新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2025/2/14

アルツハイマー病と自閉スペクトラム症の病態メカニズムの共通性

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 自閉スペクトラム症(ASD)は、高齢期になると認知障害、運動障害が、顕著になることが多く、アルツハイマー病(AD)やパーキンソン病(PD)などの神経変性疾患とも重複する可能性が言われているが、これまで、大規模な症例数を扱った報告はない。
  • 本論文では、メディケア*1、及び、メディケイド*2の記録を後ろ向きに解析したコホート研究を行った結果、ASDはADのリスクを有意に高めることを観察した。
  • ASDとAD、統合失調症(SCZ)などの病態メカニズムの共通性から、それに基づいた診断マーカーや新規治療薬の開発に役立つ可能性がある。
図1.

以前に、ASDとSCZの病態が重複することを網羅的に解析した論文を取り扱いましたが(自閉スペクトラム症と統合失調症のオーバーラップについての分子生物的解析〈2024/12/26掲載〉)、興味深いことに、ASDは高齢期になると認知障害、運動障害が、顕著になることが多く、ADやPDなどの神経変性疾患とも重複する可能性が言われていました。しかしながら、これまでの報告では症例数が少ないこともあり、断定的な結論には至っていません。このような状況で、米国・ペンシルバニア州フィラデルフィアにありますドレクセル大学のGiacomo Vivanti博士らは、米国の2大保険医療システムであるメディケア、及び、メディケイド加入者のデータを解析することにより、国家的大規模での後ろ向きコホート研究を行ない、その結果、ASDとADの間の相関性を確認しました。したがって、ASD、SCZ やADのメカニズムは共通しており、将来的には、その知見に基づいた診断マーカーや新規治療薬の開発に役立つ可能性があると期待されます(図1)。また、SCZは高齢期になると認知障害を呈することから、SCZとADの重複の可能性は以前より議論されていましたが、最近のメタ解析は、SCZとADのアミロイド病理を介した相関関係には否定的でした(統合失調症の記憶障害と認知症の関係〈2024/7/30掲載〉)。しかしながら、アミロイドβの蓄積とは異なるメカニズムが介在する可能性について再考の余地がありそうです。これらの結果は、最近のJAMA Netw Openに掲載されましたので、今回はその論文(文献1)を紹介いたします。


文献1.
Prevalence of Dementia Among US Adults With Autism Spectrum Disorder., Giacomo_Vivanti et al, JAMA Netw Open. 2025;8(1):e2453691.


【背景・目的】

ASDはADやPDなどの神経変性疾患の病態と重複する可能性が言われてきたが、これまでの報告では症例数が少ないので、断定的な結論には至っていない。本プロジェクトでは、大規模の症例数を用いたコホート研究を行ない、この問題の結論を得ることを研究の目的にした。

【方法】

  • STROBE声明*3 に従って、後ろ向き疫学的コホート研究を行った。すなわち、2014年1月から2016年12月にメディケア、及び、メディケイドの加入者(30歳以上)のデータを解析した。
  • ASDの診断は、ICD-10(疾病および関連保健問題の国際統計分類)*4 に従って行ない、ASDだけの症状を呈した者(46877人)、ASDに知的障害を伴った者(67705人)の2 群に分類した。

【結果】

  • 全部で114,582人のASDの診断を受けていた加入者のうち、半数以上 (63,194人 [55.2%]) が40歳以上、80,104人 (69.9%) が男性、18,627人 (16.3%) が黒人、8,048人 (7.02%) がヒスパニック、80,680人 (70.4%) が白人であった。
  • 認知症の診断は、ASDだけのグループで(8.03%)、ASDに知的障害を伴ったグループで(8.88%)であった。
  • ASDにおける認知症は、心血管系疾患、鬱病などの精神疾患、64歳以上の高齢において増加した。

【結論】

  • メディケア、及び、メディケイドの記録を解析した大規模な後ろ向き疫学的コホート研究を行った結果、ASDはADのリスクを高めることを観察した。我々の研究は、両疾患の相関性を示唆する以前の見解を支持する。
  • 我々の結果は仮説生成データであり、特に、社会的、教育的な環境要因の影響、生物的なメカニズムに関して更なる研究が必要である。

用語の解説

*1.メディケア(Medicare) https://www.medicare.gov/publications/11306-J-Medicare-Medicaid.pdf
アメリカ連邦政府による 65歳以上の老人に対する医療保険制度の通称。強制の入院医療保険と任意制の補足的医療保険から成り、1965年の社会保障法改正により、低所得者に対する医療保障であるメディケイドとともに創設された。
*2.メディケイド(Medicaid)
アメリカ合衆国連邦政府が州政府と共同で行っている医療扶助事業である。連邦政府が運営する医療保険であるメディケアと共に、1965年に創設された。日本のような皆保険制度がないアメリカ合衆国の医療を利用するために、個人は、雇用主を通じ、あるいは自ら直接私的な医療保険を購入し加入している。メディケイドは、この私的な医療保険に加入することが難しい低所得者など(補足的所得保障の受給者である障害のある人、妊婦なども含む)を対象とした政府による医療給付制度である。
*3.STROBE声明(The Strengthening the Reporting of Observational Studies in. Epidemiology;観察的疫学研究報告の質改善)
生物医学研究の多くは、観察研究である。観察研究の報告は、往々にして不十分なものであり、研究の強さと弱さおよび一般化可能性の評価を妨げている。STROBEイニシアチブは、観察研究の正確かつ完全なる報告に含まれるべき事項に関する推奨を開発した。
*4.ICD (International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)
ICDとは、疾病および関連保健問題の国際統計分類であり、ICD-10は、1990年の第43回世界保健総会において採択された第10回目の修正版のことである。

文献1
Prevalence of Dementia Among US Adults With Autism Spectrum Disorder., Giacomo_Vivanti et al, JAMA Netw Open. 2025;8(1):e2453691.