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2024/11/15

シングルセルRNA解析によるがん悪液質による筋萎縮の分子メカニズム

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • がん悪液質*1 における筋萎縮のメカニズムを分子レベルで理解するため、KCIマウス(膵臓がんのモデルマウス)の腓腹筋の筋細胞をSingle cell RNA-seq(シングルセルRNA解析)*2 、その他の解析を行った。
  • 遺伝子プロファイリングの結果、発達期に起こることが知られている除神経依存性のプログラムが活性化して筋分化転写因子であるMyogenin(ミオジェニン)*3 及び、その下流に位置するMyostatin(ミオスタチン)*4 のmRNAの発現が上昇していた。
  • ミオジェニンの発現をshRNA*5 で低下させると、または、ミオスタチンの結合因子であるFollistatin(ホリスタチン)*6 を発現させると、筋萎縮は改善することが示された。
  • これらの結果は、がん悪液質における筋萎縮にミオジェニン-ミオスタチン経路が関与しており、この経路をブロックすることが、がん悪液質の治療に有益である可能性を示唆している。
図1.

がんの患者さんは、体重減少、低栄養、筋萎縮などの消耗状態が徐々に進行していき、がん悪液質になりますが、このような状態では、抗がん剤による治療効果は減弱し、QOLは低下し、さらに生命にまで影響しますので、悪液質に対する治療法の開発が必要です。先週、がん悪液質の原因は、炎症性サイトカインの過剰分泌による生体内の代謝異常が関与しており、アディポネクチン受容体作動薬であるアディポロン投与により、悪液質が改善されることを報告しましたが(マウス大腸がん悪液質に対するアディポロンの治療効果〈2024/11/7掲載〉)、まだ、漠然としており、さらに多くの異なる角度から、この問題にアプローチすることが望ましいと思われます。最近、米国・テキサス大学のサウスウエスタンメディカルセンターのYichi Zhan博士らは、がん悪液質における筋萎縮の分子メカニズムを明らかにするため、膵臓がん悪液質のマウスモデルの筋のシングルセルRNAシークエンスを解析しました。その結果、がん悪液質における筋萎縮において、除神経依存性の遺伝子プログラムが活性化して筋分化転写因子であるミオジェニン の発現を誘導していることを見出しました(図1)。さらに、ミオジェニンを増加させることが知られていますが、ミオジェニンの発現をshRNA で低下させた時、または、ミオスタチンの結合因子であるFollistatin(ホリスタチン)を発現させると、筋萎縮は改善することがわかりました。このことは、ミオジェニン-ミオスタチン経路が筋萎縮に関与し、この経路をブロックすることが、治療に繋がる可能性を示唆していると思われます(図1)。これらの結果がCell Rep.に掲載されましたので(文献1)、今回はそれを紹介いたします。


文献1.
A molecular pathway for cancer cachexia-induced muscle atrophy revealed at single-nucleus resolution, Yichi Zhan et al, Cell Rep. 2024 Aug 27;43(8):114587.


【背景・目的】

消耗性の状態であるがん悪液質は、しばしば、生命を脅かすが、栄養状態に介入するだけでは改善し難い。筋萎縮は、がん悪液質の主症状であるが、がん悪液質において筋萎縮が引き起こされるメカニズムは不明である。本プロジェクトにおいては、シングルセルRNA解析でこれを明らかにし、治療につなげることを目標にする。

【方法】

ヒト膵臓がんは、がん悪液質が激しいことが特徴である。したがって、マウスの膵臓がんモデル;KICマウス*1 、及び、コントロールマウス(それぞれn=3)の腓腹筋を採取し、筋肉細胞におけるシングルセルRNA解析、その他を行った。

【結果】

  • 遺伝子プロファイリングの結果、KICマウスにおいて、除神経依存性のプログラムが活性化して筋分化転写因子であるミオジェニンmRNAの発現が上昇しているのが観察された。
  • AAVウイルスベクター-ShRNAによってミオジェニンmRNAの発現をノックダウン(低下)すると、筋萎縮は抑えられた。
  • ミオスタチンはミオジェニンの下流に位置し、ミオジェニンより活性化される分子であるが、AAVウイルスベクターにより、内因性の阻害因子としてミオスタチンに作用するホリスタチンを過剰発現すると筋萎縮は抑えられた。
  • これらの結果は、ミオジェニン-ミオスタチン経路が筋萎縮の促進に関与している可能性を示唆している。

【結論】

本研究結果は、がん悪液質における筋萎縮の分子メカニズムに関するものであり、同時に、治療に結びつく可能性があると考えられる。

用語の解説

*1.がん悪液質(Cancer cachexia)
マウス大腸がん悪液質に対するアディポロンの治療効果〈2024/11/7掲載〉)を参照。
*2.Single cell RNA-seq(シングルセルRNA解析)
転写産物(mRNA)の種類と量を網羅的に検出する。代表的なシングルセル解析手法の一つが次世代シーケンサーを用いたシングルセルRNAと呼ばれる遺伝子発現解析である。各細胞の遺伝子発現プロファイルを元に細胞集団を分類し、亜集団に特徴的な発現情報を取得できるため、細胞集団に含まれる細胞タイプ、割合、そして各細胞タイプに特徴的に発現する遺伝子を同定することが可能である。
*3.Myogenin(ミオジェニン)
Myogenin は、MyoD、myf5、MRF4 と同様に筋分化調節遺伝子ファミリーの一つである。これら遺伝子は筋組織の分化に必須な一連の転写因子をコードしており、中胚葉系幹細胞にトランスフェクトした場合には、筋芽(筋原)細胞へと分化することが報告されている。先行研究により、発達期において、除神経依存性のプログラムが活性化して筋分化転写因子であるミオジェニンmRNAの発現が上昇することが知られている。
*4.Myostatin(ミオスタチン)
筋肉増殖を負に制御する因子。主に骨格筋で合成され、骨格筋の増殖を抑制する。1997年に論文発表された。分子量2万6000程度の糖蛋白質で、アミノ酸残基数109のダイマーであり、興味深いことにアミノ酸配列はヒトとマウス、ラットで同一である。ミオスタチンの機能発現が低いと筋肉量が多く、高いと筋肉量の減少/消耗につながる。
*5.ShRNA(Short-hairpins RNA)
パーキンソン病の再生治療におけるiPS細胞遺伝子操作の有用性 〈2024/10/31掲載〉
*6.Follistatin(ホリスタチン)
ホリスタチンはTGF-βファミリーに結合してレセプターとの結合を阻害することでその活性を調節する分泌タンパク質である。当初はactivin(アクチビン)のアンタゴニスト(拮抗剤)として見出された。TGF-β、BMP-2,-4,-6,-7、ミオスタチン、GDF-11に作用する。

文献1
A molecular pathway for cancer cachexia-induced muscle atrophy revealed at single-nucleus resolution, Yichi Zhan et al, Cell Rep. 2024 Aug 27;43(8):114587.