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2024/12/12

認知障害前期における運動認知リスク症候群(MCR)と睡眠障害の関連性

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 認知症など神経変性疾患の治療には、病初期の治療介入が有効であると考えられている。したがって、軽度認知障害(MCI)*1を引き起こす病態メカニズムを理解し、認知症の予防治療に応用することは重要である。
  • 最近、MCIの原因の一つとして、認知機能低下の自覚と歩行傷害を特徴とした運動認知リスク症候群(MCR)*2という概念が注目されている。
  • 本プロジェクトにおいて、65歳以上の高齢者を対象にした前向きコホート研究により、MCRの発症率が睡眠障害と相関する事を検証した。
図1.

近年、神経変性疾患の治療に関連した研究が精力的に行われています。現在の標準的な考え方は、アルツハイマー病(AD)などの認知症が既に進行した場合は、根本的に治療するのは困難ですが、病初期、出来れば、症状が出る以前なら、抗Aβモノクロ-ナル抗体を用いた受動免疫療法などで治療介入を始める事により、発症を有意に遅らせることが可能であるというものです。その意味で、認知症の前段階とされるMCIに連なる病態メカニズムを理解し、認知症の予防治療に応用することが非常に重要です。最近、MCIにおける認知フレイル*3の役割が注目されています。特に、認知機能低下の自覚と歩行傷害を特徴としたMCRという新しい前認知症症候群の概念が各国で受け入れられるようになりました(図1)。その一方で、以前より、認知症・MCIの原因の一つとして、睡眠障害*4の役割が示されてきました(図1)。したがって、MCRと睡眠障害の関係は興味深いと思われますが、現時点においてこれに関する報告はありません。このような状況で、米国・Albert Einstein大学のVictoire Leroy研究員らは、高齢者445症例からなる前向きコホート研究を行い、その結果、睡眠障害がMCRの発症率と相関することを観察しました。これによって、認知症が進行する課程で、認知フレイルの関与が明らかになったことから、非常に意義深いと思われます。この結果は、最近のNeurologyに掲載されましたので、今回は、その論文を紹介いたします(文献1)。これらの知見が認知症の予防に応用されることが期待されます。


文献1.
Association of sleep disturbances with prevalent and incident motoric cognitive risk syndrome in community-residing older adults, Victoire Leroy et al, Neurology 103 (11) 2024


【背景・目的】

最近、睡眠障害やMCRが認知機能障害のリスクになるという証拠が増加しているが、睡眠障害とMCRの関係は不明である。したがって、本研究は、睡眠障害と高齢者におけるMCR(全般、及び、発症率、有病率)の相関性の有無を調べることを目的とした。

【方法】

  • この目的のため、認知症のない地域に居住する65歳以上の高齢者を対象にして前向きコホート研究「可動性と年齢」(Albert Einstein大学;ニューヨーク州ブロンクス)を行なった。
  • MCR に関しては、毎年、認知力に関する不満を報告した標準化されたアンケート、及び、電動式トレッドミルで記録した低速歩行に基づいて評価した。睡眠に関しては、ピッツバーグ睡眠質問表をもとにして、良質な睡眠(≤5)と質の低い睡眠 (>5)の2つに分けた。
  • ベースラインにMCRの無かった参加者のうち、年齢、性別、教育を調整した比例ハザードモデル*5を、さらに、ベースラインでの睡眠障害とMCRの発症率の関連性を調べるために、合併症指数、老年うつ病尺度スコア、及び、グローバル認知スコアを使用した。
  • 質の低い睡眠とMCRの有病率の相関関係に関しては、多変量ロジスティック回帰分析*6を用いて調査した。

【結果】

  • 参加者は445名で、女性が56.9%、平均年齢75.9歳であった。403名は、ベースラインでMCRが無かったが、2.9年のフォロ-アップのうち36名はMCRを発症した。
  • 質の低い睡眠の症例は、良質な睡眠の症例に比べて、MCR発症のリスクが高かったが、この関連性は鬱症状を調整した場合、有意差は無くなった。
  • ピッツバーグ睡眠質問表のうち、睡眠障害に関係した昼間の不調(e.g. 日中の睡魔亢進、熱意低下)はMCR発症のリスクを伴った。
  • MCRの有病率は、質の低い睡眠と相関しなかった。

【結論】

概して、睡眠の質の低さは、MCRの発症率と相関するが、MCRの有病率とは相関しなかった。特に、睡眠障害による昼間の不調は、MCR発症のリスクが増加する。これらの関係を検証するためのさらなる研究が必要である。

用語の解説

*1.軽度認知障害(MCI; Mild Cognitive Impairment)
異常タンパク質(アミロイドタンパク質)の凝集がSeed(核)となり、他の細胞に移動し、内在性のタンパク質の蓄積を引き起こすという仮説である。
*2.運動認知リスク症候群(MCR; Motoric Cognitive Risk syndrome)
MCRとは、遅い歩行速度と軽度の認知異常を特徴とし、各国で新しく説明されている前認知症症候群である。米国・イェシーバー大学のJoe Verghese氏らは、MCRの頻度および認知症との関連を明らかにすることを目的に、17ヵ国の22コホート研究のデータを基に解析を行った。その結果、MCRは高齢者で頻度が高いこと、MCRは認知機能低下を強力かつ早期に予測しうることを報告した(Verghese et al, Neurology 2014)。
*3.認知フレイル
フレイル(脆弱性)とは加齢に伴う心身の機能低下のためにADLが低下し、要介護になる危険が高い状態であり、身体的フレイルのほか、認知・精神的フレイルや社会的フレイルが複雑に関与する。身体的フレイルには口腔機能低下、栄養状態の不良、サルコペニア、ロコモティブシンドロームなどが、認知・精神的フレイルには認知機能障害・認知症、うつなどが、社会的フレイルには独居、孤独、閉じこもり、経済的問題などが関与する。
*4.認知症と睡眠障害
軽度の認知症患者では、不眠症(29.9%)、睡眠中の下肢けいれん(24.1%)、日中の過度の眠気(22.6%)、むずむず足(20.7%)、夜間の寝言や睡眠中の動き(18.5%)などが報告されている。また、睡眠障害は、気持ちの落ち込みや不安とも関係している。
*5.比例ハザードモデル
Cox比例ハザードモデルとも言う。生存時間分析のためのノンパラメトリックな手法の1つで、生存時間データのほかに年齢や性別などの共変量を用いることで、共変量が生存時間に与える影響を調べることができる。詳細は専門書をご覧下さい。
*6.ロジスティック回帰分析
多変量解析の一つで、ある特定の事象が起きる確率を分析し、結果を予測できるようにするものである。ビジネスシーンにおけるマーケティング施策のほか、医療、気象、金融などさまざまな業種、分野で活用できるため、大きな注目を集めている。詳細は専門書をご覧下さい。

文献1
Association of sleep disturbances with prevalent and incident motoric cognitive risk syndrome in community-residing older adults, Victoire Leroy et al, Neurology 103 (11) 2024