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2025/6/3

早期アルツハイマー病のバイオマーカーとしての血漿中リン酸化タウ:p-tau217

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 早期のアルツハイマー病(AD)を診断し、治療介入するためには、鋭敏なバイオマーカーが必要である。本プロジェクトは、血漿中のリン酸化タウ(p-tau217)*1が、そのようなバイオマーカーになる可能性を異なるコホート研究を用いて検討した。
  • 血漿中のp-tau217、あるいは、p-tau217/amyloid beta (Aβ)1-42は、異なるコホート研究の間で脳アミロイド病変の程度とよく相関した(AUC*2: 0.94–0.97)。
  • リアルワールド*3コホートにおいてp-tau217の特異性は低かったが、統計学的、臨床的因子(性別、年齢、アポE遺伝子型 ε4, 認知機能)を統合することによって改善した。
  • 血漿中のp-tau217、あるいは、p-tau217/ Aβ1-42は、脳脊髄液(CSF)中の分子マーカーやPET*4による評価とよく相関することから、非侵襲的かつ安価な早期ADのバイオマーカーになる可能性がある。
図1.

最近、お伝えしております様にADの治療においては、抗アミロイドβ(Aβ)モノクローナル抗体を用いた免疫療法が承認されましたが、そこまで至る過程の多くの研究から、早期に治療介入の重要性、鋭敏な感度のバイオマーカーの必要性が明らかになりました。ADのバイオマーカーに関しては、CSF中の分子やPETなどの画像診断が用いられて来ましたが、最近、最も注目されているのが、血漿中のp-tau217です。アミロイドカスケード仮説*5によれば、Tauのリン酸化・凝集は、Aβの下流に位置しますから(図1)、もし、Aβ の凝集がADの早期に重要なら、それがタウのリン酸化に反映することになり、ADのバイオマーカーとして使えるだろうと推測するのはリーズナブルに思われます。したがって、血漿中のp-tau217が、CSF中のマーカーやアミロイドPETに変わり得る非侵襲的で安価なADのバイオマーカーになる可能性が期待されます。また、タウの凝集に関しても免疫療法が精力的に研究されていますが、筆者の知る限り、現時点において、確立されていないようです。このような状況で、中国・広東省にあります広州医科大学のXiaomei Zhong博士らは、異なるコホート研究(南中国老化脳イニシャティブ、リアルワールドデータ)を解析して、血漿中のp-tau217、特に、Aβ1‐42との割合、p-tau217/ Aβ1‐42が、CSF中のマーカーやアミロイドPETの結果とよく相関することからADのバイオマーカーになる可能性を示しました。今回は、最近のAlzheimers Dementに掲載された論文(文献1)を紹介致します。これらの結果が、将来的に、治療に結びつくことが期待されます。


文献1.
Plasma p‐tau217 and p‐tau217/ Aβ1‐42 are effective biomarkers for identifying CSF‐ and PET imaging‐diagnosed Alzheimer's disease: Insights for research and clinical practice, Xiaomei Zhong et al, Alzheimers Dement 2025;21(2): e14536.


【背景・目的】

最近のAD の治療の基本的な考え方は、Aβモノクローナル抗体を用いた免疫療法などによる「疾患修飾療法*6」である。したがって、バイオマーカーを用いて、病期、病気の程度を評価することが必要であり、本プロジェクトは、血漿中のp-tau217が、CSF中のマーカーやアミロイドPETに変わり得るADのバイオマーカーになる可能性を検討することを研究の目的とした。

【方法】

  • この目的のため、いくつかのコホート研究(南中国老化脳イニシャティブSCABI:n=260、リアルワールドクリニカルプラクティスRCP: n=100)において、ELISA法により(Lumipulse G1200自動システム(Fujirebio))、血漿中の、リン酸化タウ;p-tau217, p-tau181, Aβ; Aβ1−40, Aβ1−42, ニューロフィラメント軽鎖を測定・解析した。
  • 参加者はアメリカ食品医薬品局、及び、欧州医薬品庁から承認されたCSFのバイオマーカー、PETによる脳アミロイドの状態の評価に応じて分類された。

【結果】

  • 血漿中の、p-tau217, p-tau217/Aβ1−42は脳のアミロイド病理を優れた精度で感知した。すべてのコホート研究においてAUCは0.94–0.97と非常に高値を呈した。
  • リアルワールドコホートにおいて特異性は低かったが、統計学的、臨床的因子を統合することによって改善した。
  • さらに、アミロイド陽性の参加者においては、血漿中のバイオマーカー分子はCSF中の同じ分子、PETにおけるSUV値#4と強い相関関係を示した。

【結論】

本研究は、血漿中のp-tau217が将来のADのリスクを推測する機能的なバイオマーカーになることを示唆している。しかしながら、統計学的、臨床的因子(性別、年齢、アポE遺伝子型 ε4, 認知機能)を統合することが望ましいと思われる。

用語の解説

*1.p-tau217(plasma tau phosphorylated at threonine 217; スレオニン 217 リン酸化タウ)
血液、CSF中に検出される、スレオニン 217 残基がリン酸化されたタウタンパク質。 AD 脳におけるアミロイドβ蓄積などの病理学的変化を最も高感度かつ特異的に他の神経変性疾患を高い精度で識別できることが明らかにされた(Sebastian Palmqvist, JAMA 2020)。
*2.AUC(Area under the curve,曲線下面積)
統計学/機械学習におけるAUC(Area Under the ROC Curve)とは、主に二値分類タスク(問題)に対する評価指標の一つで、「ROC曲線の下の面積」を意味する。この指標は、0.0(=0%)~1.0(=100%)の範囲の値を取り、1.0に近いほどモデルの予測性能が高いことを示す。詳細は、専門書を御覧下さい。
*3.リアルワールド
リアルワールドデータは、調剤レセプトデータや保険者データ、電子カルテデータなど、臨床現場で得られる診療行為に基づく情報を集めた、医療ビッグデータのことである。複数の疾患を併発している患者や診断名がついていないような症状もすべて記録されており、原則研究以外の目的で作成されている。詳細な症状や調剤履歴が記録されている一方で、患者名は匿名化されているため、プライバシーを保護しつつより詳細な医療データを得られる仕組みになっている。
*4.PET(Positron Emission Tomography、陽電子放出断層撮影)
PET検査は、治療前にがんの有無や広がり・他の臓器への転移がないかを調べる、治療の効果を判定する、治療後に再発がないか確認するなど、さまざまな目的で行われる精密検査である。SUV は Standardized Uptake Value の略で、集積の程度を表す半定量値です。 SUV=局所放射線量/(投与放射線量/体重)で、投与したフルオロデオキシグルコースが全身に均等に分布した場合に SUV は 1 であり、その何倍が局所に集積しているか、という数値である。
*5.アミロイドカスケード仮説
ADの発症メカニズムについては、次のような仮説が提唱されている1)~3)。まず、脳の神経細胞の細胞膜に存在するアミロイド前駆体タンパクが分解されてアミロイドβが産生され、蓄積したアミロイドβが神経細胞にダメージを与える。さらにリン酸化タウが線維を形成し、神経細胞の中に蓄積することで神経原線維変化が生じる。この蓄積したアミロイドβと神経原線維変化により神経細胞が傷害を受けて死滅していくことで脳が萎縮し、ADを発症するというものである。アミロイドβの蓄積を起点とし、それに続くリン酸化タウによる神経原線維変化の形成が神経細胞死を引き起こすという一連の流れを「アミロイドカスケード仮説」といい、AD発症メカニズム仮説のなかで最も広く支持されている。
*6.疾患修飾療法(DMT:disease modifying therapy)
疾患の原因となっている物質を標的として作用し、疾患の発症や進行を抑制する薬剤を用いた治療法を疾患修飾療法という。これは、無治療でみられる病気の自然の経過を、薬物療法で「修飾」することによって変化させるという考え方である。疾患修飾薬は、しばしば症状改善薬と対比的に用いられる。免疫に作用する薬が多くみられる関節リウマチ治療薬や、ADや多発性硬化症などの神経変性疾患で用いられることが多い。

文献1
Plasma p‐tau217 and p‐tau217/ Aβ1‐42 are effective biomarkers for identifying CSF‐ and PET imaging‐diagnosed Alzheimer's disease: Insights for research and clinical practice, Xiaomei Zhong et al, Alzheimers Dement 2025;21(2): e14536.