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2025/2/5

L-アルギニンによる脊髄小脳変性症6型の治療効果の検討

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 最近、著者らは、L-アルギニンが、ポリグルタミンの凝集を抑制し、ポリグルタミン病の動物モデルにおいて治療効果があることを報告した(Minakawa EN et al. Brain 2020)。
  • 本論文では、L-アルギニン内服による脊髄小脳変性症6型(SCA6)*1の治療効果を検討する目的で第2相臨床試験*2を行った。
  • その結果、L-アルギニンを運動失調に対する弱い治療効果を認めたが、統計学的に有意差は無かった(p=0.0582)。今後、第3相臨床試験*2が行われ、より大規模な人数での治療効果が証明されることが期待される。
図1.

ハンチントン病や脊髄小脳失調症*1 の多くの神経変性疾患は、グルタミンをコードするCAG塩基配列の繰り返しが、それぞれの疾患の原因遺伝子で異常に伸長することにより、ポリグルタミンを含む原因遺伝子産物が不溶性の線維構造を形成し、これらの線維が神経細胞に蓄積し、神経毒性を持つことにより発症します。このように、アルツハイマー病やパーキンソン病など他の神経変性疾患のメカニズムと本質的に同様のメカニズムであり、ポリグルタミンタンパクの異常凝集、特にβシート構造変移を抑制することが治療に有効と考えられています。最近、新潟大学脳研の小野寺理博士や近畿大学の永井義隆博士らの研究グループは、アミノ酸の一種であるL-アルギニンが、分子シャペロン*3として機能し、ポリグルタミンの凝集を抑制することを見出し、さらに、ポリグルタミン病の動物モデルで治療効果があることを報告していました(Minakawa EN et al. Brain 2020)(図1)。L-アルギニンは、すでに、サプリメントとして使われており、過剰摂取しない限り、リスクは無いだろうと思われるため、第1相臨床試験*2を省略することができます。今回、同グループは、脊髄小脳失調症6型(SCA6)*1に対する安全性・有効性を検討しました(図1)。その結果、運動失調に対する弱い治療効果を認めましたが(有意差なし、p=0.0582)、今後、より大人数での第3相臨床試験が行われ、統計学的な治療効果が証明されることが期待されます。これらの結果は、最近のeClinicalMedicine (Lancet)誌に発表されましたのでこの論文(文献1)を紹介いたします。


文献1.
L-arginine in patients with spinocerebellar ataxia type 6: a multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 2 trial., Tomohiko Ishihara et al, eClinicalMedicine Volume 78, December 2024, 102952


【背景・目的】

最近、我々は、L-アルギニンが、分子シャペロン効果を持ち、ポリグルタミンの凝集を抑制することを見出し、これに関連して、L-アルギニンが、ポリグルタミン病の動物モデルにおいて治療効果があることを報告した(Minakawa EN et al. Brain 2020)。したがって、これらの知見が、ヒトポリグルタミン病の治療に適用できるかどうか検討するのが本プロジェクトの目的である。

【方法】

  • この目的のため、SCA6患者さんに対するL-アルギニンの安全性、有効性を検討した第2相臨床試験(ID: AJA030-002,登録番号:jRCT2031200135)を行った。
  • L-arginine (または、placebo) 0.50g/kg/dayを 48週内服し、SARAスコア*4、CGI-S*5の変化などで評価した。

【結果】

  • このパイロット試験では、全部で40人の患者さんのうち、L-arginineを内服したグループ18人、placeboのグループ19人が第2相臨床試験の全日程を終了した。
  • L-arginineを内服したグループの平均服薬アドヒアランス*6の割合は、97.2%と高率であった。
  • 48週後の評価(プライマリーエンドポイント*7)では、L-arginineを内服したグループは、placeboグループに較べて、SARAスコアは改善傾向があったが、統計的な有意差は無かった; −1.52 (95% CI: −3.10 to 0.06, P = 0.0582)。
  • 同様に、セカンダリーエンドポイント*7(4, 8, 16, 24, 32, 40. 52週)では、L-arginineグループは、placeboグループに較べて、SARAスコアは改善傾向があったが有意差は無かった。
  • L-arginineグループに2つの重篤な副作用;肺炎と肝機能障害が起きて入院を必要とした(前者は死亡、後者は回復)。

【結論】

我々の研究は、SCA6の患者さんにおいて、L-arginineはSARAスコアを改善させる傾向を示した。SCA6の患者さんに対する第3相臨床試験において、L-arginineの48週の治療効果を解析することが可能であると思われるが、統計的検出力とサンプル数を注意深く考慮することが必要である。

用語の解説

*1.脊髄小脳変性症
脊髄小脳変性症は、遺伝性のものと、孤発性のもの、その他の原因によるものの3つに分類され、約7割が孤発性だといわれている。いずれの場合にも、歩行や日常生活動作などが困難となる運動失調症状が現れ、徐々に進行する。脊髄小脳変性症6型(Spinocerebellar ataxia type 6、SCA6)とは第19染色体短椀に位置する電位依存性Caチャネルα1Aサブユニット遺伝子(CACNA1A)のCAGリピート伸長により発症する常染色体優性遺伝性の脊髄小脳変性症である。
*2.第1〜3相臨床試験
2025年にインパクトを与えると予想される臨床試験〈2025/1/16掲載〉)参照。
*3.分子シャペロン(Molecular chaperone)
さまざまな物質で混み合った細胞内で、フォールディング途上の不安定な中間体や熱で変性したタンパク質が凝集にならないようフォールディングを助けているタンパク質が存在する。これが分子シャペロンである。
*4.SARA(Scale for the assessment and rating of ataxia)
運動失調症の評価のための尺度SARAは、重症度を評価するための短い標準化された神経学的検査である。SARAは広く検証され、運動失調症の患者の臨床検査における標準評価である。最大40 点の評価 で、8 つのアイテムで構成されており、点数が高いほど失調症状が重症であることを意味する。
*5.CGI-S(Clinical Global Impression–Severity)
CGI-Sは、米国国立精神衛生研究所(National Institute of Mental Health;NIMH)が1976年に発表した、精神疾患を有する患者の重症度を全般的印象で評価・数値化する評価尺度である。
*6.服薬アドヒアランス
患者さんが医療者の方針と一致した服薬行動をとることを服薬アドヒアランスと言い,50%以上の高齢者は指示通りに服薬できていないとされる。
*7.エンドポイント(評価項目)
複数のエンドポイントを評価する場合には、プライマリーエンドポイント(主要評価項目)とセカンダリーエンドポイント(副次的評価項目)が設定される。プライマリーエンドポイントとは臨床試験において目的とする評価項目であり、薬理学的、臨床的に意味のある客観的評価可能な項目が用いられる。セカンダリーエンドポイントは、治験の主要な評価項目以外の効果を評価するための項目であり、必ずしもプライマリーエンドポイント(主要評価項目)との関連性があるとは限らない。

文献1
L-arginine in patients with spinocerebellar ataxia type 6: a multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 2 trial., Tomohiko Ishihara et al, eClinicalMedicine Volume 78, December 2024, 102952