世界保健機関(WHO)がCOVID-19のパンデミックの終焉を宣言して以来、早1年半近く過ぎましたが、メカニズムのはっきりしない後遺症が長引き、オミクロン株の新しい亜型が出現し続けるなど問題は今も続いています。中でも、COVID-19とADなどの神経変性疾患の因果関係の有無に関しては、これまで議論されてきた重要課題の一つですが、今後の治療の問題に発展する可能性があり、ブレイン・フォグとの関連も示唆されていることから、早期に解決する必要があります。最近の多くの研究結果は、COVID-19がADの危険因子になることだけでなく、両者は双方向性である可能性が報告されています。これに一致して、この分野を国際的にリードするランセット委員会は、以前に、認知症がCOVID-19の危険因子になることを報告しましたが、今回、COVID-19がADなど、神経変性疾患の危険因子になる(図1)という見解をLancet NeurologyにInsightとして発表しましたので(文献1)、今回はその論文を全訳して紹介いたします。
文献1.
SARS-CoV-2infection as a cause of neurodegeneration, Daniel Bonhenry et al., Lancet Neurol 2024 23:562-563.
ランセット委員会は、以前に、システマティックレビュー、メタ分析に基づいて、「教育」、「難聴」、「高血圧」、「肥満」、「喫煙」、「うつ病」、「社会的孤立」、「運動不足」、「糖尿病」、「過度の飲酒」、「頭部外傷」、「大気汚染」など認知症に関連する12のリスク要因(図1)を改善することで、発症を遅らせ、約40%の発症予防効果が期待できると発表した。また、同委員会は、感染症によって生じる「せん妄」と「認知症」が、双方向性に作用することを述べ、さらに、「認知症」がCOVID-19における致死性の危険因子となることを報告した。しかしながら、SARS-CoV-2の感染が「認知症」の危険因子になる(図1)可能性については、これまで言及していない。したがって、本論文は、この可能性を議論することを目的とした。
今や感染症が神経変性疾患の原因になることは確立されたと言って良いが、ウイルスによる神経学的な損傷を定量化することは難しい。向神経性感染による神経学的症候は、Epstein–Barrウイルスや単純ヘルペスI型を含むヘルペス科ウイルスについてよく述べられている。神経損傷は、ヘルペス科ウイルスに限ったことではなく、ボルナウイルス、インフルエンザを含むオルソミクソウイルス、パラミクソウイルス、ピコルナウイルス、レトロウイルス、フラビウイルスはパーキンソン症候の進行と結びついていた。感染症による入院後における認知症の増加がマルチコホート研究により明らかにされてきた。入院から、少なくとも10年追跡した患者さんにおける相対危険度は、有意に上昇し(1·22, 95% CI 1·09–1·36)、さらに死亡、認知症の診断、あるいは、研究の完了までの期間(平均:〜15.4年)に上昇した(1·48, 95% CI 1·37–1·60)。SARS-CoV-2 後遺症の縦断的な研究は何十年にも渡るため、まだ利用出来ないのは明らかであるが、ウイルスの種類に関わらず、ウイルス感染で入院した生涯累計的な認知症の危険度は、1·48 (95% CI 1·15–1·91) だった。ちなみに、ヘルペス感染での相対危険度は、2·1 (95% CI 1·40–3·14) である。
SARS-CoV-2感染で入院した後の相対的危険度は、血管性認知症で最も高く;2·09 (95% CI 1·59–2·75)、ADで低値:1·20 (95% CI 1·08-1·33)だった。血管性認知症で増加したのは、炎症が内皮細胞のダメージに至ったことを示唆している。また、SARS-CoV-2が内皮細胞に感染し、急性期に凝固障害と血管の鬱血を引き起こしたと思われる。血管性認知症と共通の後遺症である虚血性脳卒中の相対的危険度は、SARS-CoV-2感染後6ヶ月以内で、2·8 (95%CI 2·2–3·4)、12ヶ月以上過ぎても2·8 (95%CI 2·2-3·4)であった。異なるウイルスにより、認知症の危険が異なることを示す目的で、フィンランドと英国のデータを解析したところ、ハザード比*3はそれぞれ、4·62 (95% CI 3·81-5·59)、6·79 (95% CI 5·40–8·53)であった。インフルエンザ肺炎に対するハザード比はSARS-CoV-2による重篤な脳炎に比べて、かなり小さかった。例えば、SARS-CoV-2による髄膜炎では、62·20 (95% CI 18·35-210·78)と高値を呈した。しかしながら、コロナに関連した脳炎は稀であるが、インフルエンザによる肺炎は珍しくない。デンマークからの919,731症例の健康記録では、SARS-CoV-2陽性後のADに対する相対危険度は3·5 (95% CI 2·2-5·5)であった。外来患者さんと入院患者さんの間に差はなかった。SARS-CoV-2感染後とインフルエンザ感染後の間で、虚血性脳卒中の相対的危険度に差があった。前者で(2·7, 95% CI 2·3-3·2)、後者で(1·7, 95% CI 1·2-2·4)であった。これらの知見より、COVID-19に罹患するとインフルエンザに感染するよりも認知症になる危険が高いと思われる。さらに、COVID-19後遺症における重篤な神経障害は、血管性のものと恐らく他の原因を合わせた複合的な過程によると考えられる。COVID-19の患者さんでは、他の呼吸器感染症よりも、神経学的、精神的な障害がより普通に起きることが後ろ向きコホート研究により示されている。大人ではコロナ感染後、2年経過しても認知機能の低下が増す危険性があるが、子供の場合、感染後、約75日で一過性の危険があるに過ぎない。子供では、感染後、2年以内は、てんかんや痙攣、脳炎、神経障害、神経根障害、神経叢障害のリスクが高い。研究者はこれらの高リスクが、コロナ回復後にも続く後遺症に関係があるのではないかと考えている。コロナ感染後に神経変性が大分遅れて始まるメカニズムははっきりしていないが、老化細胞、ウイルスの粒子、アミロイド蛋白が感与しているのかも知れない。SARS-CoV-2に由来する蛋白は剖検の時に検出されてきた。それらは、神経細胞体から放射して、アミロイド沈着の引き金となるのかも知れないが、明らかに更なる研究が必要である。
ブラッドフォード= ヒルの判定基準*4は因果関係を証明する際の枠組みを提供する。SARS-CoV-2感染の既往歴とADのリスクの増加には、直接の因果関係が報告されて来た。この直接的な関係は、デンマークの人口の半数を超えるデータを分析するものであり、厳密な階層化、年齢、性別、併存疾患などの行楽因子を除外するプロセスを含んでいる。直接の因果関係は適切な時系列を示すべきであり、物議を醸す;SARS-CoV-2感染によって、引き起こされたのか、単に加速されただけなのか見極めるのが困難だからである。感染の全過程が疫学的に分析されるまで直接的な因果関係は利用可能であるが、問題も多い。
逆の因果関係があるかどうか、つまり、ADがSARS-CoV-2感染に対する脆弱性を増すかどうかという問題を解くのは難しい。しかしながら、メカニズムに関する証拠として、COVID-19の患者さんでは、炎症が挙げられるし、実験レベルでは、軽度のCOVID-19感染を引き起こしたサルでは、神経炎症が長引くことが示されている。病因は完全に明らかにされた訳ではないが、神経炎症を共有してADに至る他の病気の原因と関係があるかも知れない。