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2024/9/26

E3リガーゼ/抗体可変部キメラを用いたα-シヌクレインの蛋白分解;治療への適用

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • パーキンソン病(PD)など細胞内にアミロイドタンパク質が蓄積・凝集する神経変性疾患に対して免疫療法を推進するためには、抗体が効率よく血液脳関門*1を通過する方法を開発する必要がある。
  • 本研究は、細胞内αSの蛋白分解促進効果を目的として、抗α-シヌクレイン(αS)抗体可変部ドメイン*2とE3リガーゼ*3受容体基質から成るタンパク質分解標的キメラ(PROTAC)*4を作成した。
  • この化合物をモデルマウス、初代培養に投与した結果、これらの実験系でαSのユニキチン化・プロテアソームにおけるαSの分解は促進された。
  • PROTAC/抗体可変部ドメインを用いたαSの蛋白分解は、シヌクレイノパチー治療へ有望である。
図1.

先行するアルツハイマー病(AD)に続いて、パーキンソン病(PD)においても、モノクローナル抗体を用いた受動免疫による臨床治験が行われていますが、現時点で、満足のいく結果は得られていません。(パーキンソン病の治療研究;G2019S LRRK2キナーゼ阻害剤によるミトコンドリアDNA損傷の回復〈2024/9/5掲載〉)。その理由は、必ずしも明らかでありませんが、分泌蛋白であるAβ と異なり、脳内神経細胞の細胞質内蛋白質であるαSに対しては、抗体がアクセスしにくい難点があります。今後、PDを始め多くの神経変性疾患の治療に免疫療法を推進するためには、脳神経細胞内のアミロイド蛋白質を標的にする新しい方法の開発が望まれます。最近、創薬*5の分野で注目されているのが、タンパク質分解標的キメラ(PROTAC)です。PROTACは、標的にするタンパク質に対するリガンドとE3リガーゼから成る化合物で、標的タンパク質とE3リガーゼを接近させてプロテアソームにおける蛋白分解を促進させるというものです(図 1)。米国・グロスマン医科大学のYixiang Jiang博士らは、リガンドに抗α-シヌクレイン抗体(120kD)の可変領域の一部のドメイン(〜15kD)を用いた化合物を開発しました。このような小さな分子量を予測通り、これをPDモデルマウスに投与することにより、細胞内のαSの分解が促進されることが観察されました。現段階では、αSの減少だけでPDの運動症状やその他の非運動症状*6が改善されるかどうかに関しては、今後の研究が必要ですが、PDなどのシヌクレイノパチー、さらに細胞内のアミロイド蛋白質蓄積・凝集を伴う多くの神経変性疾患の新しい治療戦略の可能性として興味深いと思われます。

この結果は、Molecular Neurodegeneration誌(文献1)に掲載されましたので、今回はその論文を紹介いたします。


文献1.
Single-domain antibody-based protein degrader for synucleinopathies, Yixiang Jiang et al., Mol Neurodegener. 2024; 19: 44.


【背景・目的】

シヌクレイノパチーに対する根本治療薬は無く、最近の免疫療法の臨床治験においても、満足のいく結果が得られていない。本研究においては、αS抗体の可変部単一ドメインとE3ユビキチンリガーゼに対する基質受容体の成分であるセレブロンを介して、αSとE3ユビキチンリガーゼを近接させることにより、αSのプロテアソームにおける蛋白分解を促進させるようデザインした誘導体を開発することを目的とした。

【方法】

このような化合物の有効性を、シヌクレイノパチーモデルマウス(M83マウス;Giasson BI, et al. Neuron. 2002)や初代培養神経細胞(同マウス由来)において組織学的、及び、分子生物学的に評価した。

【結果】

  • この治療薬の候補は、M83マウスに静注した結果、αSのプロテアソームにおける蛋白分解を内因性のリソソームにおける分解と共に促進させた。
  • プロテアソームにおけるαSの蛋白分解を促進させることにより、M83マウス、初代培養神経細胞ともにαSのクリアランスは改善した。

【結論】

  • 抗体は、通常、脳血液関門を通りにくいので脳疾患の治療効果は低いが、抗体の一部分のドメインを用いることで、脳血液関門を通過しやすくなり、治療効果が改善される。
  • これらの結果は、αS抗体の単一ドメインとE3ユビキチンリガーゼを連結した化合物がシヌクレイノパチーの治療薬の候補として有望である事を示唆している。

用語の解説

*1.血液脳関門(blood brain barrier;BBB)
BBBは、脳の血管と脳の組織との物質の行き来を制限する関所の役割を果たしている器官で、脳の毛細血管の内壁を覆っている内皮細胞でできている。体の血管の内壁も内皮細胞に覆われているが、内皮細胞と内皮細胞にはすき間があり、そのすき間を通って血管と組織の物質が自由に行き来できるようになっている。それに対して、脳の血管の内壁は内皮細胞で密に覆われており、すき間がない。脳では、内皮細胞であるBBBを介して、脳と血管の物質の行き来が管理されている。
BBBは「脳に必要な酸素や栄養素を血管から送り届ける」輸送機能、「脳の中の不要な物質を血管に出す」排出機能、「血管から有害物質が脳に入るのを防ぐ」バリア機能で、脳の中の環境を保っている。血管から血液脳関門を通って脳へ通過できるのは、脳の活動源となるブドウ糖やアミノ酸などの分子の小さな物質である。抗体のような分子の大きな物質はBBBを通過することができない。そのため、脳内に届く小分子薬の研究が多く行われている。
*2.抗体可変部ドメイン
抗体は、2本のH鎖と2本のL鎖からできていて、このうち分子量の小さいポリペプチド鎖(アミノ酸が鎖のようにつながったタンパク質)をL鎖(V領域)と言う。抗体のY字形の先端部分で、対応する異物によって異なる構造に変化するため、可変領域と呼ばれている。
*3.E3リガーゼ(E3 ligase)
E3リガーゼまたはユビキチンリガーゼは、ユビキチンが結合したE2ユビキチン結合酵素を呼び寄せ、タンパク質の基質を認識し、E2から基質へのユビキチンの転移を助ける、もしくは直接的に触媒するタンパク質である。ユビキチンは標的タンパク質のリジン残基にイソペプチド結合によって付加される。E3リガーゼは標的タンパク質とE2酵素の双方と相互作用し、それによってE2酵素へ基質特異性が付与される。一般的にE3リガーゼは、48番のリジン残基を介して連結されたユビキチンの鎖を基質に付加してポリユビキチン化し、プロテアソームによる破壊の標的にする。
*4.タンパク質分解標的キメラ(Proteolysis targeting chimera: PROTAC)
PROTACは、2つの活性領域とリンカーで構成されたヘテロ機能性低分子であり、特定の望ましくないタンパク質を除去することができる。PROTACは、従来の酵素阻害剤として作用するのではなく、選択的に細胞内タンパク質分解を誘導することで作用する。PROTACは2つの共有結合したタンパク質結合性の分子で構成されている。1つはE3ユビキチンリガーゼと結合することができ、もう1つは分解を目的とする標的タンパク質と結合する。E3リガーゼを標的タンパク質にリクルートすると、プロテアソームによる標的タンパク質のユビキチン化とその後の分解が行われる。PROTACは、標的タンパク質の酵素活性を阻害するのではなく、高い選択性で標的に結合するだけでよいので、現在、以前は効果のなかった阻害剤分子を次世代医薬品のためのPROTACとして再利用しようとする多くの試みが行われている。
*5.創薬(Drug discovery)
創薬とは医学、生物工学および薬学において薬剤を発見したり設計したりするプロセスのことである。現代の創薬のプロセスは、スクリーニングヒット化合物の同定、合成、それらのヒット化合物の最適化により、親和性、選択性 (副作用の可能性を低減する)、有効性/効力、代謝安定性 (半減期を長くする)、経口投与の可能性を高めるための最適化などを行う。これらの試験で有用な化合物を見出すと、前臨床試験の医薬品開発プロセスが行われる。
*6.PDの非運動症状
自律神経系の症状(便秘、排尿障害、起立性低血圧など)、睡眠障害、精神症状 (うつ症状、無関心、不安、起立性低血圧など。幻覚・妄想が現れることもある。)、認知機能障害(物事を考えることが遅くなり、まとまらなくなる。記憶力や注意力が低下する場合もある。PDでは病気の初期から認知症になることはないが、10年で約半数の頻度で出現する。)

文献1
Single-domain antibody-based protein degrader for synucleinopathies, Yixiang Jiang et al., Mol Neurodegener. 2024; 19: 44.