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2024/10/17

COVID-19における脳内IL-1βの上昇と認知障害に対するワクチンの予防効果

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • COVID-19を介した記憶障害のメカニズムは不明である。本論文では、マウスのSARS-CoV-2感染モデルで、自然免疫*1の中心的なサイトカインであるIL-1β(Interleukin-1β)*2に焦点を当てて解析した。
  • C57BL/6JマウスにB.1.351変異株を感染させると脳内に発現するIL-1βは増加し、海馬の神経新生*3は低下し、認知障害を認めた。
  • これらの所見は、アデノウィルスベクターを用いてスパイク蛋白を発現させるワクチンを前投与することにより軽減した。
  • 以上の結果より、IL-1βの上昇はSARS-CoV-2感染に伴ったマウスの認知障害に重要な役割をしているが、ワクチンで予防できると考えられる。
図1.

パンデミックが終わって1年半経った今も、COVID-19を介した記憶障害は重大な問題です。前回、お伝え致しましたように(神経変性の危険因子としてのSARS-CoV-2の感染〈2024/10/11掲載〉)、ランセット委員会*4は、アルツハイマー病(AD)がCOVID-19の危険因子になるだけでなく、逆に、COVID-19がADの危険因子になること、すなわち、両者は双方向性の因果関係にあることを提唱しました。後遺症の中でも頻度の高いブレイン・フォグが、後にADに移行する可能性があることからも、病態のメカニズムを理解して、治療に結びつけることは喫緊の課題です。このような状況で米国・ワシントン医科大学(セントルイス)のAbigail Vanderheiden博士らは、カナダ・ウェスタン・オンタリオ大学*5との共同研究により、SARS-CoV-2を感染させたマウスではIL-1βの発現が上昇し、海馬における神経新生を阻害し、認知機能が障害されますが(図1)、アデノウィルスベクターでSARS-CoV-2のスパイク蛋白を発現させるワクチンを前投与することにより、IL-1βの上昇を防ぎ、神経新生を維持し、感染急性期後の認知障害を予防出来ることを示しました(図1)。詳細なメカニズムは検討されていないので、現時点ではさらなる研究が必要だと思われますが、COVID-19における認知・記憶障害の治療に繋がるポテンシャルがあります。また、COVID-19に限らず、以前より、ADとIL-1β発現増加との関連性は言われていましたので、その意味でも一般性があり、興味深い知見です。最近、これらの結果がNature Immunol.に掲載されましたので(文献1)、今回はそれを紹介いたします。


文献1.
Vaccination reduces central nervous system IL-1β and memory deficits after COVID-19 in mice, Abigail Vanderheiden et al., Nature Immunol 25, 1158–1171 (2024)


【背景・目的】

  • SARS-CoV-2に感染した患者のうち25%近くが感染後に認知・記憶障害の後遺症を呈し、今や、世界中で何百万症例になろうとしている。それにもかかわらず、その根底にあるそのメカニズムは不明であり、また、ワクチンがどのようにしてリスクを下げるのか明らかではない
  • 本研究の目的は、自然免疫応答の中心的サイトカインの一つで、SARS-CoV-2感染に対する防御においても重要であろうと思われるIL-1βに焦点を当て、この分子の病態、治療における役割を理解することである。

【方法・結果】

  • SARS-CoV-2 B亜型の変異株B.1.351をC57BL/6J マウス(n=20, 14~16週齢)に経鼻で感染させた結果、組織学的にLy6Chi単球*6との活性化ミクログリアの脳内浸潤を認めた。
  • B.1.351感染マウスでは、定量化RT-PCR でIL-1βmRNAは増加しており、蛋白レベルで、ELIZA、免疫組織化学により確認した。また、海馬の神経新生をDCX*7で定量化した結果、B.1.351感染マウスにおいて神経新生は有意に低下していた。
  • これらの所見と一致して、B.1.351感染マウスでは、新規物体認識テスト*8で認知障害を認めた。
  • 上記の結果は、H1N1インフルエンザウイルスを鼻腔感染させた時には、観察されなかった。
  • チンパンジーアデノウィルスベクターを用いてSARS-CoV-2のスパイク蛋白を発現させるワクチンを作成し、鼻腔より前投与し、30日後にB.1.351を感染させた。
  • その結果、ウィルスベクターのみ投与したマウスに比べて、IL-1βの上昇を防ぎ、神経新生を維持し、感染急性期後の認知障害が軽減した。

【結論】

以上の結果より、IL-1βの上昇はSARS-CoV-2感染に伴ったマウスの認知障害に重要な役割を果しているが、ワクチンで予防できると考えられる。

用語の解説

*1.自然免疫
免疫とは、体を病気から守ってくれるシステムのことであり、「自然免疫」と「獲得免疫」の2種類からなる。からだの中に細菌やウイルスなどの自分でないものが入ってくると、その侵入者=抗原に対して攻撃する。 このようにからだが自然に反応する最初の免疫を「自然免疫」といい、自然免疫で働くのは、異物を食べて死滅させるマクロファージという細胞や、細菌やウイルスを直接攻撃するナチュラルキラー細胞などである。一方で獲得免疫は、自然免疫で防ぎきれなかった細菌やウイルスに対して反応する、第二の壁のようなもので、B細胞、T細胞より構成され、一度侵入した異物を記憶して、次に体内に侵入してきた際に攻撃する。獲得免疫は自然免疫との相互作用により、自然免疫の働きをサポートする役目もあるため、獲得免疫を高めることが、免疫全体の強化につながる。
*2. IL-1β(Interleukin-1β)
IL-1βはインターロイキン-1ファミリーのメンバーのサイトカインである。このサイトカインは活性化されたマクロファージによって前駆体タンパク質として産生され、カスパーゼ1によるタンパク質分解によって活性型へとプロセシングされる。IL-1βは炎症反応の重要な媒介因子であり、細胞増殖、細胞分化、アポトーシスを含むさまざまな活性に関与している。中枢神経系におけるIL-1βによるシクロオキシゲナーゼ2(PTGS2/COX2)の誘導は、炎症性痛覚過敏に寄与することが判明している。この遺伝子や他のIL-1ファミリーの8つの遺伝子は、2番染色体でサイトカイン遺伝子クラスターを形成している。
*3.神経新生(neurogenesis)
神経幹細胞や前駆細胞から新たな神経細胞が分化する生理現象。胚や胎児期に最も活性化し、脳の形成や発達に重要な役割を果たす。成長するにつれて神経発生量は減少していくが、海馬や脳室下帯では成熟後も続くことが確認されている。1962年に、ジョセフ・アルトマンによって成体哺乳類の大脳皮質にて神経発生の存在が確認され、翌年には、海馬の歯状回で起こっていることが示された。1969年には、嗅球へと顆粒神経細胞を供給する元として吻側移動流(rostral migratory stream: RMS)が発見・命名された。 アルトマンによるこれらの成果には確かな証拠がありながらも長らく注目されることはなかった。しかし1982年にラットの神経新生が再び示され、鳥類にも同様の現象が確認されたことで注目を集めるようになり、1990年代には神経科学の主流になった。そして1990年代の終わりには、霊長類やヒトの海馬で神経発生が確認された。
*4.ランセット委員会(Lancet commission)
ランセット委員会は、ランセットのエディターが国際的専門家を集め、認知症の危険因子、治療とケアの知識と理解、認知症を予防し管理するために何をすべきかについての新たな知識によりもたらされた大きな進展を一本化した。委員会はレビューとメタ分析に基づいて、難聴や社会的孤立性を含めて、現在の12のリスクモデルを提案し、予防の機会を強調した。
*5.ウェスタン・オンタリオ大学(University of Western Ontario;UWO)
ウェスタン・オンタリオ大は、オンタリオ州ロンドン市に本部を置くカナダの州立大学で、1881年大学設置された。今日、同大学は1,164人の教授陣と29,000人に上る学部および大学院生の学び舎である。大学メインキャンパスの12の学部と3つの提携校を通し60種以上の学位を提供している。同大学は地理的にはオンタリオ州西部ではなく南東部に位置するが、トロント、オタワなどのオンタリオ州の政治・経済の中心地域から見て相対的に西方にあるためこう呼ばれる。
*6.Ly6Chi 単球
マウスにおいて、血液中の炎症性単球由来のマクロファージは形態や機能により、3つのサブタイプ(Ly6Chi、Ly6Cint と Ly6Clow 細胞)に分けられる。Ly6Chi 細胞は従来の M1 単球・マクロファージに近い形質を持ち、組織へ遊走し、炎症を惹起し、抗菌、抗ウイルス作用を発揮する。一方、Ly6Clo 細胞は抗炎症、創傷治癒等の作用がある M2 単球・マクロファージに近い形質を持っていると考えられている。
*7.DCX(Doublecortin)
DCX(ダブルコルチン)は、正常な脳の発達に不可欠な微小管関連タンパク質である。DCXは、胚発生および出生後の発生期、中枢および末梢神経系を通して移動する神経細胞で発現する。抗DCX抗体は、神経新生の検出に広く用いられており、DCXの発現は、神経細胞に特異的であるため、一般的な神経細胞マーカーと見なされる。
*8.新規物体認識(NOR)テスト
物体認識テストとも呼ばれ、ネズミの学習と記憶の様々な側面を評価するために一般的に用いられる行動試験法であり、特に認識記憶に重点を置いている。このテストは、ネズミが慣れ親しんだ物体よりも新しい物体の探索に多くの時間を費やすという生得的な傾向に基づいている。 従って、新しい物体を探索するという選択は、学習と認識の記憶を示している。このような生得的な嗜好性のため、追加的な強化や長い訓練スケジュールは必要なく、NORは薬理学的、生物学的、遺伝学的操作後の神経心理学的変化を検出するための、迅速で、効率的で、ストレスの少ないテストである。このテストは、トランスジェニック系統のマウスにおける認知障害の評価や、新規の化学物質が認知に及ぼす影響の評価に有用である。

文献1
Vaccination reduces central nervous system IL-1β and memory deficits after COVID-19 in mice, Abigail Vanderheiden et al., Nature Immunol 25, 1158–1171 (2024)