以前に、ロンドンのタクシーの運転手はADになりにくいことが、Nature誌のニュースになりました。ロンドンでタクシー運転手の免許を取得するためには「Knowledge of London」と呼ばれる試験に合格しなければいけないのですが、ロンドン中心部の25,000もの道路に加え、建物・公園などの施設を完全に暗記し、何段階にも及ぶ筆記・口頭・実技試験をクリアする必要があり、合格するためには、通常4年間の勉強を要し、専門の予備校もあるそうです。これに関連して、中年期以降も学習することがADの予防に有効である可能性が論じられました(図1)。実際、ロンドンのタクシー運転手の脳を調べたところ(n=16)、一般の人と比べて海馬*4の体積が大きく、また、タクシー運転手の経験が長いほどその体積は増加することが報告されています。海馬は、空間認識に関わる情報の処理に重要であり、海馬で処理された情報は他の脳領域へと伝達され活用されることで脳機能を支えると考えられています。従って、ロンドンのタクシー運転手においては、難しい試験をクリアするための学習に加えて、仕事柄、空間処理とナビゲーション処理を頻繁に行う事により海馬を鍛えることが、ADの予防に役立っているのではないかと推定されます(図1)。このようなシナリオを確定するためには、大規模な症例数を解析することが必要です。米国・ハーバード大医学部・ブリガム&ウィメンズ病院のVishal R. Patel博士らは、NVSSの分析による住民ベースの横断的研究を行ったところ、興味深いことに、タクシーと救急車の運転手は、他の職業に比べてADによる死亡率が有意に低いことを見出しました。その結果は、British Medical Journal(BMJ)誌2024年12月クリスマス特集号「Death is Just Around the Corner」に掲載されましたので、今回はこの論文(文献1)について報告いたします。ADの早期予防治療の重要性を考慮すれば、本論文の結果は有益であると思われます。
文献1.
Alzheimer's disease mortality among taxi and ambulance drivers: population based cross sectional study., Vishal R Patel et al, BMJ 2024 Dec 17; 387; e082194. pii: e082194.
ロンドンのタクシーの運転手はADになりにくいことが知られているが、そのメカニズムは不明である。本研究の目的はこれを明らかにすることであり、ADの予防法・治療法開発に繋がる可能性がある。
大規模な症例数を解析するために、NVSSから2020年1月1日~2022年12月31日のデータ(死亡時年齢18歳以上)を入手・分析した。職業欄は、以前は記述式だったが2020年にコード化され、2020~22年には米国人口の約98%をカバーしていた。データは死亡証明書に基づくもので、ICD-10*5に基づく死因、死亡時年齢、人種、民族、学歴などのほか、職業に関するデータが含まれていた。
以上の結果は、タクシーや救急車の運転手が行っているナビゲーション処理タスクや空間処理タスクが、ADに対する保護効果に関与する可能性を示唆していると思われる。