった。NRF2は細胞の硫黄利用・硫黄代謝を制御していることから、ミトコンドリアのエネルギー代謝への関与が予想される。
*7.初代培養(Primary cell culture)
生体から採取した組織や細胞を最初に播種して培養すること。あるいはその播種された細胞のこと(初代培養細胞)。通常は継代操作を行う前の培養状態を指す。広義には、特に樹立されていない、有限寿命の細胞の場合、生体から採取され数継代以内のものを初代培養細胞と呼ぶことがある。初代培養細胞は多くの場合、単一の細胞ではなく種々の細胞が混在している。初代培養細胞を継代したものは継代細胞と呼ばれ、継代により増殖を維持している一連の細胞は細胞株と呼ばれる。

文献1
LRRK2 kinase activity restricts NRF2-dependent mitochondrial protection in microglia, Chi G. Weindel et al., bioRxiv. Preprint. 2024 July 13