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2024/11/7

マウス大腸がん悪液質に対するアディポロンの治療効果

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • がん悪液質*1は、がんの進行に伴い体重減少、低栄養、筋萎縮などが合併して生命を脅かす症候群であるが、現状では有効な治療法は無い。
  • 本プロジェクトでは、2つの大腸がん悪液質のマウスモデルにおいて、アディポネクチン受容体作動薬であるアディポロン*2投与により、悪液質に対する治療効果を評価した。
  • いずれのマウスモデルにおいても、アディポロンは、炎症やコルティコステロンの分泌を抑え、体重減少や筋萎縮を防ぐことにより、がん悪液質のフェノタイプを改善することが示された。
  • これらの結果は、アディポロンが、がん悪液質の治療に結びつく可能性を示唆しており、今後の研究が必要である。
図1.

がんの患者さんは、病状の進行に伴い、体重減少、低栄養、消耗状態が徐々に進行していきますが、このような状態をがん悪液質といいます。がん悪液質の原因は、体内の代謝異常が関与しているが、代謝異常の原因の中心は炎症性サイトカインの過剰分泌であり、これに引き続いて、筋萎縮が進行すると考えられています(図1)。炎症性サイトカインによる代謝異常は、病期が比較的早い段階から認められ、食事摂取量が減少していない段階や体重減少がまだ認められない段階に起こります。したがって、がん悪液質において、食欲不振による摂取量減少は二次的な症状であり、経口摂取量の低下のみが原因の飢餓状態とは本質的に異なります。悪液質は、がんの患者さんの50~80%に合併しますが、がんの種類によって、例えば、肺がん、膵がん、胃がん、食道がんなどは発生頻度が高く、一方、乳がんでは頻度が少ないことが知られていますが、理由は不明です。悪液質は、患者さんのQOL*3を低下させるだけでなく、抗がん剤の治療効果を弱めたり、副作用を強めたり、さらには寿命にまで影響を及ぼすこともありますので、悪液質の病態生理に関する理解が深まり、それに基づいた治療法が確立されることが望まれています。この様な状況において、ベルギーのルーヴァン・カトリック大学のIsabelle S Massart博士らは、2つの大腸がん悪液質のマウスモデルにおいて、アディポネクチン受容体作動薬であるアディポロン投与により、悪液質が改善され、さらに、体重減少や筋萎縮が抑制されることを見出し、ヒトのがん悪液質にも適応できる可能性が期待されています。また、炎症、代謝異常やアディポネクチンは生活習慣病や神経変性疾患の病態でも重要であり、多くの視点からも興味深いと思われます。これらの結果がJ Cachexia Sarcopenia Muscleに掲載されていますので(文献1)、今回はそれを紹介いたします。


文献1.
Administration of adiponectin receptor agonist AdipoRon relieves cancer cachexia by mitigating inflammation in tumour-bearing mice, Isabelle S Massart et al, J Cachexia Sarcopenia Muscle 2024 Jun;15(3):919-933.


【背景・目的】

がん悪液質は、生命を脅かす、炎症による消耗性の症候群であり、現状では治療法が無い。最も豊富なアディポカインであるアディポネクチンは、炎症の調節だけでなく、いくつかの代謝過程で重要な役割を担っている。我々の目的は、アディポネクチン受容体作動薬である合成アディポロンを投与することにより、がん悪液質と、それに関連した筋萎縮を治療できるかどうか検討することである。

【方法】

2つの異なるマウスの大腸がんモデルにおいて、がん悪液質に対するアディポロンの効果を研究した。一つ目は、7週齢、雄のCD2F1マウス*4でC26大腸がん細胞、または、溶媒を皮下に注入し、注入後、6日後から5日間連続、アディポロン(50 mg/kg)、または、溶媒で処理した。二つ目は、多数の腸ポリープが発生する遺伝的モデルであるApc Min/+マウス*5に5日間連続、アディポロン(50 mg/kg)を12週間、投与した。C57BL/6J野生型マウスをコントロールに用いた。両モデルともいくつかのパラメーターが評価された;体重、握力、血清パラメーター、及び、生体外(ex vivo);筋肉、肝臓、脂肪の分子的変化。

【結果】

いずれの大腸がんマウスモデルにおいても、がん悪液質の進行に対するアディポロンの抑制効果が観察された。

  • これらのマウスにおいて、アディポロンの投与により、体重減少、筋肉消耗は軽減され、筋力の低下から守ることが出来た(P < 0.05 for all)。
  • いずれのモデルにおいても、アディポロンによる抗炎症効果が見られた。全身のIL-6レベルの減少 (-55% P < 0.001 for CD2F1-C26, -80% P < 0.05 for Apc Min/+)、及び、筋肉の炎症の低下 (Socs3, phospho-STAT3 and Serpina3n, P < 0.05 for all)
  • 加えて、いずれのモデルにおいても、アディポロンの投与により、血清コルティコステロン(筋萎縮を誘発する)の濃度は鈍化した (-46% P < 0.001 for CD2F1-C26, -60% P < 0.05 for Apc Min/+)。したがって、筋肉の萎縮に関与すると思われる遺伝子(atrogin-1*6など)の筋組織における発現は鈍っていた。
  • 最後に、アディポロンは、Apc Min/+マウスにおいて、肝臓におけるトリグリセリドの合成・脂肪酸の取り込みを弱めることにより、血清トリグリセリドを低下(-38%, P < 0.05)させた。

【結論】

この研究により、アディポロンは、マウスモデルにおいて、炎症やコルティコステロンの分泌を抑え、体重減少や筋萎縮を防ぐことにより、がん悪液質のフェノタイプを改善することが示された。したがって、アディポロンは、がん悪液質の治療に結びつく可能性があると考えられる。

用語の解説

*1.がん悪液質(Mouse embryonic fibroblast)
がん悪液質とは、主に体重減少と食欲不振を伴うがんの合併症である。 がん悪液質では、がんから分泌される物質やがんに対する体の反応によって、エネルギーが過剰に消費されたり食欲不振が起きたりするため、体重が減少する。早めに気づいて体重減少を阻止することが、がん治療の継続や予後の改善にもつながると考えられる。
*2.アディポロン(Adiporon)
血糖値低下や脂肪減少などを引き起こす化合物の一種。同様の効果があるホルモンの一種、「アディポネクチン」に似た働きを持つ化合物をスクリーニングする研究の中で東京大学の研究グループによって発見された。アディポロンは、アディポネクチン受容体R1とR2に対して結合し、アディポネクチンとほぼ同様の作用で、血糖値低下や脂肪減少に関連するシグナル経路を活性化させることが明らかにされている。
*3.QOL(Quality of life)
QOLは「生活の質」「生命の質」などと訳され、患者様の身体的な苦痛の軽減、精神的、社会的活動を含めた総合的な活力、生きがい、満足度という意味が含まれる。
*4.CD2F マウス
近交系のマウスなので、遺伝背景が一致である。異なる個体の間、発現や表現型の変化は決して遺伝背景の違いによるものではない。そのため、大多数の位置決め修飾と遺伝子組換の優先遺伝背景品系である。このマウスの特徴として、各種の腫瘍の発病率が低い。乳癌の自然発生率は低い(~1%)。発癌物を使っても発癌しにくい。
*5.Apc Min/+マウス
ApcMinマウス/+はApc遺伝子の変異をヘテロに有するマウスであり、その対立遺伝子座欠失(loss of heterozygosity: LOH)によりWnt経路が活性化し、100%の個体が小腸及び大腸に良性腫瘍を発生する。
*6.Atrogin-1
最近の研究によれば、タンパク質分解にはユビキチンープロテアソーム系が重要な役割を担っており、特にユビキチンリガーゼであるAtrogin−1やMuRFlの発現増加は筋萎縮を惹起する。

文献1
Administration of adiponectin receptor agonist AdipoRon relieves cancer cachexia by mitigating inflammation in tumour-bearing mice, Isabelle S Massart et al, J Cachexia Sarcopenia Muscle 2024 Jun;15(3):919-933.