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2024/9/19

高齢期のタウオパチーモデルマウスにおける経鼻免疫療法

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • アルツハイマー病(AD)におけるタウ免疫療法の臨床試験は、第I〜II相の段階で失敗に終わったことから治療方法の改善が必要である。本研究は, タウオパチー*1モデルマウスを用いてタウ免疫療法の前臨床試験を行った。
  • まず、タウの凝集体を標的にするモノクロ−ナル抗体を作成し、これらの抗体は、細胞膜透過性を増すためにミセルに充填され、高齢期のタウモデルマウスに経鼻経路*2で投与された。
  • 2週間後に病理解析した結果、認知機能の改善に伴い、タウ凝集の抑制、シナブス蛋白発現の増加を認めた。
  • そのメカニズムの一つとして、タウ免疫療法により細胞内部に入った抗体がTRIM21*3の活性化を介して、タウのプロテアソームでの分解が促進されることが考えられた。
  • これらの結果は、高齢期のヒトタウオパチー患者さんの治療におけるタウ免疫療法のポテンシャルを示唆している。
図1.

ADで、抗アミロイドベータ(Aβ)モノクローナル抗体(mAb)による免疫療法の第III相臨床試験が成功して以来、他の神経変疾患においても、免疫療法に関する研究が行われています。アミロイドカスケード仮説*4によれば、ADの神経変性過程においてタウはAβの下流に位置すると考えられることや、これまで、ADの重症度とタウが相関することが示されてきたことから、タウの免疫療法には、一定の治療効果が期待できそうです(図1)。また、ADだけでなく、その他のタウオパチーにおいてもタウの免疫療法は治療研究の中心になると思われます(図1)。しかしながら、これまで、タウの免疫療法に関しては、いくつか前臨床実験・臨床試験が行われていますが、いずれも第I〜II相臨床試験の段階で、失敗に終わっていることからも治療戦略の改善が必要と考えられて来ました。この様な状況で、米国・テキサス大学(Medical Branch)のSagar Gaikwad博士らは、以下のような点を改良してタウオパチーモデルマウスを用いてタウ免疫療法の前臨床試験を行いました。まず、タウの凝集体を標的にするモノクロ-ナル抗体を作成しました。これらの抗体は、細胞膜透過性を増すためにミセルに充填され、マウスに経鼻経路で投与されました。2週間後に病理解析したところ、マウス脳におけるタウの蓄積は消失し、認知障害は軽減されることが示されました。これらの結果は、進行期におけるタウオパチー及びその他の神経変疾患の治療開発に意義深いものであり、Science Translational Medicine誌に掲載されましたので(文献 1)、今回はそれを紹介いたします。このようにして、アミロイド抗体治療は、徐々に改善されていくことが期待されます。


文献1.
Nasal tau immunotherapy clears intracellular tau pathology and improves cognitive functions in aged tauopathy mice, Sagar Gaikwad et al., Science Translational Medicine. 3 Jul 2024, Vol 16, Issue 754


【背景・目的】

タウの凝集がADを含むタウオパチーにおける認知機能低下の原因となるが、これまでのタウの免疫療法による臨床試験は良い結果が得られていない。したがって、動物実験で条件検討し、これを改善するのが本研究の目的である。

【方法】

  • この目的のため、タウ立体構造特異的モノクローナル抗体-2(TTCM2)をリコンビナントタウのoligomerを抗原にして開発した。
  • 細胞内タウ凝集体を効果的に標的にし、脳への迅速な送達を確保するために、TTCM2をミセル(TTCM2-MS)にロードし、鼻腔内経路を介して投与した。

【結果】

  • TTCM2は、インビトロで、タウオパチー進行の本質的なメカニズムであるタウシード活性を強力に阻害し、剖検脳の解析では、患者さん(AD、進行性核上麻痺など)の脳組織の病理学的タウ凝集体を認識した。
  • 経鼻投与されたTTCM2-MSがヒトタウオパチーマウスで脳に効率的に入り、細胞内コンパートメントの病理学的タウを標的とすることが推定された。
  • これらの高齢マウス(15ヶ月齢)にTTCM2-MSを鼻腔内投与した結果、2週間後の解析で、病理学的タウは除去され、シナプスタンパク質の発現量は上昇し、さらに、マウスの認知機能は効果的に改善されることがわかった。
  • メカニズム研究により、TTCM2-MSは、細胞内抗体受容体と細胞質抗体結合プロテインのプロテアソーム分解を促進することが知られている細胞内抗体受容体およびE3ユビキチンリガーゼである21(TRIM21)を介して細胞内、シナプス、および種子能力のタウ凝集体をクリアしたことが明らかになった。このように、TRIM21は、TTCM2-MSを介したTAU病理学のクリアランスに不可欠であることがわかった。

【結論】

これらの研究は、TRIM21を介した細胞内タウ病理のターゲティングとクリアの際の鼻タウ免疫療法が高齢のタオパシーマウスの認知強化に有効性である証拠を提供する。したがって、ADやその他のタオパシーに効果的なタウ免疫療法を設計するのに役立つ可能性がある。

用語の解説

*1.タウオパチー(Tauopathies)
ADだけでなく、ピック病、嗜銀顆粒性認知症、進行性核上性、まひ、皮質基底核変性症などは、ヒトの脳の神経細胞やグリア細胞において、タウタンパク質による神経原線維変化(neurofibrillary tangle、NFT)やglial fibrillary tangleの形成を伴う神経変性疾患群である。タウと呼ばれる微小管結合タンパク質の過剰なリン酸化によって生じ、その結果タウは微小管から解離し不溶性の凝集体を形成する。こうした凝集体は対らせん状細線維(paired helical filament)とも呼ばれる。凝集の形成過程はあまり解明されていない。
*2. 経鼻経路
中枢神経系(central nervous system, CNS)を標的とする薬物では、候補化合物が脳に移行し効果を発揮する必要があり、その成功確率はさらに低くなると考えられる。その要因としてほとんどの薬物は、全身循環系を介して脳へ移行するため、血液脳関門(blood-brain barrier, BBB)の透過性が低く脳送達性が低いことが問題となる。したがって、中枢神経系疾患治療薬の開発では、BBBを回避できる経鼻投与が注目されています。 鼻腔から脳内への薬剤移行経路として、1)嗅上皮(嗅細胞が存在する部位)から嗅球または脳脊髄液を介する経路と、2)呼吸上皮(嗅上皮以外の部位)から三叉神経を介する経路が想定されています。経鼻投与は、BBBを介すことなく脳内に薬物を非侵襲的に送達する新たな投与経路として期待されている。これには、鼻粘膜透過性や脳への移行性を高めるDrug Delivery Systemキャリアが必要である。この目的のためには、細胞透過性ペプチド修飾高分子ミセルの経鼻投与用キャリアとしての有用性である。
*3. TRIM21(Tripartite motif-containing protein 21)
細胞内抗体受容体と細胞質抗体結合プロテインのプロテアソーム分解を促進することが知られている細胞内抗体受容体およびE3ユビキチンリガーゼの複合体であり、元々は、ウイルス感染のメカニズムとして研究された。細胞質に取り込まれた病原体-抗体複合体はNF-κBシグナル伝達を誘導するが。これには抗体へのTRIM21の結合を必要とする。TRIM21はそのRINGドメイン依存的にE2ユビキチン結合酵素Ubc13によるLys63(K63)を介したユビキチン鎖の形成を触媒し、NF-κB、AP-1およびIRFシグナル伝達経路などを活性化する。その結果、炎症誘発性サイトカインの産生と抗ウイルス状態が誘導される。
*4.アミロイドカスケ–ド仮説
アルツハイマー病の発症メカニズムについては、次のような仮説が提唱されている。まず、脳の神経細胞の細胞膜に存在するアミロイド前駆体タンパクが分解されてAβが産生され、蓄積したAが神経細胞にダメージを与える。さらにリン酸化タウが線維を形成し、神経細胞の中に蓄積することで神経原線維変化が生じる。この蓄積したAと神経原線維変化により神経細胞が傷害を受けて死滅していくことで脳が萎縮し、アルツハイマー病を発症するというものである。このように、Aの蓄積を起点とし、それに続くリン酸化タウによる神経原線維変化の形成が神経細胞死を引き起こすという一連の流れを「アミロイドカスケード仮説」といい、AD発症メカニズム仮説のなかで最も広く支持されている。

文献1
Nasal tau immunotherapy clears intracellular tau pathology and improves cognitive functions in aged tauopathy mice, Sagar Gaikwad et al., Science Translational Medicine. 3 Jul 2024, Vol 16, Issue 754