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2025/5/21

早期乳がんの手術・アジュバント療法に関する前向き観察研究

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • イタリア国内の多施設で乳がんの保存的手術・アジュバント療法に関する前向き観察研究(BRIDE研究)が行われた。
  • ステージ1、2、3の遠隔転移がない患者さんにおいて、乳がん術後の病理組織検査の結果をもとに、ガイドラインに従うことにより、アジュバント療法が施行された。その結果、術後48ヶ月の時点で92.8%の患者さんが、再発すること無く生存できた。
  • 他分野にわたるチーム内での専門家の協力で、ガイドラインを遵守する事が重要であると考えられた。
図1.

現代のがん治療において、遠隔転移がないと診断された限局性のがんに対しては、外科手術が行われますが、目では見えないほどのがん細胞が残存し、血液やリンパ液を経由して全身のどこか別の組織に転移し、再発する可能性は避けられません。それを防ぐ目的で薬物療法(抗がん剤、分子標的治療薬*1など)や放射線による治療を追加するのが、術後補充療法、すなわち、アジュバント療法です(図1)。乳がんの場合、がんの早期診断、摘出手術、アジュバント療法という一連の治療を適切に行うことによって(図1)、寛解・完治が期待出来ます。乳がんのアジュバント療法は、がんのステージ、ホルモン受容体HRやHER2*2タンパク発現の有無(HR+/-, HER2+/-)、患者の年齢や健康状態などに基づき、複数の治療法を組み合わせて選択されますが、現時点で、確定したプロトコールが無いために各々の医師の裁量に委ねられる部分が多いようです。このような状況で、イタリア・セイクリッド・ハート・ドン・カラブリア病院のStefania Gori博士らは、イタリア国内の多施設で行われた乳がんの手術・アジュバント療法に関する前向き観察研究(BRIDE研究)の結果を解析し、臨床現場では、他分野にわたるチーム内での専門家の協力で、イタリア医学腫瘍学会や欧州臨床腫瘍学会の推奨する補助全身療法、補助放射線療法のガイドラインを遵守する事が重要であると結論しています。これらの結果は、最近のFrontiers in Oncology誌に掲載されましたので、今回はこの論文(文献1)を紹介いたします。このように、乳がんのアジュバント療法に関しては、近い将来、世界中に共通したガイドラインが出来上がるものと予想されます。しかしながら、乳がんと異なり、現行のアジュバント療法が効きにくい膠芽腫や膵臓がんのような悪性度の高い腫瘍に対してはどう対処したら良いかという重要な課題は残されています。


文献1.
Adjuvant systemic therapy in early breast cancer and results of a prospective observational multicenter BRIDE study: patients outcome and adherence to guidelines in cancer clinical practice, Stefania Gori et al, Front Oncol 2025 Apr 8;15:1501667.


【背景・目的】

がんの治療においては、他分野にわたるチーム内での専門家が協力してガイドラインを遵守した治療を推進する事が重要である。本プロジェクトは、これを乳がんのアジュバント療法において、明確にすることを研究の目的にした。

【方法】

  • この目的のため、イタリア国内の多施設(19ヶ所のがんセンター病院)で行われた乳がんのアジュバント療法に関する前向き観察研究(BRIDE研究)の結果を解析した。
  • ステージ1、2、3の乳がん術後の患者さんにおいて、アジュバント療法のタイプ、結果、ガイドラインの遵守を評価した。

【結果】

  • 1,123名の術後の患者さん平均年齢は61.2歳(70.2%が閉経後、92.1%がECOG PS*4 0)。
  • 患者さんの91%がステージ1、2(68.4% pT1 disease, 70.7% pN0)で、79.8%がセンチネルリンパ生検*4を、68.9%の患者さんが保存的乳房手術を受けた。
  • 病理組織検査の結果、80.6%の患者さんがHER2陰性/HR陽性、10.4%がHER2陽性/HR陽性、6.4%がトリプルネガティブ*5、2.6%がHER2陽性/HR陰性であった。
  • 臨床の場では、イタリア医学腫瘍学会や欧州臨床腫瘍学会のガイドラインに従って、病理組織検査の結果がアジュバント療法のタイプに影響したと思われる。
  • 術後アジュバント療法としての放射線治療は85.5%の患者さんに行なった。
  • 術後48ヶ月の時点で92.8%の患者さんが、再発や他の病気がなく生存していた。

【結論】

本研究の結果より、ステージ1、2、3の乳がん術後の患者さんにおいて、病理組織検査の結果をもとに、ガイドラインに従うことにより、術後に施行するアジュバント療法のタイプに影響した事が明らかになった。

用語の解説

*1.分子標的治療薬
がん細胞は、正常細胞と違い際限なく増殖し続けるが、増殖するのに必要な特有の因子がある。これらの因子をねらい撃ちする治療を「分子標的治療」、それに用いられる薬を「分子標的治療薬」という。抗HER2薬は、HER2タンパクをもっているがん細胞にのみ効果を発揮しますので、組織を調べて患者さんの乳がん細胞にHER2タンパクがある場合(乳がんの患者さんの5~6人に1人くらいがHER2陽性)に使用します。その他、血管新生を標的にする薬、骨転移に使用する分子標的治療薬、転移・再発乳がんでホルモン療法と併せて使う分子標的治療薬、遺伝性乳がん卵巣がん症候群に対する分子標的治療薬、免疫シグナルをコントロールする分子標的治療薬などがある。
*2.HER2(Human EGFR-related 2
HER2(ハーツー)は、細胞表面に存在する約185 kDaの糖タンパクで、受容体型チロシンキナーゼである。上皮成長因子受容体 (EGFR、別名ERBB1) に類似した構造をもち、EGFR2、ERBB2、CD340、あるいはNEUとも呼ばれる。HER2タンパクをコードする遺伝子は HER2/neu、erbB-2 で17番染色体長腕に存在する。また、HER2 は、human epidermal growth factor receptor (HER/EGFR/ERBB) family (EGFRファミリー)に属するタンパク質である。
*3.ECOG PS
ECOG (Eastern Cooperative Oncology Group:米国東海岸癌臨床試験グループ) が作成したPerformance Status(パフォーマンスステータス)は、疾患が患者の日常生活能力にどれほど影響を与えているかを測定するための標準的な基準のこと。 患者の日常生活、 身体的能力(立つ・歩く・働く)などの観点から機能レベルをPS0〜4の5段階で評価する。PS0; 問題なく活動できる。発病前と同じ日常生活が制限なく行える。PS4; 全く動けない、身の回りのことは全くできない。完全にベッドか椅子で過ごす。
*4.センチネルリンパ生検
センチネルリンパ節とは,乳房内から乳がん細胞が最初にたどりつくリンパ節と定義され,このセンチネルリンパ節を発見,摘出し,さらにがん細胞があるかどうか(転移の有無)を顕微鏡で調べる一連の検査をセンチネルリンパ節生検と呼ぶ。
*5.トリプルネガティブ
トリプルネガティブ乳癌(Triple-negative breast cancer)または三重陰性乳がんは、エストロゲン受容体 (ER)、プロゲステロン受容体 (PR)、HER2の遺伝子を発現していない乳癌である。

文献1
Adjuvant systemic therapy in early breast cancer and results of a prospective observational multicenter BRIDE study: patients outcome and adherence to guidelines in cancer clinical practice, Stefania Gori et al, Front Oncol 2025 Apr 8;15:1501667.