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2025/3/4

エキセナチドのパーキンソン病治療効果は確認されず;第3相臨床試験

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • パーキンソン病(PD)の第2相試験において、グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬*1の一種であるエキセナチド*2は、MDS-UPDRS part III *3による評価で有意な運動機能の改善効果を示したことから、GLP-1にPDの進行を抑制する効果があることが期待されていた。
  • 今回は、第3相臨床試験を英国6研究施設において行なった;PD患者投与群(97人)に対し、エキセナチド2mg/週を投与、PD患者非投与群(97人)に対し、プラセボを投与し、96週間後にMDS-UPDRS Ⅲなどで評価した。
  • 残念ながら、エキセナチドによるPDの進行抑制効果を裏付ける結果は得られなかった。
図1.

PDは、アルツハイマー病(AD)についで頻度の高い神経変性疾患であり、高齢化*4とともに増加の一途を辿っており、現在、日本には約30万人の患者さんがおられます。PDの治療は、レボドパ(脳内でドーパミンに変換される)の経口投与が主流ですが、刺激発生装置や持続注入ポンプなどの機器を用いるデバイス補助療法、脳深部刺激療法(DBS)*5、デュオドーパ配合経腸用液療法*6などの外科手術が行われます(図1)。これらの対症療法によってある程度、症状の改善が期待できますが、やはり、最終的には、疾患修飾薬*7 を開発して根治療法を確立する必要があります(図1)。これに関連して、ADに続いて、抗アミロイド免疫療法、すなわち、抗a-シヌクレイン(aS)モノクローナル抗体を用いた免疫療法が精力的に行われましたが、現時点において成功していません(モノクローナル抗体Prasinezumabを用いたパーキンソン病の免疫療法〈2024/8/20掲載〉)。他方、英国の疫学研究では GLP-1 受容体作動薬を内服している糖尿病患者では新規のPD発症率が低下したこと、GLP-1 受容体作動薬の関連薬が、糖尿病や肥満症に対する有効性が示されていること、さらに、PDの第2相試験でGLP-1受容体作動薬エキセナチドの有意なMDS-UPDRS part IIIの改善効果が示されたことから、GLP-1受容体作動薬がPDの進行を遅らせる可能性について期待されていました。しかしながら、今回のGLP-1受容体作動薬の一種であるエキセナチドに関する第3相臨床試験で、同薬がPDに対する疾患修飾効果を持つことを裏付けるエビデンスは確認できなかったことが報告されました。英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のThomas Foltynie博士らによるこの研究結果は、最近、Lancetに2月4日掲載されましたので(文献1)報告いたします。今回の臨床試験の失敗により、PDの疾患修飾薬に関する研究は、白紙に戻った状況であり、新しい治療法の確立が切望されます。


文献1.
Exenatide once a week versus placebo as a potential disease-modifying treatment for people with Parkinson's disease in the UK: a phase 3, multicentre, double-blind, parallel-group, randomised, placebo-controlled trial, Nirosen Vijiaratnam et al, The Lancet Volume 405, Issue 10479p627-636February 22, 2025


【背景・目的】

PDにおける第1~2相臨床試験において、GLP-1受容体作動薬エキセナチドが、毒性を呈することなく、MDS-UPDRS Ⅲを有意に改善することが、少数の症例で示された。したがって、第3相臨床試験において、エキセナチドがPDに対する疾患修飾効果を持つことを証明するのが、研究目的である。

【方法】

  • この臨床試験は、英国の6カ所の研究病院で、試験登録前にドパミン作動薬による治療を4週間以上受けていた25〜80歳のPD患者194人(平均年齢60.7歳、男性71%)を対象に実施された。
  • 対象者は、96週間にわたり徐放性注射剤のエキセナチド2mgを1週間に1回投与する群と、プラセボを投与する群に97人ずつランダムに割り付けられた。
  • 主要評価項目は、96週間後にドパミン作動薬を服用していない状態のときにMDS-UPDRS Ⅲで評価した運動機能のスコアとした。

【結果】

  • その結果、介入開始から96週間後のMDS-UPDRS Ⅲのスコアは、エキセナチド群で平均5.7点、プラセボ群で平均4.5点上昇したことが示された(このスコアの上昇は症状の悪化を意味する。)
  • 副次評価項目とした認知機能や抑うつ症状、ジスキネジア評価尺度での評価結果、生活の質(QOL)などについても両群間で有意な差は認められなかった。
  • さらに、試験開始時と96週間後にドパミントランスポーターSPECT(単一光子放射断層撮影)検査を受けた73人(エキセナチド群36人、プラセボ群37人)を対象にした解析でも、PDの病態進行の指標とされる線条体結合比*8の変化について、両群間で有意な差は認められなかった。

【結論】

GLP-1受容体作動薬が糖尿病や肥満症の治療に革命をもたらして以来、PDにおいても進行を遅らせるのではないかと期待されていた。実際、動物実験や第1~2相臨床試験においては潜在的な利点が示されていたが、今回の第3相臨床試験においては、それを裏付ける結果が得られなかった。

用語の解説

*1.GLP-1受容体作動薬(Glucagon-like peptide-1 receptor agonist)
GLP-1受容体作動薬 またはインクレチン模倣薬(Incretin mimetic)は、GLP-1受容体(GLP-1R)の作動薬である。この系統の薬剤は、2型糖尿病の治療に使用される。スルホニル尿素やグリニド等の旧来のインスリン分泌促進薬と比較すると、低血糖を引き起こすリスクが低いことが利点の1つである。GLP-1は作用時間が短いため、この制限を克服する目的で薬剤や製剤にいくつかの改良が加えられている。糖尿病は急性膵炎や膵癌と関連性があり、膵臓における増殖作用による安全性については議論がある。最近の研究ではこれらの薬剤が膵炎や癌を引き起こす可能性を見出していない場合もあるが、2017年の研究では、インクレチンは非インスリン抗糖尿病薬(NIAD)よりも不顕性膵癌の検出増加に関連していることが明らかになった。これらの薬剤はDPP-4阻害薬のようにGLP-1の分解を阻害するのではなく、GLP-1Rを活性化することにより作用し、一般により強力であると考えられている。
*2.エキセナチド(Exenatide)
エキセナチドはアメリカドクトカゲの下顎から分泌される毒液に含まれるペプチド(Exendin-4)であり、医薬品として用いられる。ヒトグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)と同様の作用を持つ。すなわち、膵臓のランゲルハンス島β細胞からの血糖依存的インスリン分泌促進、同α細胞からのグルカゴン分泌抑制、胃からの内容物排出速度の低下である。 1日2回の皮下注射が必要な製剤(バイエッタ)と、週1回の皮下注射を必要とする製剤(ビデュリオン)の2種類がある。重大な副作用として、低血糖、腎不全、急性膵炎(バイエッタ:0.7%、ビデュリオン:0.2%)、アナフィラキシー反応、血管浮腫、腸閉塞が添付文書に記載されている。効能・効果;2型糖尿病、肥満症。
*3.MDS-UPDRS part III
統一パーキンソン病評価尺度(UPDRS)は、PDの重症度や進行度を測定するために用いられる包括的なツールである。1980年代に開発され、臨床および研究の場で広く使用されている。 このスケールは3つのパートに分かれている:最新のMDS-UPDRSは4つのパートに分けられる。UPDRS Part III(運動症状の調査)のスコア範囲は 0~132で、スコアが高いほど重症度が高いことを示す。
*4.高齢化
WHO (世界保健機関)と国連の定義に基づき、65歳以上の人口(老年人口)が総人口(年齢不詳を除く)に占める割合(高齢化率)が21パーセント超の社会のこと。なお、65歳以上人口の割合が7パーセント超で「高齢化社会」、同割合が14パーセント超で「高齢社会」という。
*5.脳深部刺激療法(DBS: Deep brain stimulation)
DBSは、脳の深部に電気刺激を与え、体の動きに関わる脳内の信号を調整することで、PDや本態性振戦の症状を軽減する。 脳内に電気刺激を送るため、体内に小さな機器を埋め込む。
*6.デュオドーパ配合経腸用液療法
デュオドーパ治療とは、 チューブを使って直接小腸に切れ目なく送り届ける投与システムによる治療法である。通常、レボドパ含有製剤を含む既存の薬物療法で十分な効果が得られないPDの症状の日内変動(Wearing-off現象)の改善に用いられる。
*7.疾患修飾薬(Disease-modifying drug)
疾患修飾薬とは、疾患の原因となっている物質を標的として作用し、疾患の発症や進行を抑制する薬剤のことをいう。 しばしば症状改善薬と対比的に用いられる。 免疫に作用する薬が多くみられる関節リウマチ治療薬や、アルツハイマー病や多発性硬化症などの神経変性疾患で用いられることが多い。認知症の治療薬開発戦略は,失われた神経機能を補い認知症症状を改善させる症候改善療法,認知症の原因疾患の病理学的変化の進行を抑制する疾患修飾療法,損傷を受けた神経細胞を修復し再生を促す神経修復・再生療法の 3つに大別される。神経修復・再生療法は,疾患修飾療法のように病理学的変化の進行を抑制するものではないが、疾患修飾療法を症候改善療法に対をなす概念として捉えた場合には、広義に疾患修飾療法と称されることもある。
*8.線条体結合比 (SBR: Specific binding ratio)
投与された放射性医薬品(123I-イオフルパン)の線条体への集まり具合を数値化して評価する方法で線条体以外の部分、すなわちバックグラウンドを1とした場合の線条体の集積比を数値とする。

文献1
Exenatide once a week versus placebo as a potential disease-modifying treatment for people with Parkinson's disease in the UK: a phase 3, multicentre, double-blind, parallel-group, randomised, placebo-controlled trial, Nirosen Vijiaratnam et al, The Lancet Volume 405, Issue 10479p627-636February 22, 2025