新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2025/3/27

GLP-1受容体作動薬、2型糖尿病患者の自殺リスクと関連せず

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 糖尿病患者や肥満症の治療に用いられているグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1) 受容体作動薬*1については、以前より、自殺傾向との関連性が懸念されていたが、はっきりとした結論は出ていなかった。
  • 本研究は、2型糖尿病患者のGLP-1受容体作動薬服用に伴う自殺の頻度とDPP-4阻害薬*2またはSGLT-2阻害薬*3を対照薬群*4としてそれらに伴う自殺の頻度を英国の国家統計局死亡登録データベースを用いて比較・解析した大規模前向きコホート研究を行った。
  • その結果、2型糖尿病患者のGLP-1受容体作動薬の使用は、自殺傾向のリスク増加とは関連していないことが示された。

先々週、パーキンソン病に対するGLP-1受容体作動薬の臨床治験の結果を報告した論文を取り扱いましたが(エキセナチドのパーキンソン病治療効果は確認されず;第3相臨床試験〈2025/3/04掲載〉)、他方では、GLP-1受容体作動薬は、すでに、2型糖尿病患者や肥満症の治療に用いられています。しかしながら、一つの不安材料は、自殺傾向との関連性が疑われていることです。この問題を調査する観察研究がいくつか実施されているものの、結論には至っていません。これに対して、米国食品医薬品局(FDA)は、糖尿病および肥満症治療薬のGLP-1受容体作動薬と同剤服用患者の自殺念慮・自殺行動の報告について予備的評価では、因果関係が明らかな証拠は見つからなかったものの、自殺念慮・行動のリスクを最終的には除外できないとして、昨年1月11日の時点で、さらに調査を継続すると発表しました。このような状況において、カナダ・ケベック州・モントリオ−ルにありますLady Davis研究所のSamantha B. Shapiro博士やMcGill大学の共同研究者らは、英国の国家統計局死亡登録データベースを用いた大規模前向きコホート研究を行い、DPP-4阻害薬またはSGLT-2阻害薬の使用を対照薬群として比較・解析することにより、2型糖尿病患者のGLP-1受容体作動薬の使用は、自殺傾向のリスク増加とは関連していないことを示しました(図1)。その結果が最近のBMJに掲載されましたので(文献1)、今回はそれを紹介致します。GLP-1受容体作動薬は、すでに、臨床的に広く使われていることを考慮すれば、とりあえずは、一安心と言ったところでしょうか。


文献1.
Glucagon-like peptide-1 receptor agonists and risk of suicidality among patients with type 2 diabetes: active comparator, new user cohort study., Samantha B Shapiro et al. BMJ 2025; 388: e080679


図1.

【背景・目的】

GLP-1受容体作動薬と自殺傾向との関連性が懸念されており、これを調査する観察研究がいくつか実施されているものの、結論が出るまでには至っていなかった。したがって、本プロジェクトは、GLP-1受容体作動薬の使用と自殺傾向のリスク増加との関連性をコホート研究により検討することを研究目的とした。

【方法】

  • GLP-1受容体作動薬服用を開始した2型糖尿病患者における自殺の頻度とDPP-4阻害薬またはSGLT-2阻害薬を対照薬群としてそれらに伴う自殺の頻度を比較するため、プライマリーケア診療所・入院した病院のエピソード記述に関する統計にリンクした国家統計局死亡登録データベースを用いた2つの前向きコホート研究を行なった。
  • 一つ目のコホート研究は、2007年1月1日から2020年12月31日まで、GLP-1受容体作動薬、または、DPP-4阻害薬を服用し、二つ目のコホート研究は、2013年1月1日から2020年12月31日まで、GLP-1受容体作動薬、または、SGLT-2阻害薬を服用した。両コホート研究ともに2021年3月29日まで追跡した。
  • 主要な効果は、自殺傾向であり、自殺願望、自傷、自殺の3つの因子の複合として定義され、副次的な効果は、これら3つの因子が別々に考慮された。
  • 偏向スコア*5の細かい階層化加重Cox比例ハザードモデル*6を用いてハザードを推定した。

【結果】

  • 最初のコホート研究はGLP-1受容体作動薬服用者36,082人に対し、DPP-4阻害薬服用者234,082人から成り、生データでは、GLP-1受容体作動薬服用者は、DPP-4阻害薬服用者に較べて、自殺数は多かったが (それぞれ、3.9 v 1.8 per 1000 人・年, ハザード比 2.08, 95% CI 1.83 to 2.36)、交絡因子*7を補正したら、差は無くなった (hazard ratio 1.02, 95% CI 0.85 to 1.23)。
  • 2番目のコホート研究は、GLP-1受容体作動薬服用者32,336人に対し、SGLT-2阻害薬服用者96,212人から成り、生データでは、同様に、GLP-1受容体作動薬服用者は、SGLT-2阻害薬服用者に較べて、自殺数は多かったが ( それぞれ、4.3 v 2.7 per 1000 人・年, ハザード比 1.60, 95% CI 1.37 to 1.87)、交絡因子を補正したら、差は無くなった(hazard ratio 0.91, 95% CI 0.73 to 1.12)。
  • 自殺願望、自傷、自殺の3つの因子を別々に解析した場合、いずれのコホート研究においても同様の傾向が見られた(交絡因子の補正により差は消失した)。

【結論】

以上の結果より、2型糖尿病患者のGLP-1受容体作動薬の使用は、DPP-4阻害薬やSGLT-2阻害薬に較べて、自殺傾向のリスク増加とは関連していないことが推定された。

用語の解説

*1.グルカゴン様ペプチド-1受容体作動薬(Glucagon-like peptide-1;GLP-1)
GLP-1またはインクレチン模倣薬(Incretin mimetic)は、GLP-1受容体(GLP-1R)の作動薬である。この系統の薬剤は、2型糖尿病の治療に使用される。スルホニル尿素やグリニド等の旧来のインスリン分泌促進薬と比較すると、低血糖を引き起こすリスクが低いことが利点の1つである。GLP-1は作用時間が短いため、この制限を克服する目的で薬剤や製剤にいくつかの改良が加えられている。糖尿病は急性膵炎や膵癌と関連性があり、膵臓における増殖作用による安全性については議論がある。最近の研究ではこれらの薬剤が膵炎や癌を引き起こす可能性を見出していない場合もあるが、2017年の研究では、インクレチンは非インスリン抗糖尿病薬(NIAD)よりも不顕性膵癌の検出増加に関連していることが明らかになった。これらの薬剤はDPP-4阻害薬のようにGLP-1の分解を阻害するのではなく、GLP-1Rを活性化することにより作用し、一般により強力であると考えられている。
*2.Dipeptidyl peptidase-4 (DPP-4) inhibitors
ジペプチジルペプチダーゼ4阻害薬(ジペプチジルペプチダーゼ4そがいやく、Dipeptidyl peptidase 4 inhibitor、DPP-4阻害薬)またはグリプチン(gliptin)は、ジペプチジルペプチダーゼ-4(DPP-4)という酵素を阻害する経口血糖降下薬の一種で、2型糖尿病の治療に使用される。グルカゴンは血糖値を上昇させるが、DPP-4阻害薬はグルカゴンと血糖値を低下させる。DPP-4阻害薬のメカニズムは、インクレチン量(GLP-1、GIP)を増加させ、グルカゴン放出を抑制することで、インスリン分泌を増加させ、胃排出を減少させ、血糖値を低下させるというものである。2018年のメタアナリシスでは、2型糖尿病患者における全死亡、心血管死亡、心筋梗塞、脳卒中に対するDPP-4阻害薬の有利な効果は認められなかった。
*3.Sodium-glucose cotransporter-2 (SGLT-2) inhibitors.
ナトリウム-グルコース共輸送体(sodium glucose co-transporter, SGLT)は Na +の細胞内外の濃度差を駆動力として糖輸送を行うナトリウム依存性グルコース輸送体であり、SGLT1~6 のアイソフォームが存在することが知られている。そのうちの SGLT2 は腎臓の近位尿細管(S1 セグメント)の管腔側に選択的に発現しており、Na:グルコースを 1:1 の割合で共輸送することで、尿糖再吸収のおよそ 90%を担っている。SGLT2 阻害薬は SGLT2 の活性を阻害することによって尿細管でのグルコース再吸収を抑制し、原尿中のグルコースをそのまま尿として体外に排泄する薬剤であり、糖尿病患者に投与すると血中の過剰なグルコースを尿中に排泄し高血糖を是正させる効果があるというコンセプトで開発された薬剤である。
*4.対照薬群(Active comparator)
臨床試験のデザインに際して、どのような対照群を選択するかの決定は、いかなる場合においてもきわめて重要である。対照群の選択は、試験から引き出しうる推測、試験が倫理的に受け入れられるかどうか、試験の実施及び解析におけるバイアス(偏り)を小さくできる程度、組入れうる被験者のタイプと組入れの速さ、検討可能なエンドポイントの種類、結果の社会的・科学的信頼性、結果が規制当局に受け入れられるかどうか、その他の多くの試験の特徴、試験実施のあり方及び解釈に影響を与える。特に、薬剤の開発段階で有効性を証明するために実施される臨床試験においては、対照群の選択は極めて重要である。対照群の選択においては、利用可能な標準治療、選択されたデザインの妥当性を支持する証拠の適切性、そして倫理上の配慮といった観点からの考慮が求められる。
*4.対照薬群(Active comparator)
臨床試験のデザインに際して、どのような対照群を選択するかの決定は、いかなる場合においてもきわめて重要である。対照群の選択は、試験から引き出しうる推測、試験が倫理的に受け入れられるかどうか、試験の実施及び解析におけるバイアス(偏り)を小さくできる程度、組入れうる被験者のタイプと組入れの速さ、検討可能なエンドポイントの種類、結果の社会的・科学的信頼性、結果が規制当局に受け入れられるかどうか、その他の多くの試験の特徴、試験実施のあり方及び解釈に影響を与える。特に、薬剤の開発段階で有効性を証明するために実施される臨床試験においては、対照群の選択は極めて重要である。対照群の選択においては、利用可能な標準治療、選択されたデザインの妥当性を支持する証拠の適切性、そして倫理上の配慮といった観点からの考慮が求められる。
*5.傾向スコア(Propensity Score)
傾向スコアとは、ある個体が特定の処置を受ける確率を、観察データの共変量(属性情報)を用いて推定する方法である。 特に、因果推論の文脈において、無作為化が困難な観察研究で治療群と対照群のバイアスを調整するために用いられる。詳細は統計学の専門書をご覧ください。
*6.Cox比例ハザードモデル(Cox proportional hazards model)
Cox比例ハザードモデルは、生存時間分析で広く使われる統計モデルである。 このモデルは、特定の事象(死亡、疾患の発生、システムの故障など)が起こるまでの時間を分析し、その事象に影響を与える変数(共変量)の影響を評価するために使用される。詳細は統計学の専門書をご覧ください。
*7.交絡因子
調べようとする因子以外の因子で、病気の発生に影響を与えるものを交絡因子という。例えば、飲酒とがんの関連性を調べようとする場合、調べようとする因子(飲酒)以外の因子(喫煙など)ががんの発生率に影響を与えているかもしれない。このとき、喫煙が交絡因子に該当し、喫煙が調査に影響を与えないように、データを補正する必要がある。

文献1
Glucagon-like peptide-1 receptor agonists and risk of suicidality among patients with type 2 diabetes: active comparator, new user cohort study., Samantha B Shapiro et al. BMJ 2025; 388: e080679