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2024/11/26

パーキンソン病モデルマウスに対する核酸療法による治療効果

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • パーキンソン病(PD)では、α-シヌクレイン(αS)の凝集体が内因性の野生型αSを凝集させることにより、神経変性が伝播していくメカニズム、所謂、プリオン様伝播*1が考えられている。したがって、αSの発現量を低下して、αSの凝集による神経変性の伝播を抑制すれば、PDの治療に有効である。
  • 本プロジェクトにおいては、野生型マウスにαSの凝集体PEF (Preformed fibrils)*2を投与したPDモデルにおいてαSのアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASOs)*3による治療効果が示された。
  • これらの結果は、PDの治療におけるASOを用いた核酸療法の有効性を示唆している。
図1.

近年、神経変性疾患の治療研究が精力的に行われてきました。アルツハイマー病(AD)に関しては、ご存知の通り、抗Aβモノクロ-ナル抗体;レカネマブやドナネマブ、を用いた受動免疫療法の第3相臨床治験が成功し、FDA*4に承認されました。現時点においては、いくつか問題点がありますが、今後、徐々に改良されて行くのではないかと思われます。しかしながら、ADに比べて、パーキンソン病(PD)やその他の神経変性疾患では、良い結果が得られていません。これは、ADの治療標的であるアミロイドβが細胞外に分泌されるので抗体の標的になりやすいのに対し、PD 治療におけるαSやその他の神経変性疾患の原因となるアミロイド蛋白の多くは細胞質に局在するため、抗体がアクセスしにくいのが原因であると考えられます。そこで、最近では、細胞質のアミロイド蛋白を標的にした新たな治療法の開発が試みられています。これに関連して、αSタンパクのユビキチン化・プロテオソームにおける蛋白分解を亢進させるようなペプチド:PROTAC*5の開発を試みた論文を紹介いたしましたが(E3リガーゼ/抗体可変部キメラを用いたα-シヌクレインの蛋白分解;治療への適用〈2024/9/26掲載〉)(図1)、このように、現在、多くのPDの根本治療法が研究されていますが、やはり、最もオーソドックスなのは核酸療法でしょう。今回は、少し前ですが、東京医科歯科大学の佐野研究員らが共同研究により、野生型マウスにαSの凝集体PEFを投与したPDモデルにおいてαSのASOによる治療効果を証明した結果が、Acta Neuropathologica Communicationsに掲載されていますのでそれを紹介いたします(文献1)。これまで、類似論文がいくつか発表されており(Uehara T et al, Sci Rep 2019, Weber Boutros S et al, J Parkinsons Dis 2021, Cole TA et al, JCI Insight.2021)、核酸療法に対する関心の高さが伺われます。いずれの結果もマウスで得られたものですが、これらの知見が患者さんに応用されてPDの疾患修飾治療として確立されることが期待されます。


文献1.
Effects of local reduction of endogenous α-synuclein using antisense oligonucleotides on the fibril-induced propagation of pathology through the neural network in wild-type mice, Tatsuhiko Sano et al, Acta Neuropathologica Communicationsvolume 12, Article number: 75 (2024)


【背景・目的】

PDやその他のα-シヌクレインのパチーでは、αSの凝集体が内因性の野生型αSを凝集させることにより神経変性が伝播していく様式が一つのメカニズムとして考えられている。もし、これが正しければ、αSの発現量を低下させれば、αSの凝集による神経変性の伝播を抑制することになり、治療に有効である可能性がある。本プロジェクトの目的は、これを実験的に証明することである。

【方法】

  • この仮説を検討するために、7 weeks WT C57BL/6 J マウス(雌、7週齢)の片側の線条体にαSのPFF体を接種し、神経ネットワークを通して、広範に神経変性を引き起こさせた系をαSの神経変性のモデルとして用いた。
  • αS mRNAに対するASOを場所・時間を変えて注入することで、αS凝集による神経変性の開始、病態の進展がどのように変わるかを、リン酸化αSを指標にすることにより評価した。

【結果】

  • αSPFF体を接種する以前、あるいは、接種後、0–14 日以内に、ASOを同側の線条体に注入することにより、対側の半球を含んだ脳全体においてαSのリン酸化は、予防、または、抑制された。
  • αSPFF体接種後にASOを注入することにより、神経突起から神経体細胞への病態の進行が抑えられた。
  • さらに、αSPFF体を接種した対側にASOの注入を行った場合でも、接種した側のαSのリン酸化による神経変性の進展は予防された。このことは、神経変性伝播の目的地におけるαSの量が減少することにより、伝播開始点における神経変性を抑制出来るという従来の概念を支持するものである。

【結論】

以上の結果は、神経変性伝播の進展において、神経ネットワークを通して内因性のαSを補充することの重要性を証明するものであり、ASO療法がα-シヌクレイのパチーの治療に有効であることを示唆している。

用語の解説

*1.プリオン様伝播
異常タンパク質(アミロイドタンパク質)の凝集が「seed」(核)となり、他の細胞に移動し、内在性のタンパク質の蓄積を引き起こすという仮説である。
*2.PEF (Preformed fibrils)
アミロイドタンパク質の凝集は、神経変性疾患の主要な病理学的特徴であるが、病理学的条件下では、オリゴマーや前線維集合体から高度に秩序化された凝集体に至るまで、さまざまな望ましくない構造に統合される。これらのフィブリル構造は「活性化」であり、伸長のためにモノマーを急速に動員するため、フィブリル構造はタンパク質凝集の急速な成長段階を表している。 さらに、これらのフィブリルは、「seed」として機能する可能性のある短い断片にランダムに分割され、他の細胞に伝達され、モノマーを動員して新しいフィブリルを形成する。PFF体(Preformed fibril)は、in vitro で形成されたアクティブなフィブリルであり、この「seeding」の活性を持ち、可溶性の内因性病理学的タンパク質を継続的に動員して凝集体を形成し、最終的に神経変性病理を誘発する。信頼性の高い疾患モデルの確立は、病理学的メカニズムの発見、治療介入の有効性の評価や薬剤候補の安全性の評価に不可欠である。 従来の疾患モデリング アプローチと比較して、PFF によって誘発される病理は、遺伝子編集、化学的または物理的損傷に依存せず、自然に発生する病理学的状態をよりよく模倣できる。したがって、PFFは、神経変性疾患をモデル化するための新しいアプローチである。
*3.アンチセンスオリゴヌクレオチド(Antisense oligonucleotides:ASOs)
アンチセンスオリゴヌクレオチド(Antisense oligonucleotides:ASOs) 蛋白質に翻訳されるなど、何らかの機能を持つ塩基配列を「センス鎖(Sense strand)」と呼ぶのに対して、センス鎖に相補的な塩基配列は「アンチセンス鎖(Antisense strand)」と呼ばれる。そこから、アンチセンスは標的とするpre-mRNAやmRNA、microRNA(miRNA)に対して相補的な塩基配列を持ち、それらに結合して、機能を阻害したり、制御したりする1本鎖のDNAやRNAを指す。アンチセンス法は、標的遺伝子のmRNAに相補的な塩基配列から成るアンチセンス核酸を用いて、標的遺伝子の発現を抑制する研究手法として、広く使われてきた。また近年は、疾患に関連するpre-mRNAやmRNA、miRNAに相補的な配列を持つASOsを化学合成し、体内に投与して疾患を治療するアンチセンス医薬の開発が本格化している。アンチセンス医薬は、核酸医薬の一種に位置付けられる。現状、その作用機序は、(i)標的とするmRNAに結合し、RNaseHと呼ばれるヌクレアーゼによって標的mRNAの分解を誘導する「分解誘導型」、(ii)標的とするpre-mRNAに結合し、スプライソソームなどスプライシング関連蛋白質とpre-mRNAが結合するのを物理的に阻害して、スプライシングを変化させる「スプライシング制御型」、(iii)標的とするmiRNAに結合し、miRNAがmRNAに結合・作用するのを物理的に阻害する「mRNA阻害型」に大別される。
*4.FDA (Food and Drug Administration)
「アメリカ食品医薬品局」を指す。FDAから認証を受けることは、日米両国における薬機法や食品衛生法に違反しておらず、適正な商品であることを許可されていることを意味する。
*5.PROTAC
E3リガーゼ/抗体可変部キメラを用いたα-シヌクレインの蛋白分解;治療への適用〈2024/9/26掲載〉)参照。

文献1
Effects of local reduction of endogenous α-synuclein using antisense oligonucleotides on the fibril-induced propagation of pathology through the neural network in wild-type mice, Tatsuhiko Sano et al, Acta Neuropathologica Communicationsvolume 12, Article number: 75 (2024)