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2024/12/26

自閉スペクトラム症と統合失調症のオーバーラップについての分子生物的解析

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 自閉スペクトラム症(ASD)*1と統合失調症(SCZ)*2は、DSM-5*3により、異なる疾患として区別されているが、最近の研究は、これらの疾患の病態が重複している可能性を示唆している。しかしながら、詳細は明らかでない。
  • 本研究では、これまでGWAS *4により同定されたASDにおける遺伝子変異とSCZにおける一塩基多型(SNP)*5と比較するためにメタ解析を行った結果、多くの遺伝子(〜75%)がASDとSCZの両方に連鎖することを見出した。
  • さらに、それぞれの疾患から樹立したIPS細胞由来の神経細胞を比較解析したところ、神経系への分化初期に見られた2つの異なる表現型が、時間とともに、シナプスの機能低下を特徴とした類似の表現型を呈することを観察した。
  • これらの結果は、ASDとSCZ病態が重複するという概念を支持している。
図1.

ASDは、社会的相互交渉やコミュニケーションの質的異常、および、興味の限局と反復的行動を特徴とする発達障害群で、自閉症や特定不能の広汎性発達障害などのサブタイプを含む概念です。これらの疾患は互いの境界線を引くのは難しいこともあり、病気の一連の続きとして“スペクトラム”として捉えられています。現時点で、併発しやすいパニック、興奮、不眠などに対する対症的な薬物療法が補助的に行われていますが、根本的療法は無く、ASDの病態を解明し治療に結びつけることが望まれます。興味深いことに、ASDは知的障害やてんかんを伴うことが多く、他の精神疾患を併発しているケースが少なくありません。特にASDとSCZは、DSM-5により、異なる疾患として区別されていますが、最近の疫学研究からは、両疾患の病因・病態は重複している可能性が示唆されています(図1)。このような状況で、イスラエル・ハイファ大学(University of Haifa)のEva Romanovsky博士らは、これまでGWASにより解析されたASDにおける遺伝子変異に関するメタ解析を行い、SCZにおける一塩基多型(SNP)と比較した結果、多くの遺伝子(〜75%)がASDとSCZの両方に連鎖することを見出しました。さらに、それぞれの疾患の患者さんから樹立したIPS細胞由来の神経細胞を解析したところ、初期に見られた2つの異なる表現型が、時間とともに、シナプスの機能低下を特徴とした類似の表現型を呈するようになることを観察しました。これらの結果は、ASDとSCZ病態がオーバーラップしていることを示唆しており、将来的には診断マーカーや新規治療薬の開発に役立つ可能性が想定されます。これらの結果は、Molecular Psychiatry に掲載されましたので(文献1)、それを紹介いたします。


文献1.
Uncovering convergence and divergence between autism and schizophrenia using genomic tools and patients’ neurons, Eva Romanovsky et al, Molecular Psychiatry Published: 05 September (2024)


【背景・目的】

ASDは、しばしば、他の精神疾患を併発することが知られているがこれまでのところ、深く解析されている訳ではない。本プロジェクトの目的は、これまで病態がオーバーラップしている可能性があると指摘されてきたASDとSCZについて、これらの疾患の類似点、及び、相違点をGWASやSNIPに焦点を当てた遺伝子解析、さらに、IPS細胞を用いた細胞生物学的解析により検討することである。

【方法・結果】

  • これまでGWASにより解析されたASDにおける遺伝子変異をメタ解析(17文献、ヨーロッパ系35%, アフリカ系12%, 東アジア系9%, その他)で同定し、SCZにおけるSNPs(データベース)と比較した。
  • その結果、多くの遺伝子がASDとSCZの両方に連鎖していた;305個のASD GWAS遺伝子のうち 239 個(78%)がSCZにリンクした。また、105個のSCZ SNPのうち 78 個(74%)がASDにリンクした。
  • さらに、それぞれの疾患の患者さんから樹立したIPS細胞から分化誘導した神経細胞を解析したところ(n=50)、健常者由来のコントロール細胞に較べて、2つの異なる表現型は多彩であった。ASD由来の神経細胞は、コントロール細胞よりも早く分化したが、SCZ由来の神経細胞は、コントロール細胞に較べて分化する速度は遅かった。
  • しかしながら、これら2つの異なる表現型は収束し、時間とともにシナプスの機能低下を特徴とした類似の表現型を呈した。

【結論】

以上の結果は、ASDとSCZ病態がオーバーラップしていることを明白に示唆している。すなわち、複雑な遺伝的要因と発達的要因の相互作用がシナプス機能不全を引き起こし、神経発達障害と神経精神障害として現れると思われた。

用語の解説

*1.自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)
ASDは、DSM-5において神経発達症群に分類される診断名の一つ。従来自閉性障害(自閉症)と定義されていた典型的な状態だけに限定せず、軽い状態も重い状態も含む連続体(スペクトラム)としてとらえる診断名で、コミュニケーションや言葉の使い方に関する症状があり、常同行動を示すといった様々な状態を含む。ASDの診断基準は「社会的コミュニケーションの障害」と「限定された興味」の2つを満たすとDSM-5では定められている。典型的には生後2年以内に明らかになる。有病率は0.65〜1%とされる。性差は男児において女児よりも4倍とされる。またASD児童のうち約30%は知的障害を、11 - 39%はてんかんを併発する。原因については現時点では脳機能の変異とされているが、親の子育て能力は関係しないと判明している。ASDは他の神経発達症と同様、一般的には治療法は存在せず、一生続き、治療より療育や支援に重きが置かれる。治療のゴールは、中核症状および関連症状を最小化し、さらに患者のQOLを最大化し患者家族のストレスを軽減することに置かれる。
*2.統合失調症(SCZ)
SCZは、幻覚や妄想といった精神病症状や、意欲が低下し感情が出にくくなるなどの機能低下、集中力や認知機能の低下などを主症状とする精神疾患である。日本では約80万人の患者がいると推定されており、世界的には約100人に1人の割合で発症すると報告されている。発症年齢は主に10代後半から30代頃とされているが、中年期以降に発症することもある。SCZの発症メカニズムはいまだ完全には解明されていないが、脳内の神経伝達の機能障害、遺伝的素因、環境要因の相互作用によると考えられている。もともと統合失調症になりやすい要因を持った人に、進学や就職、結婚など環境の変化、人間関係の大きなストレスや緊張などが生じることが発症のきっかけになる。
*3.DSM-5(『精神障害の診断と統計マニュアル』第5版)
米国精神医学会(APA)の精神疾患の診断分類。初版(DSM-I)は1952年に出版され、その後、数回にわたって改訂され、第5版 DSM-5は、2013年に発表された。詳しくは、正書をご覧下さい。
*4.GWAS(Genome-Wide Association Study)
ゲノムワイド関連解析、またはゲノムワイド関連研究は、ゲノミクス(ゲノム科学)において、異なる個人のゲノム全域にわたる(ゲノムワイドな)遺伝的変異一式を対象に、ある形質に関連する変異があるかどうかを調べる観察研究である。GWAS は、通常、一塩基多型(SNP)とヒトの主要な疾患などの形質との関連に焦点を当てているが、他のすべての遺伝的変異や他の生物にも同様に適用することができる。
*5.一塩基多型(SNP)
SNP(スニップ)は遺伝情報を保つDNA配列を構成する1つの塩基が置き換わる現象である。ヒトが持つDNAのどこにでもこのような1つの塩基の変更は起こる可能性があるが、ある集団の1%以上に特定の一塩基の置き換えが見られる場合に、SNPとして分類される。SNPは平均すると、1,000塩基に1回の頻度で起こる。つまり、合計すると約400万から500万個のSNPが一人のゲノムに存在することになる。これまでの研究により世界で6億種類以上のSNPが発見されている。SNPが遺伝子の近くに存在する場合、変更された遺伝情報による異常なタンパク質により、病気の発症につながる可能性もある。つまり、SNPは病気に関連する遺伝子を特定する目印にもなる。

文献1
Uncovering convergence and divergence between autism and schizophrenia using genomic tools and patients’ neurons, Eva Romanovsky et al, Molecular Psychiatry Published: 05 September (2024)