新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2025/1/29

アルツハイマー病治療薬の認知機能改善効果に関するネットワークメタ解析

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 近年、新たなアルツハイマー病(AD)治療薬が登場したが、これらの薬剤の中から最も効果的な治療薬を選択するために、ADのいくつかの主要指標に関するネットワークメタ解析(NMA)*1を行なった。
  • その結果、GV-971*2、Lecanemab(レカネマブ)*2、Donanemab(ドナネマブ)*2、マサピルジン*2など特定の薬剤に認知機能改善効果が認められた。これらの結果は、ADの新規治療薬の開発に役立つ可能性がある。
図1.

ADの治療においては、レカネマブやドナネマブなどの抗アミロイドβ(Aβ)モノクローナル抗体による免疫療法が臨床治験第3相に成功して、多くの国で承認されましたが、その他にも、多くのAD治療薬が登場しました。中でも、中国で開発された海産褐藻由来の酸性直鎖オリゴ糖の経口投与混合品であるGV-971が第3相治験を終了し、正式に認可されました。また、セロトニン-6受容体拮抗薬であるマサピルジンが、AD患者における撹拌や攻撃などの精神症状の管理に特化した新規治療選択肢として注目されています。抗Aβモノクローナル抗体による免疫療法の治療効率はあまり高くないこと、また、ARIA*3などの所見から、副作用が懸念されていることを考慮すれば、現時点で利用できる薬剤の中から最も効果的なものを選択する必要があります。このような状況で、中国・陝西省、西安(長安)交通大学のWeili Cao博士らは、新規AD治療薬の有効性を比較し、それらの薬剤をランク付けするために、ADのいくつかの主要指標に関する、NMAを行いました。従来のメタアナリシスは2者の直接比較に限定されていたのに対して、NMAは3者以上の直接、及び、間接比較に適しています(図1)。これらの結果は、新規治療薬の開発に役立つ可能性が想定され、最近のNeuroscience 誌に掲載されましたので(文献1)、今回は、この論文を紹介いたします。


文献1.
Comparison of the efficacy of updated drugs for the treatment on the improvement of cognitive function in patients with Alzheimer 's disease: A systematic review and network meta-analysis., Weili Cao et al, Neuroscience 2025 Jan 26;565;29-39.


【背景・目的】

最近、新たなAD治療薬がいくつか登場し、認知機能や臨床症状を改善する効果があることが臨床試験において示されている。これらの薬剤の中から最も効果的な治療薬を選択することが重要であるが、現状では、何も定まっていない。本プロジェクトにおいては、この問題に対して一定の結論を出すことを研究目的とした。

【方法】

  • 複数の新規AD治療薬の有効性を比較し、それらの薬剤をランク付けするために、各種データベース(PubMed、Web of Science、Cochrane Library、ClinicalTrials.gov)より、2020〜24年に公表されたランダム化比較試験*4をシステマティックに検索し、NMAを実施した。
  • AD評価尺度の認知サブスケール(ADAS-cog)*5、臨床認知症評価尺度(CDR-SB)*5、認知症患者における日常生活動作評価尺度(ADCS-ADL)*5などいくつかの主要指標について比較解析した。

【結果】

  • ADAS-cogの改善において、プラセボよりも有効であった薬剤は、次のとおりであった。
    • 「GV-971」 MD(mean deviation:平均偏差):−2.36、95%CI(信頼区間):−5.08〜0.35
    • 「レカネマブ」MD:−2.00、95%CI:−5.25〜1.26
    • 「ドナネマブ」MD:−1.45、95%CI:−4.70〜1.81
    • 「マサピルジン」MD:−0.83、95%CI:−3.49〜1.84
  • CDR-SBにおいては、レカネマブがより有効であった(MD:−3.11、95%CI:−5.23〜−0.99)。
  • ADCS-ADLにおいて、ドナネマブはプラセボと比較し、より有効であった(MD:−3.26、95%CI:1.48〜5.05)。
  • SUCRA値*6の比較では、GV-971は、ADAS-cog(76.1%)および BPSD評価尺度NPI*7(68.7%)において優れた治療効果が認められ、レカネマブは、他の薬剤よりもCDR-SBスコアの改善に有効であった(98.1%)。
  • ドナネマブは、ADCS-ADLスコアの低下に対し最も有望な薬剤である可能性が示唆された(99.8%)。
  • ミニメンタルステート検査(MMSE)*5に対するマサピルジンの有効性は、他の薬剤よりも有意に良好であった(80.7%)。

【結論】

レカネマブ、および、ドナネマブは、ADCS-ADLおよびCDR-SBにおいて優れた有効性が確認された。また、GV-971は、ADAS-cogおよびNPIの改善に最適な選択肢であると示唆された。さらに、マサピルジンは、MMSE検査の改善に有効であった。

用語の解説

*1.ネットワークメタ解析(Network meta-analysis: NMA)
近年、NMAを用いた研究論文の発表数が急速に増加している。従来のメタアナリシスは2者の比較に限定されていたのに対して、NMAは3者以上の比較を行うことができる。治療Aと治療Bを直接比較した臨床試験の効果を統合するときに使用されるのがメタ分析である。ただし、治療Aと治療B、治療Aと治療Cの直接比較はあるが、治療Bと治療Cを比較した研究はない(もしくは少ない)状況もあり得る。その場合に、治療Aと治療B、治療Aと治療Cの直接比較の効果から、治療Bと治療Cの間接比較の効果を検討するのが、NMAである。この解析によって、新たに大きなエビデンスが生み出されるというわけではない。また、その解析の実施、結果の解釈は容易ではなく、NMAにおいては、通常のメタアナリシスで求められる前提に加えて、さらにいくつかの条件が加わってくる。しかし、新規治療薬同士の直接比較試験が行われる可能性が低いような状況などでは、NMAは、強固なエビデンスではないものの、治療選択上の参考になるデータを提供してくれる有用なツールであるといえる。
*2.AD治療薬
*3.ARIA(アミロイド関連画像異常)
ARIAは、アミロイドをターゲットとする治療法の重要な有害事象であり、通常、時間の経過とともに減少する脳内の一時的な浮腫/浸出ARIA-E、および、微小出血、脳表ヘモジデリン沈着症が認められるARIA-Hがある。
*4.ランダム化比較試験(RCT:randomized controlled trial)
RCTとは、評価のバイアス(偏り)を避け、客観的に治療効果を評価することを目的とした研究試験の方法である。根拠に基づく医療において、このランダム化比較試験を複数集め解析したメタアナリシスに次ぐ、根拠の質の高い研究手法である。主に医療分野で用いられているが、経済学においても取り入れられている。無作為化比較試験 とも呼ばれている。
*5.AD評価の主要指標
  • ADAS-cog(AD評価尺度の認知サブスケール); ADの認知機能障害を評価する認知機能下位尺度(ADAS-cog)と精神状態等を評価する非認知機能下位尺度(ADAS-noncog)の2つの下位尺度から構成されている評価として1983年にMohsらによって開発されたが、ADAS-cogが独立した認知機能検査として用いられることが多い。ADAS-cogでは、単語再生、口頭言語能力、言語の聴覚的理解、自発話における喚語困難、口頭命令に従う、手指及び物品呼称、構成行為、観念運動、見当識、単語再認、テスト教示の再生能力の11項目によって認知機能を評価し、得点の範囲は0~70点である。すべて正解すると0点、すべて不正解であると70点となるため、得点が高いほど認知機能は不良なことを意味する。 ADの治験では標準的な検査法として用いられることが多いが、検査には長時間(約40分前後)を要する。
  • CDR-SB(臨床認知症評価尺度);CDRは1982年にHughesらによって報告され、国際的に広く活用されている。CDRでは検査上での認知機能のスコア化に基づく評価ではなく、趣味や社会活動、家事などの日常生活の状態から評価する。下位項目には、記憶、見当識、判断力と問題解決、地域社会活動、家庭生活および趣味・関心、介護状況の6項目が含まれる。本人への問診のほか、家族を中心とした身近な周囲の人からの情報を基に評価する。各項目について、障害なし(=0)、認知症の疑い(=0.5)、軽度(=1)、中等度(=2)、重度(=3)で判定し、それらを総合して重症度を判定する。CDR=0.5を軽度認知障害(MCI)、CDR=1以降を認知症として捉えることが多い。
  • ADCS-ADL(Alzheimerʼs disease cooperative study-activities of daily living);家族、介護者からの情報を基に評価がなされる、主に AD 患.者を対象とした治験で用いられる.認知症患者における日常生活動作評価尺度)
  • ミニメンタルステート検査(Mini Mental State Examination、MMSE);MMSEは、認知症の診断用に米国で1975年、フォルスタインらが開発した質問セットである。30点満点の11の質問からなり、見当識、記憶力、計算力、言語的能力、図形的能力などをカバーする。24点以上で正常と判断、10点未満では高度な知能低下、20点未満では中等度の知能低下と診断する。
*6.SUCRA(Surface under the cumulative ranking)
SUCRAはNMAの結果について治療効果の順位を表す一つの指標である。累積順位曲線下面積という意味になる。それぞれの治療について累積順位確率を縦軸に順位を横軸にして描かれる曲線下の面積になるということである。詳しくは、成書をご覧ください。
*6.BPSD評価尺度NPI
認知症の行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia; BPSD)の重症度と負担度を 0~5 点の 6 段階で評価する(点数が高いほど重度)。過活動(13 項目)、低活動(6 項目)、生活関連(6 項目)などカテゴリーごとに合計点を算出できる。NPI (Neuropsychiatric Inventory)とは、認知症患者の BPSD の頻度と重症度および介護者の負担度を数量化することができる神経心理検査である。

文献1
Comparison of the efficacy of updated drugs for the treatment on the improvement of cognitive function in patients with Alzheimer 's disease: A systematic review and network meta-analysis., Weili Cao et al, Neuroscience 2025 Jan 26;565;29-39.