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2024/12/5

Mpox(サル痘)ウイルス感染症;2度目の緊急事態宣言!

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 近年、アフリカを中心にMpox(サル痘)ウイルス*1感染症が流行し、海外にも感染例が確認された。
  • WHOは、2つの異なるクレード*2のMpox に対して、2度に渡り、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)*3」を宣言した。
  • ウイルスのゲノム配列解析を迅速に決定し、それらに対応する疫学データと臨床データの評価を共有することは、ウイルス流行の動向をリアルタイムで把握し、ワクチンの開発と効果的な予防策の策定に不可欠である。
図1.

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが終わってやれやれと言う感じですが、それも束の間、世界の関心は、すでに、新しいウイルス感染症であるMpox(サル痘)に移っています。Mpoxは、Mpoxウイルスによる感染症であり、発熱、発疹、リンパ節腫脹や筋肉痛などの症状を伴います。呼吸器症状が少ないため、COVID-19の様にパンデミックを起こす可能性は少ないと思われますが、小児例や、接触の程度、患者さんの健康状態、合併症などにより重症化することがあり、要注意です。以前にMpox感染症は、西アフリカを中心に流行し(クレードIIb)(図1)、2022年5月以降、欧州や米国等で市中感染の拡大が確認されたため、WHOは第1回目の「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を宣言しました。その後、一旦、終息して、2023年5月にPHEICの終了宣言が出されたのですが、2024年に入り、コンゴ民主共和国および周辺の国でMpox患者が再度、急増し(クレードIb)(図1)、2024年8月に第2回目のPHEICが宣言されました。今後どうなるかは計り知れない状況が続いています。Mpoxウイルス感染症に対するオリジナル研究に関する論文が出て来るまでしばらく時間がかかると予想されますので、今回は、北京・中国科学院のLiang Wang博士と杭州・浙江大学のGeorge F Gao博士の共著によるLancet のEditorial論文(文献1)を要約して報告いたします。


文献1.
More mpox data are needed to better respond to the public health emergency of international concern, Wang L and Gao GF, Lancet 2024; 404:1399-1400


【背景】

2024年8月14日、WHOはMpox (以前はサル痘として知られていた)を国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)として2度目の宣言をした。21世紀になって、2度の宣言をするのは、エボラ出血熱#1以来である。遺伝子の多様性に基づけば、従来のMpoxウイルスはI, IIa, IIbの大きなクレードに分類される。今回のPHEICは、新しく出現したIbによるものであると思われる(2022-2023の間に最初のPHEICの原因になったIIbとは異なる)。これまでに確認されたものの大部分はアフリカであり、特に、コンゴ民主共和国に多いが、スウェーデンやタイからも見つかったことから、世界中に広がっているかも知れない。一般にクレードIは IIに較べて、臨床的により重症化し、致死率が高い(10.6%)ので、IbはIIbよりも公衆衛生上ハイリスクであると言えるだろう。

【データ(シークエンス、疫学、臨床)共有の重要性】

  • 現在のPHEICへの対応として、ウイルスゲノム配列解析を迅速に決定し、それらに対応する疫学データと臨床データの評価を共有することは、ウイルス流行の動向をリアルタイムで把握し、ワクチンの開発と効果的な予防策の策定に不可欠である。したがって、現在のアフリカからのMpox関連データ情報の入手可能性と適時性によって評価されるこの地域からのMpoxウイルスゲノムデータを共有することは非常に重要である。前回のMpox に対するPHEICでは、ゲノム監視とデータの領域を決定することを目指したが、今回は、改善の必要な箇所を共有し、現在、また、将来のPHEICに応じたタイムリーな政策促進を最適化することを目標にする。
  • 2024年8月14日の時点で、2023年10月アフリカ・コンゴ民主共和国で勃発して以降の62の完全なサル痘ウイルスゲノムが収集され、公開されました。これらは、すべてクレードIに属し、この期間のアフリカで確認された2219例の患者さんの2.8%を占めています。これは、前回のPHEICで87329例のうち7.5%(6581例)がクレードIIbのウイルスであったのと比べて大分低い値であった。さらに、現在継続中のPHEICにおいて全ゲノムシーケンスが3つの国より得られた;内訳は、コンゴ民主共和国より59例(5160例中)、ウガンダより2例(19例中)、ケニアより1例(5例中)であった。さらに、その間、感染が進んでいるにもかかわらず、2024年の2〜6月に明らかな空白期間があることがわかった。この期間にデータの適切な報告がされなかった理由としていくつか考えられるが、例えば、ゲノムが監視されて関連したデータが生み出されていたのにも関わらず、データのタイムリーな分与の重要性に関して充分な認識ができていなかったことが挙げられる。別の可能性は、シークエンスやデータ分与に必要な資金やインフラ、技術員を供給することが出来なかったことである。現時点で、アフリカにおけるゲノムの情報は十分でなく、これらの国々から、新しいMpoxの変異株が現れなかったかどうか判断できない。このような課題にも関わらず、臨床医、研究者、ヘルスケアの専門家の努力により、シークエンスを時速に行なって供与することの長所はよく認識されている。2023年10月以降のMpoxウイルスのサンプル収集からゲノムシークエンスの提出までに要する平均期間は88日であり、クレードIIbの解析に90日以上要した事に比べるとアフリカの疫学に対す反応は急速に進歩していると思われる。

【結論】

新しい変異株による疾病管理と封じ込めに最初の100日間が極めて重要である事を考慮すれば、疫学に関するデータが早く公表されれば、リアルタイムで疫学的評価を行うことが可能になり、予防やコントロールの策定制御を行い、PHEICを早く終わらせることが出来るだろう。これらの空白を無くさなければ、まだ、同定されていない隠れた変異株を伝染させ、新しい変異株として出現させる事になり、Mpoxの蔓延を防ぐ努力を複雑なものにする。アフリカには、大規模感染とゲノム監視に対する資金やインフラが限られていることを考慮すれば、多方面からの国際的な援助が必要である。さらに、データ分与の実現性に関する合理化政策が可能な限り優先されるべきである。

用語の解説

*1.Mpox(サル痘)ウイルス
Mpoxウイルス、または、サル痘ウイルスは、ヒトやその他の哺乳類においてエムポックスの原因となる二本鎖DNAウイルスである。オルソポックスウイルス属に属する人獣共通ウイルスであり、天然痘ウイルス(VARV)、牛痘ウイルス(CPXV)、ワクシニアウイルス(VACV)と近縁である。サル痘ウイルスには大きく“コンゴ盆地系統群(クレード1)”と“西アフリカ系統群(クレード2)”の2種類があるといわれている。この2つを比べると、コンゴ盆地系統群(クレード1)はより重症化しやすく、ヒトからヒトへ感染する確率が高いといわれている。2022年5月に、ヨーロッパやアメリカで流行が報告されているのは西アフリカ系統群(クレード2)である。日本では感染症法上の四類感染症に指定されている。Mpox(サル痘)の潜伏期間は6~13日(最大5~21日)とされており、潜伏期間の後、発熱、頭痛、リンパ節腫脹、筋肉痛などの症状が0~5日続き、発熱1~3日後に発疹が出現する。しかし、2022年以降の流行では、発熱、頭痛、リンパ節腫脹などの前駆症状が必ずしも認められない事例も報告されている。
*2.クレード(clade)
分子系統学の用語で、共通の先祖から派生した全ての子孫により構成される集団を指す、クレードとは、系統解析の結果、単一の起源をもつとされる因子の集団を指し、その起源が先カンブリア期までさかのぼることができるもの、と定義されている、Mpox(サル痘)は、以前はコンゴ盆地クレードと呼ばれていたクレードIと、西アフリカクレードと呼ばれていたクレードIIの2つのクレードが知られており、クレードIIにはさらに、クレードIIaとクレードIIbの2つの亜系統がある。
*3.国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC: public health emergency of international concern)
アンチセンスオリゴヌクレオチド(Antisense oligonucleotides:ASOs) PHELICとは、大規模な疾病発生のうち、国際的な対応を特に必要とするものを指す。従来は黄熱病、コレラ、ペストの流行を指していたが、21世紀に入ると2003年に重症急性呼吸器症候群 (SARS) が中国を中心にアウトブレイクを起こすなど新興感染症の懸念や再興感染症、バイオテロに対応する必要性があり、さらに伝染病検知の隠蔽防止の観点から国際保健規則(英語版)が2005年に改定され、原因を問わず国際的な公衆衛生上の脅威となりうるあらゆる事象が対象となった。WHO加盟国はPHEICを検知してから24時間以内にWHOに通告する義務を負い、WHOはその通告内容に応じてPHEIC拡大防止のための迅速な手段を講じる。194か国に通じる法的拘束力をもってWHOによる疾病の予防、監視、制御、対策が施され、強制力はないもののWHOは出入国制限を勧告できる。これまでにPHEIC指定された事態は以下の通り。
  • 2009年4月:2009年新型インフルエンザの世界的流行
  • 2014年5月:2014年の野生型ポリオ流行
  • 2014年8月:2014年の西アフリカエボラ出血熱流行
  • 2016年2月:2015-2016年のアメリカ大陸におけるジカ熱流行
  • 2019年7月:2018-2019年のコンゴ民主共和国北キブ州でのエボラ出血熱流行
  • 2020年1月:COVID-19の世界的流行(COVID-19 pandemic)
  • 2022年7月:2022年のエムポックス流行
  • 2024年8月:2024年のエムポックス流行

文献1
More mpox data are needed to better respond to the public health emergency of international concern, Wang L and Gao GF, Lancet 2024; 404:1399-1400