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2024/10/11

神経変性の危険因子としてのSARS-CoV-2の感染

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • ランセット委員会*1は、以前に、「認知症」がCOVID-19における致死性の危険因子となることを報告したが、逆に、SARS-CoV-2の感染が「認知症」の危険因子になる可能性については言及していなかった。したがって、本研究は、後者の可能性について議論した。
  • SARS-CoV-2感染で入院した患者さんの相対的危険度*2は、血管性認知症で最も高く、アルツハイマー病(AD)で低値だった。これは、炎症が内皮細胞のダメージに至ったことを示唆している。また、ADがSARS-CoV-2感染に対する脆弱性を増す原因としても炎症の関与が考えられた。
  • SARS-CoV-2感染がADを引き起こすのか、それとも、ADを加速するだけなのは明らかで無いにしても、SARS-CoV-2感染はADの危険因子だと見なすべきだろう。
図1.

世界保健機関(WHO)がCOVID-19のパンデミックの終焉を宣言して以来、早1年半近く過ぎましたが、メカニズムのはっきりしない後遺症が長引き、オミクロン株の新しい亜型が出現し続けるなど問題は今も続いています。中でも、COVID-19とADなどの神経変性疾患の因果関係の有無に関しては、これまで議論されてきた重要課題の一つですが、今後の治療の問題に発展する可能性があり、ブレイン・フォグとの関連も示唆されていることから、早期に解決する必要があります。最近の多くの研究結果は、COVID-19がADの危険因子になることだけでなく、両者は双方向性である可能性が報告されています。これに一致して、この分野を国際的にリードするランセット委員会は、以前に、認知症がCOVID-19の危険因子になることを報告しましたが、今回、COVID-19がADなど、神経変性疾患の危険因子になる(図1)という見解をLancet NeurologyにInsightとして発表しましたので(文献1)、今回はその論文を全訳して紹介いたします。


文献1.
SARS-CoV-2infection as a cause of neurodegeneration, Daniel Bonhenry et al., Lancet Neurol 2024 23:562-563.


【背景・目的】

ランセット委員会は、以前に、システマティックレビュー、メタ分析に基づいて、「教育」、「難聴」、「高血圧」、「肥満」、「喫煙」、「うつ病」、「社会的孤立」、「運動不足」、「糖尿病」、「過度の飲酒」、「頭部外傷」、「大気汚染」など認知症に関連する12のリスク要因(図1)を改善することで、発症を遅らせ、約40%の発症予防効果が期待できると発表した。また、同委員会は、感染症によって生じる「せん妄」と「認知症」が、双方向性に作用することを述べ、さらに、「認知症」がCOVID-19における致死性の危険因子となることを報告した。しかしながら、SARS-CoV-2の感染が「認知症」の危険因子になる(図1)可能性については、これまで言及していない。したがって、本論文は、この可能性を議論することを目的とした。

【本文】

今や感染症が神経変性疾患の原因になることは確立されたと言って良いが、ウイルスによる神経学的な損傷を定量化することは難しい。向神経性感染による神経学的症候は、Epstein–Barrウイルスや単純ヘルペスI型を含むヘルペス科ウイルスについてよく述べられている。神経損傷は、ヘルペス科ウイルスに限ったことではなく、ボルナウイルス、インフルエンザを含むオルソミクソウイルス、パラミクソウイルス、ピコルナウイルス、レトロウイルス、フラビウイルスはパーキンソン症候の進行と結びついていた。感染症による入院後における認知症の増加がマルチコホート研究により明らかにされてきた。入院から、少なくとも10年追跡した患者さんにおける相対危険度は、有意に上昇し(1·22, 95% CI 1·09–1·36)、さらに死亡、認知症の診断、あるいは、研究の完了までの期間(平均:〜15.4年)に上昇した(1·48, 95% CI 1·37–1·60)。SARS-CoV-2 後遺症の縦断的な研究は何十年にも渡るため、まだ利用出来ないのは明らかであるが、ウイルスの種類に関わらず、ウイルス感染で入院した生涯累計的な認知症の危険度は、1·48 (95% CI 1·15–1·91) だった。ちなみに、ヘルペス感染での相対危険度は、2·1 (95% CI 1·40–3·14) である。

SARS-CoV-2感染で入院した後の相対的危険度は、血管性認知症で最も高く;2·09 (95% CI 1·59–2·75)、ADで低値:1·20 (95% CI 1·08-1·33)だった。血管性認知症で増加したのは、炎症が内皮細胞のダメージに至ったことを示唆している。また、SARS-CoV-2が内皮細胞に感染し、急性期に凝固障害と血管の鬱血を引き起こしたと思われる。血管性認知症と共通の後遺症である虚血性脳卒中の相対的危険度は、SARS-CoV-2感染後6ヶ月以内で、2·8 (95%CI 2·2–3·4)、12ヶ月以上過ぎても2·8 (95%CI 2·2-3·4)であった。異なるウイルスにより、認知症の危険が異なることを示す目的で、フィンランドと英国のデータを解析したところ、ハザード比*3はそれぞれ、4·62 (95% CI 3·81-5·59)、6·79 (95% CI 5·40–8·53)であった。インフルエンザ肺炎に対するハザード比はSARS-CoV-2による重篤な脳炎に比べて、かなり小さかった。例えば、SARS-CoV-2による髄膜炎では、62·20 (95% CI 18·35-210·78)と高値を呈した。しかしながら、コロナに関連した脳炎は稀であるが、インフルエンザによる肺炎は珍しくない。デンマークからの919,731症例の健康記録では、SARS-CoV-2陽性後のADに対する相対危険度は3·5 (95% CI 2·2-5·5)であった。外来患者さんと入院患者さんの間に差はなかった。SARS-CoV-2感染後とインフルエンザ感染後の間で、虚血性脳卒中の相対的危険度に差があった。前者で(2·7, 95% CI 2·3-3·2)、後者で(1·7, 95% CI 1·2-2·4)であった。これらの知見より、COVID-19に罹患するとインフルエンザに感染するよりも認知症になる危険が高いと思われる。さらに、COVID-19後遺症における重篤な神経障害は、血管性のものと恐らく他の原因を合わせた複合的な過程によると考えられる。COVID-19の患者さんでは、他の呼吸器感染症よりも、神経学的、精神的な障害がより普通に起きることが後ろ向きコホート研究により示されている。大人ではコロナ感染後、2年経過しても認知機能の低下が増す危険性があるが、子供の場合、感染後、約75日で一過性の危険があるに過ぎない。子供では、感染後、2年以内は、てんかんや痙攣、脳炎、神経障害、神経根障害、神経叢障害のリスクが高い。研究者はこれらの高リスクが、コロナ回復後にも続く後遺症に関係があるのではないかと考えている。コロナ感染後に神経変性が大分遅れて始まるメカニズムははっきりしていないが、老化細胞、ウイルスの粒子、アミロイド蛋白が感与しているのかも知れない。SARS-CoV-2に由来する蛋白は剖検の時に検出されてきた。それらは、神経細胞体から放射して、アミロイド沈着の引き金となるのかも知れないが、明らかに更なる研究が必要である。

ブラッドフォード= ヒルの判定基準*4は因果関係を証明する際の枠組みを提供する。SARS-CoV-2感染の既往歴とADのリスクの増加には、直接の因果関係が報告されて来た。この直接的な関係は、デンマークの人口の半数を超えるデータを分析するものであり、厳密な階層化、年齢、性別、併存疾患などの行楽因子を除外するプロセスを含んでいる。直接の因果関係は適切な時系列を示すべきであり、物議を醸す;SARS-CoV-2感染によって、引き起こされたのか、単に加速されただけなのか見極めるのが困難だからである。感染の全過程が疫学的に分析されるまで直接的な因果関係は利用可能であるが、問題も多い。

逆の因果関係があるかどうか、つまり、ADがSARS-CoV-2感染に対する脆弱性を増すかどうかという問題を解くのは難しい。しかしながら、メカニズムに関する証拠として、COVID-19の患者さんでは、炎症が挙げられるし、実験レベルでは、軽度のCOVID-19感染を引き起こしたサルでは、神経炎症が長引くことが示されている。病因は完全に明らかにされた訳ではないが、神経炎症を共有してADに至る他の病気の原因と関係があるかも知れない。

【結論】

  • 以上の証拠から、SARS-CoV-2感染がADを引き起こすのか、加速するだけなのは明らかでないにしても、SARS-CoV-2感染はADのリスクファクターだと見なすべきだろう。コロナの重症度はSARS-CoV-2の亜型によって異なるだろうが、神経炎症による損傷がウイルスの生活史のサイクルに固有のものならば、神経学的な結果はウイルスの亜型によって変わらないと思われる。それ故、SARS-CoV-2感染の効果が自己制限的だと仮定するべきではないだろう。
  • ワクチンはSARS-CoV-2感染後、少なくとも1年は致死率、重篤な心血管症状を軽減する。食事やライフスタイルも、カロリー制限、慢性炎症を抑える介入を含めて、痴呆防止になるかも知れない。我々の見解では、中等度のSARS-CoV-2感染でも重症化を防ぎ、後遺症を限られたものにするためには、抗ウイルス剤の服用を考慮するべきである。

用語の解説

*1.ランセット委員会 (Lancet Commission)
ランセット委員会は、ランセットのエディターが国際的専門家を集め、認知症の危険因子、治療とケアの知識と理解、認知症を予防し管理するために何をすべきかについての新たな知識によりもたらされた大きな進展を一本化した。委員会はレビューとメタ分析に基づいて、難聴や社会的孤立性を含めて、現在の12のリスクモデルを提案し、予防の機会を強調した。
*2.相対危険度(RR : Relative risk)
相対危険度とは疫学における指標の1つで、「相対リスク」とも呼ばれ、暴露群と非暴露群における疾病の頻度を比で表現したもの。そのまま比率として表すが、百分率で表す場合もある。相対危険度は暴露群の発生率を非暴露群の発生率で割ることにより求めることができ、暴露因子と疾病発生との関連の強さを示す指標となる。主にコホート研究で用いられる。
*3.ハザード比(HR : Hazard ratio)
ハザード比は生存分析では、2つのレベルの説明変数によって記述された条件に対応するハザード率の比である。たとえば、医薬品の研究においては、治療群の単位時間当たりの死亡率は、対照群の死亡率の2倍になる可能性がある。このときハザード比は2となり、治療による死亡のハザード(危険)が高いことを示す。ハザード比が相対リスクやオッズ比と異なるのは、相対リスクやオッズ比が定義されたエンドポイント(疾患の発生を示す評価指標)を用いた研究全体の累積値であるのに対し、ハザード比は研究期間またはその一部分における瞬間的なリスクを表すことである。ハザード比は、選択されたエンドポイントに関する選択バイアスの影響を受けにくく、エンドポイント以前に発生するリスク(危険度)を示すことができる。
*4.ブラッドフォード= ヒルの判定基準(The Bradford-Hill criteria)
WHO(世界保健機関)や各国の健康リスク評価専門組織が、ある要因Aがある疾患Bの発症に関連するかどうか評価する場合によく用いられる手法がヒル(ブラッドフォード= ヒル;Bradford Hill)の判定基準(クライテリア)である。疫学研究で示された関連を因果関係(要因Aが原因で疾患Bが発症する)と推定することの当否を判断するための基準である。

文献1
SARS-CoV-2infection as a cause of neurodegeneration, Daniel Bonhenry et al., Lancet Neurol 2024 23:562-563.