がんの患者さんは、体重減少、低栄養、筋萎縮などの消耗状態が徐々に進行していき、がん悪液質になりますが、このような状態では、抗がん剤による治療効果は減弱し、QOLは低下し、さらに生命にまで影響しますので、悪液質に対する治療法の開発が必要です。先週、がん悪液質の原因は、炎症性サイトカインの過剰分泌による生体内の代謝異常が関与しており、アディポネクチン受容体作動薬であるアディポロン投与により、悪液質が改善されることを報告しましたが(マウス大腸がん悪液質に対するアディポロンの治療効果〈2024/11/7掲載〉)、まだ、漠然としており、さらに多くの異なる角度から、この問題にアプローチすることが望ましいと思われます。最近、米国・テキサス大学のサウスウエスタンメディカルセンターのYichi Zhan博士らは、がん悪液質における筋萎縮の分子メカニズムを明らかにするため、膵臓がん悪液質のマウスモデルの筋のシングルセルRNAシークエンスを解析しました。その結果、がん悪液質における筋萎縮において、除神経依存性の遺伝子プログラムが活性化して筋分化転写因子であるミオジェニン の発現を誘導していることを見出しました(図1)。さらに、ミオジェニンを増加させることが知られていますが、ミオジェニンの発現をshRNA で低下させた時、または、ミオスタチンの結合因子であるFollistatin(ホリスタチン)を発現させると、筋萎縮は改善することがわかりました。このことは、ミオジェニン-ミオスタチン経路が筋萎縮に関与し、この経路をブロックすることが、治療に繋がる可能性を示唆していると思われます(図1)。これらの結果がCell Rep.に掲載されましたので(文献1)、今回はそれを紹介いたします。
文献1.
A molecular pathway for cancer cachexia-induced muscle atrophy revealed at single-nucleus resolution, Yichi Zhan et al, Cell Rep. 2024 Aug 27;43(8):114587.
消耗性の状態であるがん悪液質は、しばしば、生命を脅かすが、栄養状態に介入するだけでは改善し難い。筋萎縮は、がん悪液質の主症状であるが、がん悪液質において筋萎縮が引き起こされるメカニズムは不明である。本プロジェクトにおいては、シングルセルRNA解析でこれを明らかにし、治療につなげることを目標にする。
ヒト膵臓がんは、がん悪液質が激しいことが特徴である。したがって、マウスの膵臓がんモデル;KICマウス*1 、及び、コントロールマウス(それぞれn=3)の腓腹筋を採取し、筋肉細胞におけるシングルセルRNA解析、その他を行った。
本研究結果は、がん悪液質における筋萎縮の分子メカニズムに関するものであり、同時に、治療に結びつく可能性があると考えられる。