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2025/5/16

非ステロイド性抗炎症薬の長期投与による認知症の予防効果

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)*1とアルツハイマー病(AD)の関連性に関する疫学的な証拠にもかかわらず、NSAIDsの臨床治験の失敗より、NSAIDsにADの予防効果は無いと考えられている。しかしながら、NSAIDsの投与期間など十分に検討されたとは言い難い。
  • 本プロジェクトは、前向きの住民ベースのコホート研究として知られているロッテルダム研究*2を解析した結果、NSAIDsの長期使用は認知症発症のリスクを有意に低下させるが、短期および中期使用では保護効果は認められないことが示された。また、NSAIDsの服用量とは、関係しなかった。
  • 以上より、NSAIDsによる長期間の炎症抑制に起因するのではないかと思われた。
図1.

ADの治療研究において抗アミロイドb(Ab)抗体による免疫療法が臨床治験に成功する過程で、早期の治療開始の重要性が再認識されることになりましたが(早期アルツハイマー病に対するLecanemab(レカネマブ)の治療効果〈2023/5/10掲載〉)、それまで、臨床治験に失敗した治療法に関しても投与時期や投与量などの条件を見直す必要があります。その一つが、NSAIDsです。NSAIDsは、アラキドン酸カスケードのシクロオキシゲナーゼを阻害することで、プロスタグランジン類の合成を抑制します(図1)。プロスタグランジンの中でも、特にPGE2は起炎物質・発痛増強物質ですが、NSAIDsは主にPGE2の合成抑制によって鎮痛・解熱・抗炎症作用を発揮します。また、NSAIDsは、Abの産生を抑制することが知られています(図1)。さらに、疫学的にNSAIDsの服用者はADになりにくい事が注目されています。それにもかかわらず、NSAIDsの臨床治験はこれまで失敗に終わり、NSAIDsにADの予防効果は無いと結論されました。このような状況で、オランダ・エラスムス大学医療センターのIlse Vom Hofe博士らは、ロッテルダム研究の結果を解析し、NSAIDsの長期使用は認知症の症状の出現を有意に低下させるが、短期および中期使用では保護効果は認められないことを見出し、おそらく、NSAIDsが長期に渡り炎症を抑制することが関係しているのではないかと推測しました。これらの結果は最近のJournal of the American Geriatrics Society誌に掲載されましたので、今回、この論文(文献1)を紹介いたします。NSAIDsには、長期服用に伴う主な有害作用(副作用)として、消化性潰瘍や腎障害、造血器障害などがあり、克服する点も多いですが、今後のADの予防治療に繋がる可能性が期待されます。


文献1.
Long-Term Exposure to Non-Steroidal Anti-Inflammatory Medication in Relation to Dementia Risk., Ilse Vom Hofe et al, Journal of the American Geriatrics Society 2025 Mar 04


【背景・目的】

疫学的にNSAIDsの使用がADの予防に役立つかもしれないということが示唆されて、これまで短期間のランダム化比較試験*3がいくつか行われてきたが、それらの結果は一致していない。本プロジェクトは、その理由を明らかにすることを目的に、参加者数の多いコホート研究で、NSAIDsの服用期間、服用量に重点を置いた解析を行った。

【方法】

  • 研究開始時に認知症の症状を発症していなかった 55 歳以上の対象者、11,745例(女性59.5% 平均年齢 66.2歳)を対象としたロッテルダム研究において、NSAIDs の使用と認知症の症状の出現との関連性について検討した。
  • 認知症のリスクは,薬局記録に記録されていた 1991年からのNSAIDs の使用と関連させて推定した。NSAIDs の服用は、相互に重なり合わない 4 つのカテゴリーに定めた:服用なし、短期間服用(累積服用期間≦1ヵ月間)、中期間服用(累積服用期間 1<~<24ヵ月間)、長期間服用(累積服用期間≧24ヵ月間)。
  • 補正は、Coxの回帰分析*4によって、年齢、性別、教育、喫煙状態、およびサリチル酸製剤、ヒスタミン H2-受容体拮抗薬、降圧剤、および血糖降下薬の服用の有無について行った。

【結果】

  • 14.5 年間の平均追跡調査期間のあいだに、9,520 (81.1%) 例の参加者がNSAIDsを一定期間、服用し、そのうちの 2,091 例に認知症の症状が現れた。
  • 認知症の症状出現の相対危険度は、NSAIDs の長期間服用の対象者では 0.88(95%信頼区間、0.84~0.91)、中期間服用の対象者では 1.04(95%信頼区間、1.02~1.07)、短期間服用の対象者では 1.04(95%信頼区間、1.02~1.06)であった。
  • 全期間中のNSAIDs の総服用量は,認知症の症状の出現低下には関連しなかった。
  • NSAIDs の種類との関連性は認められなかった。

【結論】

本研究の結果は、NSAIDs の長期間服用は、認知症の症状の出現を抑える可能性があるが、服用量とは関係しないと示唆している。NSAIDsによる長期間の炎症抑制によるものではないかと思われる。

用語の解説

*1.非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs;NSAIDs)
NSAIDsは先行するステロイド系抗炎症薬の副作用が問題視された後に登場したステロイドではない抗炎症薬。代表的な NSAID にはアセチルサリチル酸(販売名 アスピリン、バファリンなど)、イブプロフェン(販売名 ブルフェン)、ロキソプロフェン(販売名 ロキソニン)、ジクロフェナク(販売名 ボルタレン)がある。NSAIDsの注意点としては、消化管潰瘍の副作用、喘息患者に合併するアスピリン喘息、また各種アレルギー反応、腎障害というものがあげられる。ニューキノロン薬との併用、妊婦への投与は製剤を選べば副作用回避が可能ともいわれているが、用いない方が無難とされている。 イブプロフェンピコノール 他の副作用としては骨折の治癒を阻害する、心血管系では血小板機能を阻害し出血を止まりにくくする。また、腎機能障害や、腎のプロスタグランジンを阻害し、血圧調整機能を障害する。以上の理由で、慢性心疾患、腎機能障害、血圧異常の患者にNSAIDsは慎重に使用する必要がある。
*2.ロッテルダム(Rotterdam)研究
ロッテルダム研究は、オランダ、Rotterdam市の1990年に始まった前向きコホート研究である。本研究は,中間生活および後期生活における慢性疾患に対する介入のための病因,前臨床経過、自然史および潜在的標的を明らかにすることを目的とした。本研究では、心血管、内分泌、肝臓、神経、眼、精神、皮膚科、耳鼻咽喉科、運動、呼吸器疾患に焦点を当てた。2008年のように、45歳以上の14926人の被験者がロッテルダム研究コホートを構成した。2016年以来、コホートは40歳以上の人により拡大している。ロッテルダム研究の知見は、1700以上の研究論文と報告において示されている。
*3.ランダム化比較試験(Randomized controlled trial:RCT)
ランダム化比較試験(RCT)とは、直接的な実験的制御下にない要因を制御するために使用される科学的実験の一形態である。RCTの例として、薬物、手術技術、医療機器、診断手順、食事療法、その他の医療処置の効果を比較する臨床試験がある。RCTに参加する被験者は、研究結果に影響を与える可能性のある既知および未知の方法で互いに異なっており、直接的に制御することはできない。無作為に参加者を比較する治療群に割り付けることで、RCTはこれらの影響に対する統計的制御を可能にする。適切に設計され、適切に実施され、十分な数の参加者を登録すれば、RCTはこれらの交絡因子を十分に制御し、研究対象となる治療の有用な比較を提供することができる。
*4.Coxの回帰分析
Cox比例ハザードモデル(Cox回帰分析)は多変量解析の1つで、イベントに対して複数の因子が与える影響を評価する統計手法です。医療統計においては、患者の生存/死亡がイベントとして生存時間解析に用いられ、治療方法や背景因子など複数の要因とイベントの発生の関連性を解析します。詳細は専門書をご覧下さい。

文献1
Long-Term Exposure to Non-Steroidal Anti-Inflammatory Medication in Relation to Dementia Risk., Ilse Vom Hofe et al, Journal of the American Geriatrics Society 2025 Mar 04