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一般向け 研究者向け 査読前論文

2025/3/21

コケイン症候群-B蛋白質の酸化ストレスに対する役割

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • コケイン症候群(CS、Cockayne Syndrome)*1は、CS-B遺伝子の変異によるCS-Bの機能喪失によりDNA修復の異常が原因となり引き起こされる常染色体劣性遺伝の早老症*2であると考えられているが、詳細なメカニズムは不明である。
  • 患者さん由来の繊維芽細胞では、コントロールの細胞に比べて、過酸化酸素処理による酸化ストレスに対する脆弱性が亢進し、老化が亢進した。
  • したがって、CS-Bの機能喪失により酸化ストレスの処理が不完全になることが老化促進に繋がると思われた。

早老症は、老化に似た症状が実際の年齢よりも若いときから見られる病気です。狭義かつ特徴的な早老症として、ウェルナー症候群 (WS、Werner Syndrome) *3などいくつかの遺伝子異常によるものがよく知られています(図1)。早老症の治療は、現在、対処療法しかありませんので、病態メカニズムを理解し、根本的治療法を確立する必要があります。コケイン症候群は、中枢および末梢神経、皮膚、眼、腎臓など多臓器の進行性病変を生じる常染色体劣性遺伝の早老症であり、転写共役因子*4の一つである Cockayne Syndrome(CS)-B蛋白質をコードするCS-B遺伝子の変異の結果、DNA修復の異常が引き起こされると考えられていますが、それが老化の促進にどのように関係するか詳しいメカニズムは明らかではありませんでした。このような状況で、シンガポール国立大学のGrace Kah Mun Low博士らは、CS-B機能の欠如した患者さん由来の繊維芽細胞では、コントロールの細胞に比べて、過酸化酸素処理による酸化ストレス条件下で、テロメア短縮率の増加、形態的、機能的な老化所見が促進することを観察しました。これらの結果は、CS-Bの機能喪失により酸化ストレスによるDNA修復異常が老化促進に繋がる可能性を示唆しています。今回は、査読前の論文がbioRxivに掲載されていますので(文献1)、それを紹介いたします。最近、早老症患者のiPS細胞の樹立が報告され、他方では、老化細胞を除去する研究が進展しており、近い将来、早老症に対して有効な治療法が見つかることが期待されます。


文献1.
Role of Cockayne Syndrome B (CSB) Protein in Genome Maintenance in Human Cells under Oxidative Stress., Grace Kah Mun Low et al. bioRxiv preprint January 3, 2025.


図1.

【背景・目的】

コケイン症候群は核酸切断修復に関与する転写共役因子の一つであるCS-B蛋白質をコードするCS-B遺伝子の変異により引き起こされる早老症である。本プロジェクトにおいては、CS-Bが、酸化ストレス条件下で、酸化によるDNAの損傷に対処し、テロメアの整合性を維持する役割を持つことを証明する。

【方法】

この目的のため、CS-B機能の欠如したコケイン症候群の患者さん由来の線維芽細胞;CS-B(-)細胞、とコントロールの線維芽細胞を急性、又は、慢性的な過酸化水素による酸化ストレス下において培養し、比較解析した。

【結果】

  • その結果、CS-B(-)細胞はコントロールの細胞に較べて、生存性、細胞周期の停止期間の短縮などから判断して、酸化ストレスに対する耐性が明らかに増強していた。
  • しかしながら、慢性的な酸化ストレス下において、CS-B(-)細胞は、テロメアの消耗率の増加、形態、βガラクトシダーゼ染色性の上昇などの老化所見が亢進していた。
  • さらに、CS-B(-)細胞は、過酸化水素の添加後にDNA修復や細胞周期の鍵になる遺伝子の発現が低下しており、酸化によるDNAの損傷に対する対応力が低下していると思われた。

【結論】

これらの観察結果は、ゲノムの維持におけるCS-Bの多面的な役割を支持するとともに、CS-Bが酸化ストレスに対する脆弱性、テロメアの不安定性を通して、コケイン症候群の病態に関与していることを強調するものである。

用語の解説

*1.コケイン症候群(Cockayne syndrome)
概要DNA修復遺伝子の異常により中枢および末梢神経が障害され進行性に重度の精神運動発達遅滞、腎不全、難聴、視力障害、歩行障害を呈する疾患である。これらの進行により重度の身体障害を来たし、10~20歳代で死亡することが多い。
  • 疫学;日本においては約100人が推定されている。
  • 原因;DNA修復遺伝子の異常による。本疾患の線維芽細胞において最も重要な所見は、紫外線に高感受性を示すことであり、紫外線障害によるRNA合成の回復がおこらず、転写された遺伝子の損傷修復、又は“転写と共役した修復”がみられない。
  • 症状;著名な低身長、低体重、小頭を呈し、視力障害、聴力障害、皮膚症状、中枢神経および末梢神経障害の進行により重度の精神運動発達遅滞を合併する。
  • 合併症;小頭症、低身長、低体重、白内障、網膜色素変性、難聴、日光過敏、歩行障害、手指振戦、運動失調、精神遅滞、脊椎変形、腎不全。
  • 治療法;根本的治療法はないが白内障に対しては手術、難聴に対しては補聴器が奏功する場合がある。手指振戦に対してはTRH製剤が一部の患者に効果がある。日光過敏に対してはサングラス装着、紫外線防御クリームが一部の患者に効果がある。腎不全に対しては腹膜透析を行う場合もある。
  • 予後;死亡年齢は10代後半から20代後半にわたる。30代を過ぎての生存は稀である。
*2.早老症 (Progeroid syndromes)
早老症は、体細胞分裂時の染色体の不安定性(逆位、欠失、逆転座、相同組み換え、組み換え異常など)が認められ、加齢促進状態をもたらす疾病のことをいう。この他、後天的に、紫外線を含む放射線の被曝、化学物質による遺伝子のメチル化なども加齢を促進する要因となりうる。 ほとんどの早老症においては、遺伝子が、DNA、RNA代謝に関連した酵素がもたらす染色体異常を呈することが判明している。このため、細胞増殖分裂時の異常により、遺伝子の他領域の変異、他遺伝子との共同作業の異常などを病因として、顕著な老化症状が発症する。
狭義かつ特徴的な早老症として、次のものがある(図1)。
  • ウェルナー症候群 (WS、Werner Syndrome)
  • ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群(HGPS、Hutchinson-Gilford Progeria Syndrome、通称:プロジェリア症候群)
  • ロスムンド・トムソン症候群 (RTS、Rothmund Thomson Syndrome)
  • コケイン症候群 (Cockayne Syndrome)
*3.ウェルナー症候群 (Werner Syndrome)
ウェルナー症候群は早老症の1つであり、日本の患者数は700~2,000人程度と考えられている。また世界中で報告されている患者のおよそ60%が日本人であり、日本人に多い病気として知られている。ただし、発症する確率はおよそ5~20万人に1人といわれ、日本人においても比較的まれな病気といえる。ウェルナー症候群は“WRN”と呼ばれる遺伝子の異常が原因で発症することが分かっている。ただし、この遺伝子に異常があるとなぜ老化が進んでしまうのかについては、まだ分かっていない。
*4.転写共役因子
転写共役因子とは、DNAには直接結合しないが、転写因子や基本転写因子とのタンパク質-タンパク質相互作用によって転写を調節するタンパク質のことである。転写因子や基本転写因子と共役することによって機能することからコファクターとも呼ばれる。 転写と共役したDNA修復機構 (transcription coupled repair: TCR)は、転写が活発に行われている領域に生じたDNA損傷を効率良く修復するシステムであり、生体の恒常性維持に重要なメカニズムである。

文献1
Role of Cockayne Syndrome B (CSB) Protein in Genome Maintenance in Human Cells under Oxidative Stress., Grace Kah Mun Low et al. bioRxiv preprint January 3, 2025.