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2024/10/31

パーキンソン病の再生治療におけるiPS細胞遺伝子操作の有用性

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 近年、パーキンソン病(PD)の再生医療において、iPS細胞を神経幹細胞に分化させて移植し、神経細胞の機能を補うことで神経障害の治療に繋がる可能性が期待されている。このためには、移植された神経幹細胞は、αーシヌクレイン(αS)の凝集体の毒性や炎症など神経変性の環境に適応しなければならない。
  • 本プロジェクトでは、A53TαS発現トランスジェニック(tg)マウスのMEF*1からiPS細胞を調整し、A53TαSの発現をshRNAによりノックダウン*2した後、神経幹細胞に分化させて、A53TαStgマウスに移植し、治療効果を評価した。
  • A53TαSをノックダウンしたiPS細胞由来の神経幹細胞を移植したマウスは、コントロールのマウスに較べ、種々の行動解析*3;コオーディネーション能力、バランス能力、自発運動、の結果が改善しており、寿命が延長していた。
  • これらの結果は、PDの再生医療において、αSの発現をノックダウンしたiPS細胞を用いる有効性を示唆している。
図1.

先週お伝えしましたように(iPS細胞を用いたI 型糖尿病の再生医療;第1相臨床治験〈2024/10/24掲載〉の臨床治験が行われており、今後の展開が期待されています。ただ、現時点では、実用化の目処は立っていないことから、いくつか問題を乗り越え徐々に改良して行くのかも知れません。再生医療の対象になるのは多くの場合、老年疾患ですが、最も懸念されるのが、蛋白凝集や炎症の亢進した病的な環境の中で、iPS細胞由来の移植した組織が長期間、生存して機能的に働くことができるのかどうかという疑問です。例えば、PDの場合、胎児中脳の移植が行われてきましたが、患者さんの死後脳の組織学的解析の結果、周囲の変性した神経に由来するαSの凝集体が、移植した神経にもレビー小体を形成することが報告されており、恐らく、周囲の変性した神経からのαSのプリオン様伝幡*4が原因であると思われます。このことは、iPS細胞由来の組織を移植した場合においても、周囲からのαSの凝集による細胞毒性に晒される可能性があることを示唆しており、何らかの対策を講じる必要があります(図1)。最近、台湾台中市・中国医薬大学のChie-Hong Wang博士らは、PDのモデルとしてよく使われるA53TαS発現tgマウスからiPS細胞を調整し、ウイルスベクターを用いたshRNAにより、iPS細胞におけるA53TαSの発現をノックダウンし、A53TαStgマウスに移植した結果、マウスの行動解析の結果が改善し、さらに、寿命が延長することを観察しました(図1)。このことは、iPS細胞を用いたPDの再生治療において、iPS細胞の遺伝子操作が有効であることを示唆しており、重要な知見であると思われます。これらの結果がCell Death Discoveryに掲載されましたので(文献1)、今回はそれを紹介いたします。


文献1.
Neural stem cells derived from α-synuclein-knockdown iPS cells alleviate Parkinson’s disease, Chie-Hong Wang, Cell Death Discovery $volume 10, Article number: 407 (2024)


【背景・目的】

近年、iPS細胞を用いてPDの再生医療の研究が行われている。iPS細胞を神経幹細胞に分化させて移植することにより、神経細胞の機能を補うことで神経障害の治療に繋がると期待されるからである。しかしながら、神経幹細胞の質やソース、周囲の環境、特にαSの凝集体の毒性に対する適応性など、いくつか課題が残っている。これらの問題が、遺伝的に編集したiPS細胞を用いて解決できるかどうかを検討することが、本論文の研究目的である。

【方法】

この目的のため、PDのモデルとしてよく使われるA53TαS発現トランスジェニック(tg)マウスのMEFから調整したiPS細胞におけるA53TαSの発現を、レンチウイルスベクターを用いたshRNAによりノックダウンした後(蛋白レベルで約90%減少)、神経幹細胞に分化させた。これを A53TαStgマウス(5ヶ月齢)に移植して(対照群はノックダウンしないiPS細胞を移植)、1週間ごと22週後までその治療効果を種々の行動解析や寿命で評価した。

【結果】

行動解析の結果、A53TαSの発現をノックダウンしたiPS細胞を移植したマウスは、対照群のマウスに較べて、コオーディネーション能力、バランス能力、自発運動が改善し、寿命が延長していた。

【結論】

この研究の結果により、iPS細胞を用いたPDの再生治療に遺伝子治療を組み合わせることで革新的な治療に結びつく可能性がある。

用語の解説

*1.MEF(Mouse embryonic fibroblast)
マウスの胎芽(E10~13)より初代培養によって分離される線維芽細胞。ES細胞(胚性幹細胞)およびiPS細胞(人工多能性幹細胞)の増殖をサポートし、多能性を維持するためのフィーダー細胞層として頻繁に使用される。
*2.shRNAによるノックダウン
RNAi(RNA interference; RNA干渉)による遺伝子ノックダウンは遺伝子の機能を解析する強力なツールのひとつである。RNAiによるノックダウンを行う方法として、特定の遺伝子をターゲットにして作成した短鎖干渉RNA(siRNA: small interfering RNA)や短鎖ヘアピンRNA(shRNA: short―hairpins RNA)を細胞内に導入する方法がある。shRNA はベクターによって細胞に導入され、トランスフェクションが困難な細胞や非分裂細胞での RNAi 実験にも効果的な、恒常的に遺伝子をノックダウンできるシステムである。shRNAは導入された細胞内で解離してsiRNAとなり、ターゲット特異的な遺伝子の発現を抑制する。siRNAを導入する方法では一過性の効果しか期待できないが、shRNA発現プラスミドベクターを用いれば、siRNAを導入するよりも長期的なRNAi効果を発揮することができ、ターゲット特異的な遺伝子の発現を抑制する。また、ノックダウンは遺伝子の発現を部分的に減少させるのに対し、ノックアウトは遺伝子の機能を完全に失わせることを指す。ノックダウンは遺伝子の機能を完全には失わせず、その効果は可逆的であることが多い。
*3.行動解析;コオーディネーション能力、バランス能力、自発運動
げっ歯類モデルの運動失調および運動障害を調べるために、一連の標準化された試験が用いられる。よく知られている例には、ローターロッド、(回転する)ビームウォークテスト、トレッドミル、CatWalk XTなどの完全な歩行解析システムが含まれる。自由に適応可能なプロトコルのため、運動失調を含む広範囲の運動能力を測定することは有用である。詳しくは専門書をご覧下さい。
*4.プリオン様伝幡
Creutzfeldt-Jakob病に代表されるプリオン病は、感染因子プリオンによる進行性で致死的な疾患であり、ヒトからヒトへ、あるいは動物からヒトへ伝播する、プリオンの本体は宿主の正常型のプリオンタンパク質(PrPC)の立体構造が変化して生じる感染型の異常プリオンタンパク質(sPrPSc)であり、プリオン病の神経系にはPrPScが蓄積する。一方、アルツハイマー病やPDなどの神経変性疾患は、神経系におけるアミロイドタンパク質(アミロイドβ、αSなど)のミスフォールド・凝集・蓄積を特徴とする疾患群であるが、これらの神経変性疾患にみられる蓄積タンパク質も、プリオン病におけるPrPScと同様のメカニズムで伝播していくと考えられるようになった 。

文献1
Neural stem cells derived from α-synuclein-knockdown iPS cells alleviate Parkinson’s disease, Chie-Hong Wang, Cell Death Discovery $volume 10, Article number: 407 (2024)