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2025/4/30

iPS細胞を用いたパーキンソン病の再生医療;第I/II相臨床治験

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 現時点で、パーキンソン病(PD)の根治療法は確立されていない。本プロジェクトは、iPS細胞*1から調整したドパミン作動性ニューロンを移植する再生治療7人のPD患者さんを対象にして臨床治験として評価した。
  • その結果、この小規模な研究は、PD患者におけるiPS細胞を用いた再生治療の安全性、忍容性および実現可能性を支持するものであった。すなわち、第I/II相臨床治験をクリアーしたと考えられた。
  • 今後、さらに大きな患者数を用いた第III相臨床治験で確認され、実際の治療に結びつくことが期待される。
図1.

最近、PDにおいては、新しい治療法が開発されつつあります。先週、お伝えしました腸内環境に関連した糞便移植*2がその一つですが、(サソリ毒由来ペプチドの抗パーキンソン作用;腸内環境改善の重要性〈2025/4/22掲載〉)、それにも増して注目されているのが、iPS細胞を用いた幹細胞移植治療です。以前より、中絶胎児組織から調整したドパミン作動性ニューロン用いた患者さんの脳への移植治療は拒絶反応が少なく、一定の治療効果が報告されて来ました。しかしながら、死亡胎児の組織利用に関する倫理的な問題*3があり、さらに、1人のPDの患者さんの移植に対する十分な細胞を得るためには、複数の胎児脳(3~10人)が必要であるという量的な問題もありました。これらを解決し代替手段として登場したのがiPS細胞を分化させたドパミン作動性ニューロンを移植する再生治療です。実際、iPS細胞を用いた再生治療の研究は多くの疾患で進行中であり、現代の治療開発の中心になっています(図1)。今回、京都大学の澤本信勝博士、及び、医学部・iPS研究所の共同研究者は、7人のPD患者さんに対して、iPS細胞から調整したドパミン作動性ニューロンを両側性に移植する臨床治験(第I/II相)を行った結果、6人の患者さんが有効性のある評価を受け、4人の患者さんで症状の改善が見られました。また、重篤な合併症はなく、移植したiPS細胞由来の神経の生存は確認され、腫瘍の形成も認められなかったことから、臨床治験(第I/II相)は成功したと判断されました。これらの結果は、最近のNature誌に掲載されましたのでその論文(文献1)を紹介致します。将来的に、これらの患者さんの剖検脳の解析からも多くの情報が得られると予想されることからも、PDの再生医療は新たな第一歩を踏み出したと言えるでしょう。


文献1.
Phase I/II trial of iPS-cell-derived dopaminergic cells for Parkinson’s disease, Nobukatsu Sawamoto , Nature (2025), Published: 16 April 2025


【背景・目的】

現在のPDの移植治療は、死亡胎児の組織利用に関する倫理的な問題、量的な問題を抱えている。これらの問題を解決するため、本プロジェクトの研究目的は、PD患者さん自身に由来するiPS細胞から分化・調整したドパミン作動性ニューロンを両側性に移植することによる治療法を確立することである。

【方法】

この目的のため、京都大学附属病院において、7人のPD患者さん(50–69齢)に対して、iPS細胞から調整したドパミン作動性ニューロンを脳内の被殻*4の両側性に移植する臨床治験(jRCT2090220384:第I/II相)を行った。

【結果】

  • 一次的アウトカムは、安全性に焦点を当てたが、重篤な合併症は見られなかった(軽度の有害事象は73件)。
  • 副次的アウトカムは、24ヶ月、運動症状の変化とドパミン産生を評価した。
  • 運動障害学会パーキンソン病統一評価スケールパートIII*5では、6人のPD患者さんで有効な評価が得られ、ホーン・ヤールの重症度分類*6では、4人のPD患者さんで改善が見られた。
  • 患者さんの抗パーキンソン治療薬の服用量は、治療上の必要性がない限り、維持され、ジスキネジア*7は進行した。
  • さらに、18F-DOPA PET*8では、被殻のドパミン神経の活動が増加していることが観察された。
  • MRI(磁気共鳴画像)では、移植細胞の増殖(腫瘍化)は確認されなかった。

【結論】

以上より、本研究の結果は、同種iPS細胞由来のドパミン神経の移植は、安全性と潜在的な臨床的利点があることを示唆しており、臨床試験の第I/II相をクリアーしたと考えられる。

用語の解説

*1.iPS細胞(Induced pluripotent stem cells; 人工多能性幹細胞)
iPS細胞は、体細胞へ4種類の遺伝子を導入することにより、ES細胞(胚性幹細胞)のように非常に多くの細胞に分化できる分化万能性 (pluripotency) と、分裂増殖を経てもそれを維持できる自己複製能を持たせた細胞のこと。2006年(平成18年)、山中伸弥教授率いる京都大学の研究グループによってマウスの線維芽細胞(皮膚細胞)から初めて作られた。
*2.糞便移植(Fecal Microbiota Transplantation: FMT)
糞便移植は、何世紀も前から馬の慢性下痢や牛、羊の胃のアシドーシスに対する治療法として獣医領域で施行されていた。また、中国では4世紀の晋の時代にヒトの食中毒や重症下痢にFMTが行われ、欧米でも健康回復のため16世紀から行われていた。
*3.死亡胎児の組織利用に関する倫理的な問題
胎児組織の利用は、中絶胎児も供給源の一つであることから、中絶の是非も問われることになり議論は複雑をきわめている。人工妊娠中絶についてはいくつかの条件を満たせば法的に許容されるというのが欧米や日本での解釈であるが、倫理的な問題として許容されるかどうかという問題には活発な議論があり、また仮に人工妊娠中絶が法的、倫理的に許容されるとしても、その立場から中絶胎児を利用できるという主張へはいくつかのハードルが存在する。中絶後の利用を前提とした妊娠や胎児組織の商業的売買が起こる可能性、中絶胎児の利用の容認が人工妊娠中絶における意思決定や数の増大などに影響を与えること、それからインフォームド・コンセントをめぐる問題などが指摘されている。欧米においては、1980年代から90年代前半にかけて死亡胎児の組織利用に関するガイドライン等が作成され、日本においても欧米を追ってガイドラインが作成された。
*4.被殻(Putamen)
被殻は、脳の中央部に存在する脳構造で、尾状核と共に背側線条体を形成している。 被殻は大脳基底核の一部で、レンズ核の最外部を形成している。詳細は専門書をご覧下さい。
*5.運動障害学会パーキンソン病統一評価スケールパートIII(MDS-UPDRS III)
統一パーキンソン病評価尺度(UPDRS)は、PDの重症度や進行度を測定するために用いられる包括的なツールである。1980年代に開発され、臨床および研究の場で広く使用されています。このスケールは3つのパートに分かれている。運動検査(パートⅢ)は。14項目(発話、表情、安静時振戦、動作・姿勢振戦、硬直、指たたき、手指運動、手足の急速交互運動、脚の敏捷性、椅子からの立ち上がり、姿勢、歩行、姿勢安定、体の徐動・低動)のそれぞれを評価する。
*6.ホーン・ヤールの重症度分類(Hoehn&Yahr)
PDの進行度を評価するためのスケールである。症状がからだの片側のみの場合はⅠ度(ヤールⅠ度)、両側にみられるとⅡ度(ヤール Ⅱ度)、介助なしで生活できるレベルのⅢ度(ヤールⅢ度)、何らかの介助が必要となるⅣ度(ヤールIV度)、車椅子あるいはほとんど寝たきりになるⅤ度(ヤールⅤ度)に分類される。
*7.ジスキネジア(Dyskinesia)
ジスキネジアは、神経学的症候のひとつであり、不随意運動の一種である。もともとは運動障害、運動異常という意味で、異なる疾患にあらわれる症候であり、その原因によって区別されている。ハロペリドールなどの抗精神病薬を長期服用している患者さんにおきるものは遅発性ジスキネジアまたは口ジスキネジーと呼び、口唇をもぐもぐさせたり舌のねじれや前後左右への動きや歯を食いしばったりすることが見られる。PD患者さんにみられるジスキネジアは痙性の強い、四肢や頭部の舞踏様の運動であることがより一般的であり、通常レボドパによる治療を開始して数年後に現れる。
*8.PET (Positron Emission Tomography)
PETとは、陽電子放出断層撮影のことであり、従来のCTやMRIなどの体の構造をみる検査とは異なり、細胞の活動状況を画像で調べることができる。

文献1
Phase I/II trial of iPS-cell-derived dopaminergic cells for Parkinson’s disease, Nobukatsu Sawamoto , Nature (2025), Published: 16 April 2025