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一般向け 研究者向け 査読前論文

2024/10/3

α-シヌクレイン凝集に依存したLRRK2関連のパーキンソニズム

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 家族性パーキンソン病(PD)のうち最も高頻度に認められるLRRK2遺伝子変異を有する患者さん(PARK8)の病態は不均一であり、α-シヌクレイン(αS)の凝集が有る症例が約3分の2、無い症例が3分の1である。
  • 本研究は、αSの凝集の有無で臨床症状がどのようが異なるのか理解するために、PPMI(パーキンソン病進行マーカーイニシアテイブ)*1から得たサンプル・データを解析した。その結果、αSの凝集の有る症例は、運動障害が主症状であったが、αSの凝集が認められない場合は、運動障害は軽度であることが観察された。
  • これらの結果は、LRRK2パーキンソニズムにおける運動障害とαSの凝集の関連性を証明するものであり、PDのサブタイプに応じた治療に結びつく可能性がある。
図1.

最近、お伝えしましたように(パーキンソン病の治療研究;G2019S LRRK2キナーゼ阻害剤によるミトコンドリアDNA損傷の回復〈2024/9/5掲載〉)、家族性パーキンソン病(PD)のうち最も高頻度に認められるLRRK2遺伝子変異を有するPD患者さん(PARK8)の脳においては、LRRK2のリン酸化による活性化が亢進しており、孤発性PD患者さんと臨床症状が類似しています。しかしながら、必ずしも、PARK8の病態が均一というわけではありません。実際、黒質におけるαSの凝集は、PARK8タイプの患者さんの約3分の2しか認められず、残りの3分の1の症例においては、Tauの凝集が観察されたという結果が報告されています(図1)。この様な病態の差がどのように臨床症状に反映されるのかは明らかになっていません。米国・アイオワ大学のLana M Chahine博士らは、PARK8の患者さんの間で、αSの凝集の有無で臨床症状がどのようが異なるのか理解するために、PPMIから得たサンプル・データを解析しました。その結果、αSの凝集の有る症例では、静止時振戦、筋強剛(筋固縮)、運動緩慢・無動などの運動障害(パーキンソニズム)が主な症状でしたが、αSの凝集が認められない場合は、運動障害は軽度であることが観察されました(文献1)。これらの結果は、LRRK2パーキンソニズムにおける運動障害とαSの凝集を説明し、PDのサブタイプ応じた治療に結びつく可能性を示唆すると思われます。現在、レビュー中の論文が bioRxiv. Preprint.に掲載されていますので(文献1)、今回はそれを紹介いたします。


文献1.
LRRK2-Associated Parkinsonism With and Without In Vivo Evidence of Alpha-Synuclein Aggregates, Lana M Chahine et al., medRxiv Posted July 22, 2024


【背景・目的】

LRRK2関連のパーキンソニズムの患者さんの多くは、中脳黒質におけるαS凝集の証拠を示していますが、約3分の1の症例においてはそうではない。そのような個人における臨床表現型とメカニズムを理解することは、治療法の開発に重要である。本プロジェクトは、αS凝集体の有無の異なるPARK8の患者さんの間で、4年間のフォローアップにわたる臨床的およびバイオマーカーの特徴と進行率を比較することを目的とした。

【方法】

多施設の前向きコホート研究であるPPMIからデータ・サンプルを手に入れた。サンプルには、LRRK2の病原性変異体を持つPD (PARK8)と診断された症例が含まれていた。αS凝集体の存在は、CSFのαS種子増幅アッセイ*2で評価された。臨床医と患者さんの結果報告を評価した。バイオマーカーには、ドーパミン輸送体スペクトルスキャン*3、CSFアミロイドβ1-42、タウ、リン酸化タウ、尿ビスリン酸レベル、および血清ニューロフィラメント軽鎖が含まれた。線形混合効果モデル*4は、CSFαS凝集体の陰性グループと陽性グループの軌跡の違いを調べた。

【結果】

  • LRRK2-パーキンソニズムの148症例の内86%は、G2019Sバリアントで、CSF 種子増幅アッセイの結果、αS陰性は46症例、および、αS陽性は102症例であった。
  • ベースラインでは、陰性グループは陽性グループよりも高齢で(中央値[四分位範囲] 69.1 [65.2-72.3]対61.5 [55.6-66.9]年、p <0.001)、性差は女性が多かった、28 (61%) vs 43 (42%), p=0.035。
  • 陰性グループは、高齢にもかかわらず、陽性グループと発症・診断以来の期間が同様であり、運動機能の評価尺度も同様であった(16 [11-23]対16 [10-22]、p = 0.480)。
  • 陽性グループの75人(77%)と比較して、陰性グループにおいては、13人(29%)のみが臭覚鈍麻であった。
  • 年齢と性別に予想される最低のプラタメンドーパミン輸送体の結合は、陰性グループが陽性グループよりも大きかった(0.36 [0.29-0.45] vs 0.26 [0.22-0.37]、p <0.001 )。
  • 血清ニューロフィラメント軽鎖は、陽性グループと比較して、陰性グループで低かった(17.10 [13.60-22.10] vs 10.50 [8.43-14.70];年齢調整されたp値= 0.013)。
  • 縦方向の変化の観点から、年間0.729の有意な増加(悪化)があった陽性グループ(p = 0.037)とは対照的に、陰性グループは、機能的評価スケールスコアで安定したままであった。その他の軌跡の違いは見つからなかった。

【結論】

本研究により、αS凝集体の増加したLRRK2パーキンソニズムの症例 (PARK8)は、より重度の運動症状を示した。αS凝集体の減少は認知機能障害を持つ可能性があるのではないかと推定されるが、さらなる研究が必要である。

用語の解説

*1.パーキンソン病進行マーカーイニシアテイブ (PPMI: Parkinson’s Progression Markers Initiative)
PPMI は、PDにおける進行マーカーを確認するための観察臨床試験に関するサイトであり、米国 南カリフォルニア大学によって運営されている。PDの進行に関するバイオマーカーを特定するために用いられる臨床データ、画像データ、バイオサンプルデータのセットを確立し、コホート研究を評価する目的で設計されている。標本、細胞株のリクエストやデータのダウンロードが可能である。
*2.種子増幅アッセイ/シード増幅分析(SAA : Seeding amplification assay)
試験管内でプリオン活性によるタンパク質凝集体の形成速度を観察する手法。(筋萎縮性側索硬化症の病態におけるα-シヌクレインの役割〈2024/5/15掲載〉)参照。
*3.ドーパミン輸送体スペクトルスキャン(Dopamine transporter (DAT) SPECT)
DATは神経終末の細胞膜に存在する細胞膜型トランスポーターで、他のモノアミントランスポーターなどとともにSLC6(soluble carrier6)とよばれる遺伝子ファミリーを形成している。ドパミントランスポーターは主に黒質線条体ドパミン終末部が存在する尾状核および被殻に発現している。黒質線条体ドパミン神経終末から放出されたドパミンを速やかに再取込しシナプス伝達を終結させるとともに、神経伝達物質の過剰作用から神経細胞を保護する役割をもつ。イオフルパン(123I-FP-CIT)はコカイン類似物質でありDATに高い結合親和性をもつ。イオフルパンを用いたDAT SPECTは黒質ドパミン神経脱落の有無、程度を正確に示す検査となる。すなわちパーキンソン症候群を示す疾患のうち黒質ドパミン細胞が脱落する疾患(PDや多系統萎縮症、大脳皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺、レビー小体型認知症)とドパミン細胞脱落を伴わない血管性パーキンソン症候群や薬剤性パーキンソン症候群、アルツハイマー型認知症を鑑別することができる検査である。またドパミン神経障害の進行を経時的に評価することも可能である。SPECT は、Single Photon Emission Computed Tomography の略で、微量の放射線を出す検査薬を投与し、その検査薬が集積した部位から出てくる放射線を検知し、画像化する検査を意味する。
*4.線形混合効果モデル
一般化線形混合モデルとは、統計学において一般化線形モデルを拡張した統計解析モデルである。さらにこの一般化線形混合モデルを拡張し、事前分布に含まれる母数の事前分布を導入する場合には、階層ベイズモデルとみなされる。固定効果に加えて変量効果を考慮している。変量効果は通常、正規分布を仮定される。変量効果の積分を含めて最尤法に基づき解を求めるが、一般に解析形式で式を表現することができない。そのため、数値積分やマルコフ連鎖モンテカルロ法等を用いて計算機により数値解析的に解を求める。コンピュータの高速化により実用化されてきている。詳細は専門書をご覧ください。

文献1
LRRK2-Associated Parkinsonism With and Without In Vivo Evidence of Alpha-Synuclein Aggregates, Lana M Chahine et al., medRxivPosted July 22, 2024