新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2025/4/22

サソリ毒由来ペプチドの抗パーキンソン作用;腸内環境改善の重要性

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • ロテノン*1誘発性パーキンソン病(PD)モデルマウスにおいて、サソリ毒由来の耐熱性ペプチドSVHRSPがドーパミン作動性神経変性を減弱することが示されてPDの治療研究において興味深い。
  • これまでの研究では、SVHRSPが酸化ストレスや炎症を抑制することにより神経保護作用を持つことが報告されている。
  • 本プロジェクトでは、ロテノン誘発性PDマウスにおいて、SVHRSPペプチドのドーパミン神経保護作用において、腸内環境改善の重要性を示唆する所見が得られた。
  • 本研究の結果は、PDの治療研究において、SVHRSPの神経保護効果における腸内環境の重要性という新しい視点を提供する。
図1.

最近、お伝えしていますように、PDの臨床治験においては、抗a-シヌクレインモノクローナル抗体やエキセナチドがことごとく失敗に終わりました(モノクローナル抗体Prasinezumabを用いたパーキンソン病の免疫療法〈2024/8/20掲載〉)(エキセナチドのパーキンソン病治療効果は確認されず;第3相臨床試験〈2025/3/4掲載〉)。このように厳しい状況にありますが、新たな研究の芽はすでに出始めています。現在、最も注目されているのが腸内環境とPDの関連性です。すなわち、PDの患者さんにおいては健常者に比べて、特定の細菌が増減することが明らかにされており、腸内環境を是正することが治療に重要かも知れないという考え方です。他方で、最近、サソリ毒由来の耐熱性ペプチドSVHRSPの神経保護作用が注目されていますが、PDの領域においては、これまで、ロテノン誘発性PDモデルにおいて、SVHRSPが黒質領域において酸化ストレスや炎症を抑制することによりドーパミン作動性神経変性を減弱することが示されて来ました。今回、中国・大連医科大学(Dalian Medical University)のMengdi Chen博士らは、ロテノン誘発性PDマウスにおいて、SVHRSPペプチドのドーパミン神経保護作用における腸内環境の重要性を支持する所見を得ました(図1)。この結果は、最近のnpj Parkinson’s Diseaseに掲載されましたのでその論文(文献1)を紹介致します。これらのマウスにおける前臨床試験の結果の有効性が、将来的に、PDの患者さんに対する臨床研究で再現され、PDの新しい治療に結びつくことが期待されます。


文献1.
SVHRSP protects against rotenone-induced neurodegeneration in mice by inhibiting TLR4/NF-κB-mediated neuroinflammation via gut microbiota, Mengdi Chen et al. NPJ Parkinsons Dis. 2025 Mar 6;11(1):43. doi: 10.1038/s41531-025-00892-6.


【背景・目的・方法】

最近、サソリ毒由来の耐熱性ペプチドSVHRSPの神経保護作用が注目されており、実際、これまで、PDの薬剤モデルにおいて、SVHRSPペプチドが黒質領域における炎症を抑制することによりドーパミン作動性神経変性を減弱することが示されているが、更なるメカニズムが関与しているかも知れない。興味深いことに、腸内環境の変化がPDの病態に関連する可能性を示唆しており、この理解を深めることが治療に結びつく可能性がある。従って、PDのロテノン誘発性モデルにおいて、SVHRSPペプチドの神経保護効果と腸内環境の関連性について解析することを本プロジェクトの研究目的とする。

【結果】

  • SVHRSPペプチド投与により、ロテノン誘発性モデルにおける胃腸機能障害は改善し、微生物叢の組成は回復した。
  • 抗生剤投与による微生物の枯渇、糞便移植(FMT)*2 により、SVHRSPペプチドのドーパミン神経変性抑制効果には、腸における微生物叢の回復が必要であることがわかった。
  • さらに、SVHRSPペプチドは、腸における微生物叢の存在に依存して、脳脊髄関門(BBB)の機能低下、ミクログリアの活性化、炎症促進因子の発現を抑制した。
  • メカニズムの解析では、SVHRSPペプチドは、血清中のLPS*3 や脳組織におけるHMGB1*4 の濃度を減少させたが、TLR4/NF-κBシグナル伝達経路の抑制が関与していると思われた。

【結論】

以上より、本研究の結果は、PDの治療におけるSVHRSPの神経保護効果に関する腸内環境の重要性という新しい視点を提供するものである。

用語の解説

*1.ロテノン (Rotenone)
ロテノンは無臭の化合物で、フェニルプロパノイドの一種である。殺虫剤・殺魚剤・農薬として広く効果を持つ。天然にはある種の植物の根や茎に含まれる。ラットに投与するとパーキンソン症候群の原因となる。毒物及び劇物取締法により劇物に指定されている。作用機序;ミトコンドリア中の電子伝達系を阻害することによって効果を発揮する。具体的には、呼吸鎖複合体I中の鉄・硫黄中心からユビキノンへの電子の移動を妨げる。これによってNADHからATP(細胞のエネルギー源)への変換が行われなくなる。
*2.糞便移植(Fecal Microbiota Transplantation: FMT)
糞便移植は、何世紀も前から馬の慢性下痢や牛、羊の胃のアシドーシスに対する治療法として獣医領域で施行されていた。また、中国では4世紀の晋の時代にヒトの食中毒や重症下痢にFMTが行われ、欧米でも健康回復のため16世紀から行われていた。
*3.LPS(Lipopolysaccharide、リポ多糖)
LPSとは、大腸菌やサルモネラ菌などのグラム陰性菌の細胞壁を構成する成分である。日本語では“リポ多糖”と言い、糖脂質になる。また、LPSが様々な毒性を示す生物活性を有することから、内毒素(=エンドトキシン)と呼ばれることもある。毒性も含め、LPSには様々な生理活性がある。
*4.HMGB1(High mobility group box 1)
HMGB1はクロマチンタンパク質の中で最も重要なものの1つである。核内では、HMGB1はヌクレオソーム、転写因子、ヒストンと相互作用する。このタンパク質はDNAの組織化と転写調節を担っている。HMGB1はDNAを屈曲させ、他のタンパク質の結合を促進する。HMGB1は多くの転写因子と相互作用し、多くの遺伝子の転写を補助する。また、ヌクレオソームとも相互作用してパッキングされたDNAを緩め、クロマチンのリモデリングを行う。コアヒストンとの接触は、ヌクレオソームの構造を変化させる。HMGB1は免疫細胞(マクロファージ、単球、樹状細胞など)から、リーダーレス分泌経路によって分泌される。活性化されたマクロファージや単球は、炎症のサイトカインメディエーターとしてHMGB1を分泌する。HMGB1に対する中和抗体は、関節炎、大腸炎、内毒素血症、敗血症、虚血時の損傷に対する保護効果を示す。炎症や損傷の機構にはTLR2やTLR4への結合が関与しており、これらはマクロファージからのサイトカイン放出のHMGB1依存的活性化を媒介する。HMGB1はp53と相互作用する。また、HMGB1は細胞から放出されることもある。TLRリガンドやサイトカインとも相互作用して、TLR2、TLR4、RAGEなど複数の細胞表面受容体を介して細胞を活性化する。

文献1
SVHRSP protects against rotenone-induced neurodegeneration in mice by inhibiting TLR4/NF-κB-mediated neuroinflammation via gut microbiota, Mengdi Chen et al. NPJ Parkinsons Dis. 2025 Mar 6;11(1):43. doi: 10.1038/s41531-025-00892-6.