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2025/5/27

がん免疫療法のパーソナル医療:個別化ネオアンチゲンワクチン

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 腎細胞がん外科手術後のアジュバント治療における個別化ネオアンチゲンワクチン*1 接種の有効性を検討する第I相臨床研究を行なった。
  • ステージ3、及び、4の腎細胞がんの摘出手術後のハイリスクの患者さん9例に個別化ネオアンチゲンワクチンをアジュバント療法として投与した結果、術後、40.2ヶ月の時点で、どの患者さんにおいても再発はなく、T細胞の活性化が見られた。治療による副作用は認められなかった。
  • これらの結果は、第I相臨床試験をクリアするものであり、今後の進展が期待される。
図1.

近年,次世代シークエンサーが発達し、ヒトゲノムが解読され,個人のゲノム情報を利用できるようになったため,各々の患者さんよって最適な治療方法を選択するパーソナル医療*2 が可能となって来ました。当然、がんのアジュバント療法においてもパーソナル医療の概念が適用されるようになります。がん免疫療法は、免疫チェックポイント阻害剤*3 の開発により、大きく進歩しましたが、最近、さらに注目されているのが、個別化ネオアンチゲンワクチンです。このワクチンは、患者さんから手術で摘除したがん細胞から、遺伝子変異により生じた新たながん抗原を産生している遺伝子を次世代シークエンサーにより特定します。その情報をもとに患者さん一人一人に対応するネオアンチゲンを含むペプチドよりなるワクチンを作成し、それを投与することでがん細胞を攻撃する免疫反応を引き起こすことが可能になります(図1)。このようにして作成した個別化ネオアンチゲンワクチンに免疫チェックポイント阻害剤を併用すれば、治療効果が増強することも期待されます(図1)。このような状況で、米国・イェール大学医学部のDavid A. Braun博士らは、ステージ3、及び、4の腎細胞がんの手術後のハイリスクの患者さん9例に個別化ネオアンチゲンワクチンをアジュバント療法として投与したところ、術後、40.2ヶ月経過した時点で、どの患者さんも再発はなく、治療による副作用もありませんでした。まだ、第I相臨床試験の段階ですが、これらの結果はインパクトが強いと考えられ、最近のNature誌に掲載されましたので、今回はこの論文(文献1)を紹介いたします。現時点でのがん治療アジュバント療法の主流は、放射線療法や化学療法などですが、副作用のことを考慮しますと、将来的には、個別化ネオアンチゲンワクチンと免疫チェックポイント阻害剤を組み合わせたパーソナル医療が重要になる可能性があります。


文献1.
A neoantigen vaccine generates antitumour immunity in renal cell carcinoma, David A. Braun et al, Nature volume 639, pages 474–482 (2025)


【背景・目的】

個別化ワクチン投与により、予想されるネオアンチゲンに対して、体内を循環する免疫反応を生み出す事ができるが、そのような反応ががんのドライバー遺伝子変異*4を標的とし、患者さんの腫瘍を認識することにより、臨床的な効果に繋がるかという点に関しては、大部分が不明である。本プロジェクトは、これを腎細胞がんのアジュバント療法において、明確にすることを研究の目的にした。

【方法】

この目的のため、ステージ3、及び、4の腎細胞がんの摘出手術後の患者さん9例に個別化ネオアンチゲンワクチンをアジュバント療法として投与し、その効果を第I相臨床試験 (識別子 NCT02950766)として解析した。

【結果】

  • 腎摘出後、40.2ヶ月の経過を追跡した時点で、どの患者さんも再発は起きなかった。
  • 用量規定毒性*5 による副作用も認められなかった。
  • いずれの患者さんのT細胞も腎細胞がんのドライバー遺伝子変異(VHL, PBRM1, BAP1, KDM5C and PIK3CA)を含む個別化ネオアンチゲンワクチンの抗原に対する免疫応答性を示した。
  • ワクチン接種の結果、末梢T細胞クローンは長い間増加した。
  • さらに、患者さん9例中7例のT細胞に自己由来の腎細胞がんに対する反応性が認められた。

【結論】

  • これらの結果は、腎細胞がんのアジュバント療法において、個別化ネオアンチゲンワクチン接種による免疫力は高く、がんのドライバー遺伝子変異を標的にして抗腫瘍効果を得ることを示唆するものである。
  • 安全性も問題なく、第I相臨床試験をクリアするものであり、今後の進展が期待される。

用語の解説

*1.個別化ネオアンチゲンワクチン
個別化ネオアンチゲンワクチンは、がん細胞特有の変異に基づいて作られるワクチンである。このワクチンは、患者さん一人ひとりの生体がん細胞の取得と遺伝情報の分析から始まる。そこから、免疫系が認識可能な新規のがん抗原(遺伝子変異により新たに生じたネオアンチゲン)を産生している遺伝子を特定する。特定されたネオアンチゲンを基に化学的に合成されたペプチドをワクチンとして投与し、患者さん一人ひとりのがんに特異的な免疫細胞の活性化を図る。
*2.パーソナル医療
これまでの医療は、疾患によって画一的な治療法を提案してきたが、ヒトゲノム計画と次世代シークエンサー技術の発達により、個人のゲノム情報を利用できるようになり,ある患者個人にとって最適な治療方法を提案するパーソナル医療(オーダーメイド医療)が可能となってきた。
*3.免疫チェックポイント阻害剤
T細胞には、その生命個体自身の細胞を攻撃しないように、自己の細胞の因子が結合できる部分がT細胞に存在している。このように自己の細胞だけが結合できる部分のT細胞側の因子として、T細胞のPD-1、CTLA-4、LAG-3、Tim-3などがある。一方、一般細胞にはPD-L1、CD80、MHC、Eカドヘリンなどの因子があり、例えばPD-1にPD-L1が結合するなどのように、T細胞の分子と結合することにより、一般細胞はT細胞からの攻撃を免れており、このような機構が免疫チェックポイントである。しかし、がん細胞もまた自己由来の細胞であること等から、PD-L1などの分子を持っているので、がんもまたT細胞に結合することにより、免疫細胞の攻撃をまぬがれる。免疫チェックポイント阻害剤は、免疫チェックポイントのスイッチとなる分子同士の結合を妨害してしまうことにより、免疫細胞にがん細胞を攻撃させるようにする医薬品である。
*4.ドライバー遺伝子変異
がんの発生・進行などの直接的な原因となる遺伝子のこと。ドライバー遺伝子の遺伝子異常は治療標的になり得るため、がんゲノム医療においてドライバー遺伝子異常の同定は重要である。
*5.用量規定毒性(Dose limiting toxicity;DLT)
抗がん剤第I相試験において、グレード3以上の非血液学的毒性あるいはグレード4以上の血液学的毒性が出現した場合と規定され、出現頻度及びその程度により、当該投与量に伴う毒性が許容範囲内かどうかを判断するために用いられる。

文献1
A neoantigen vaccine generates antitumour immunity in renal cell carcinoma, David A. Braun et al, Nature volume 639, pages 474–482 (2025)