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世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


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2025/2/27

スタチン使用による認知症の予防効果?

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 高脂血症の治療薬であるスタチン*1の使用により、神経変性疾患のリスクが抑制される可能性が言われているが、決定的ではない。本研究は、これを明らかにするためにシステマティックレビュー:メタ解析*2を行った。
  • その結果、スタチンは、すべての原因による認知症、アルツハイマー病、血管性認知症のいずれの場合においても、それらのリスクを低下させることが示唆された。
  • さらなる研究が必要であるが、スタチンは認知症や関連疾患の予防治療に有効かも知れない。
図1.

高脂血症の治療薬として開発されたスタチンは、心筋梗塞・脳梗塞の予防や、動脈硬化病変への治療効果を有し、さらに、免疫抑制(調整)作用により、自己免疫性疾患に対する治療効果を有することが知られていますが、その一方で、スタチンの使用は、横紋筋融解症や重症筋無力症などのミオパチーを誘発し、また、インスリン抵抗性の上昇、およびHbA1cの上昇、すなわち、II型糖尿病のリスクを上げる副作用があることが報告されています(図1)。神経系に関しては、スタチンの神経保護作用が示されていますが、認知症などの神経変性疾患に対するスタチンの影響については、相反する結果が報告されており、これまで、議論の対象となってきました。現時点で、決定的なエビデンスは存在しません。このような状況で、ブラジル・アマゾナス連邦大学のFernando Luiz Westphal Filho博士らは、スタチンと認知症との関連を明らかにするため、システマティックレビュー:メタ解析を行ったところ、スタチンの認知症に対する予防効果を示唆するような結果が得られました。近年の神経変性疾患の治療研究は、病初期の治療介入の有効性を支持しており、主として、核酸(アンチセンス)やモノクローナル抗体による早期治療が推進されていますが、これらの治療法は、医療費が高額にならざるを得ないのが難点です。これに対して、スタチンのような化合物は比較的安価に供給でき、大幅なコスト削減につながると予想されるので、認知症などのように患者数の多い疾患の治療には理想的であると思われます。しかしながら、スタチンは多彩で複雑な機序を持ち、しかも、サブタイプにより異なることなどを考慮すれば、今後、更なる研究が必要です。今回の結果は、Alzheimer's & dementiaに掲載されましたので(文献1)、それを紹介いたします。


文献1.
Statin use and dementia risk: A systematic review and updated meta-analysis., Fernando Luiz Westphal Filho et al, Alzheimer's & dementia 2025 11(1); e70039. pii: e70039.


【背景・目的】

スタチンが認知症などの神経変性疾患に与える影響については、相反する結果が報告されており、これまで、議論の対象となってきた。現時点で、決定的なエビデンスは存在しない状況である。この問題に関する理解を進めるのが本プロジェクトの目的である。

【方法】

PRISMA*3ガイドラインに基づきシステマティックレビューおよびメタ解析を実施した。関連する研究を、PubMed、Embase、Cochraneより検索した。性別、スタチンの種類、糖尿病の有無によるサブグループ解析を実施し、認知症、アルツハイマー病、脳血管認知症のリスクを評価した。

【結果】

  • 全部で55件の研究、700万例超の観察研究をメタ解析に含めた。
  • スタチン使用は、非使用と比較し、認知症リスクが有意に低かった(ハザード比 [HR] *4:0.86、95%信頼区間[CI]:0.82〜0.91、p<0.001)。
  • スタチン使用により、アルツハイマー病(HR:0.82、95%CI:0.74〜0.90、p<0.001)および脳血管認知症(HR:0.89、95%CI:0.77〜1.02、p=0.093)のリスク低下も認められた。
  • サブグループの解析では、II型糖尿病患者、3年以上スタチンを使用している患者、最大の保護作用が認められたアジア人の集団において、認知症リスクが有意に低下していることが明らかとなった。II型糖尿病患者 HR:0.87、95%CI:0.85〜0.89、p<0.001、3年以上スタチンを使用している患者 HR:0.37、95%CI:0.30〜0.46、p<0.001、最大の保護作用が認められたアジア人の集団 HR:0.84、95%CI:0.80〜0.88。
  • すべての原因による認知症に対し最も顕著な予防作用を示したスタチンは、ロスバスタチン*5(HR:0.72、95%CI:0.60〜0.88)であった。

【結論】

認知症予防に対するスタチンの神経保護作用の可能性が示唆された。観察研究の限界はあるものの、大規模データセットおよび詳細なサブグループ解析により、結果の信頼性は高まったと言える。これらの結果を確認し、臨床ガイドラインを啓発するためにも、今後のランダム化臨床試験*6が求められる。

用語の解説

*1.スタチン (Statin)
スタチン、またはHMG-CoA還元酵素阻害薬は、HMG-CoA還元酵素の働きを阻害することによって、ヒトの血液中のコレステロール値を低下させる薬物の総称である。1973年に日本の遠藤章博士(1933 - 2024年)らによって最初のスタチンであるメバスタチン(コンパクチン)が発見されて以来、様々な種類のスタチンが開発され、高コレステロール血症の治療薬として世界各国で使用されている。世界全体での合計販売額は2003年から2011年で年間200億円を超える。近年の大規模臨床試験により、スタチンは高脂血症患者での心筋梗塞や脳血管障害の発症リスクを低下させる効果があることが明らかにされている。 遠藤博士は、この功績により、2008年米国最高の医学賞であるラスカー賞を、2017年にはカナダの国際的な賞「ガードナー国際賞」を受賞するなど、国際的にも高く評価された。
*2.システマティックレビュー・メタ解析
統合失調症の記憶障害と認知症の関係〈2024/7/30掲載〉)参照。
*3.PRISMA (Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses)
PRISMAは、主に医療介入の有益性と有害性を評価するために使用される広範なシステマティックレビューとメタアナリシスを著者が報告する際に役立つことを目的とした、エビデンスに基づく最小限の項目セットであり、著者がこうした研究を透明かつ完全に報告するための方法に焦点を当てている。
*4.ハザード比(Hazard ratio、HR)
HRは生存分析では、2つのレベルの説明変数によって記述された条件に対応するハザード率の比である。たとえば、医薬品の研究においては、治療群の単位時間当たりの死亡率は、対照群の死亡率の2倍になる可能性がある。このときハザード比は2となり、治療による死亡のハザード(危険)が高いことを示す。ハザード比が相対リスクやオッズ比と異なるのは、相対リスクやオッズ比が定義されたエンドポイント(疾患の発生を示す評価指標)を用いた研究全体の累積値であるのに対し、ハザード比は研究期間またはその一部分における瞬間的なリスクを表すことである。ハザード比は、選択されたエンドポイントに関する選択バイアスの影響を受けにくく、エンドポイント以前に発生するリスク(危険度)を示すことができる。
*5.ロスバスタチン(Rosuvastatin)
ロスバスタチンは、塩野義製薬が創成した医薬品である。脂質異常症家族性高コレステロール血症の治療薬で、日本ではアストラゼネカとの併売、他国ではアストラゼネカが販売している。商品名は、クレストール。
*6.ランダム化臨床試験
ランダム化試験とは、被験者を二群に分ける際、性別・年齢・症状の程度などを均等に分ける試験で、治験効果が高そうな被験者を恣意的に特定の治験群に割り付けることを防ぐために開発された試験方法である。

文献1
Statin use and dementia risk: A systematic review and updated meta-analysis., Fernando Luiz Westphal Filho et al, Alzheimer's & dementia 2025 11(1); e70039. pii: e70039.