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2025/1/21

肝硬変に伴うサルコペニアに対する分岐鎖アミノ酸の治療効果

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 肝硬変に伴うサルコペニア*1 に対して、分岐鎖アミノ酸(BCAA)*2に治療効果があるかどうかを知るため、5つのランダム化比較試験(RCT)*3、434人の肝硬変の患者さんからなる系統的(システマティック)レビュー・メタ解析*4 を行なった。
  • BCAAは肝臓フレイル・インデックス*5 を減少させ、BMI、QOLを増加させたことから、肝硬変を改善すると考えられたが、握力、MELDスコア*6、骨格筋インデックス、及び、歩行スピードの結果からサルコペニアに対する効果はないと判断された。
図1.

バリン、ロイシン、およびイソロイシンなどのBCAAは筋肉中に最も多く存在する必須アミノ酸です(筋肉中のタンパク質構成アミノ酸の35%はBCAAと言われています)。筋肉は、運動中に分解が高まりますが、BCAAを摂取すると、運動後の筋肉の分解が抑えられ筋肉のたんぱく質を作る量を増やす、すなわち、タンパク質同化作用が強くなります。したがって、サルコペニアに対する治療に用いられる可能性が考えられて来ました。また、BCAAは肝臓のエネルギー源になりやすいアミノ酸です。BCAAを多く摂取しアミノ酸バランスを整え、肝臓のエネルギー不足を補うと、肝臓でアルブミンが多く作られるようになって肝硬変の予後を改善することが知られています。サルコペニアは、高年齢、活動性の低下、低栄養から、疾病が関与する臓器不全によるものまで多くの要因で引き起こされますが(図1)、肝硬変には、高率にサルコペニアが伴うことが知られていますので、肝硬変に伴うサルコペニアに対して、BCAAに治療効果があるかどうかというのは興味深い問題です。このような状況で、米国・ベイラー医科大学のFouad Jaber博士らのグループは、肝硬変に伴うサルコペニアに対して、BCAAに治療効果があるかどうかを知るため、系統的(システマティック)レビュー・メタ解析を行ないました。その結果、BCAAは肝硬変を改善するものの、肝硬変に伴うサルコペニアに対しては有意な効果が認められませんでした。これらの結果は、残念ながらnegativeな結果ですが、今後の研究に役立つものと思われます。最近、Journal of Clinical and Experimental Hepatologyに掲載されましたので(文献1)、それを紹介いたします。


文献1.
Branched-Chain Amino Acid Supplements for Sarcopenia in Liver Cirrhosis: A Systematic Review and Meta-analysis, Mohamed Abuelazm et al, Journal of Clinical and Experimental Hepatology Volume 15, Issue 1, January–February 2025, 102417


【背景・目的】

肝硬変には、高率にサルコペニアが伴うことが知られており、治療法を確立することが必要である。BCAAは筋肉における蛋白質同化作用を持ち、また、肝硬変の改善効果があることが知られている。したがって、BCAAによる肝硬変に伴うサルコペニアの改善効果の有無を理解するのが本プロジェクトの目的である。

【方法】

この目的のため、「肝硬変に伴うサルコペニアに対するBCAAの効果」に関するRCTについてPubMed, Embase, Cochrane, Scopus, Web of Science (〜2024年4月)を対象にした系統的レビュー・メタ解析を行った(PROSPERO ID: CRD42024542761として登録)

【結果】

  • 全部で5つのRCTs、434人の患者さんが含まれた。
  • BCAAは、肝臓フレイル・インデックスを有意に減少させた(P = 0.03)。
  • しかしながら、握力 (インデックス) に関しては、効果がなかった (P = 0.18)。
  • さらに、BCAAは、BMI (body mass index)、QOL (インデックス)をいずれも有意に増加させた(それぞれ、P = 0.02、P = 0.03)。
  • しかしながら、MELDスコア、骨格筋インデックス、歩行スピードインデックスに関しては、効果がなかった(それぞれ、P = 0.49、P = 0.35、P = 0.43)。

【結論】

以上、BCAAは肝臓フレイル・インデックスを減少させ、BMI、QOLを増加させたことから、肝硬変を改善すると思われたが、握力、MELDスコア、骨格筋インデックス、歩行スピードの結果からサルコペニアに対する効果はないと判断された。しかしながら、それぞれのRCTの異質性を考慮すれば、更なる研究が必要である。

用語の解説

*1.サルコペニア
サルコペニアのメカニズムを解明?〈2023/12/19掲載〉)参照。
肝疾患に伴う低栄養状態や代謝異常がサルコペニアを誘発するため,肝疾患は二次性サルコペニアの原因となる代表格である。
*2.分岐鎖アミノ酸(BCAA; Branched Chain Amino Acid)
BCAAとは、骨格が一部分岐した分子構造をもつアミノ酸のことで、バリン、ロイシン、イソロイシンの3つのアミノ酸がそれにあたる。 これらのアミノ酸は体内で作り出すことができない必須アミノ酸であるため、食べ物から摂取することが必要である。
*3.ランダム化比較試験(RCT;Randomized Controlled Trial)
共変量 (共変量とも呼ばれる) は、研究対象の結果の予測に役立つ可能性のある変数である。統計モデリングでは、共変量は、独立変数と従属変数の関係に影響を及ぼす可能性のある交絡因子を制御するために使用される。
*4.系統的(システマティック)レビュー・メタ解析
統合失調症の記憶障害と認知症の関係〈2024/7/30掲載〉)参照。
*5.フレイル インデックス(Frailty Index)
能力障害、疾病、症候の数を単純に加算し、フレイルの有無(あるか無しかの二分割)ではなく、0-1の数字として連続的にフレイルを評価した指標のこと。
*6.MELDスコア(Model for End-stage Liver Disease)
血液生化学的検査データ(血液ビリルビン濃度、プロトロンビン時間、血清クレアチニン濃度)と透析治療の有無を用いたスコアリングシステムである。主に12歳以上の肝硬変、肝移植登録者における肝予備能の診断・予後の予測に有用である

文献1
Branched-Chain Amino Acid Supplements for Sarcopenia in Liver Cirrhosis: A Systematic Review and Meta-analysis, Mohamed Abuelazm et al, Journal of Clinical and Experimental Hepatology Volume 15, Issue 1, January–February 2025, 102417