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2025/6/12

アレキサンダー病ラットモデルにおけるシナプス形成不全および認知機能障害

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • アレキサンダー病(Alexander disease: AxD)は、膠原線維酸性タンパク質(GFAP)遺伝子の機能獲得変異(Gain of function)*1によって引き起こされる発達遅延や運動障害を主症状とする神経障害である。
  • AxDにおいて認知機能不全は主要症状の一つにも関わらず、これまで十分に研究されていないことから、本プロジェクトはGfap + / R237Hノックインラットモデル*2の解析を通してこの問題にアプローチした。
  • その結果、シナプス蛋白やミトコンドリア蛋白発現の減少に伴った進行性の神経炎症所見が見られ、海馬の長期増強(LTP)*3は、減弱し、行動試験の結果は、認知機能の低下を示すものであった。
  • アストロサイト機能障害がAxDの学習と記憶障害につながることを示唆しており、AxDラットは、中枢神経系機能に対するアストロサイト病理の影響を検討するための新しいモデルを提供すると思われた。
図1.

AxDは、GFAP遺伝子のGain of functionによって引き起こされる神経障害であり、変異型GFAPは、野生型に比べて凝集しやすく、グリア細胞質内にローゼンタール線維*4という不溶性の構造物を形成し、アストロサイト機能不全、さらには、白質の脱髄をもたらし、最終的に発達遅延やおよび運動障害、さらには認知障害につながると考えられています(図1)。AxDは非常に希少な疾患であり、これまでに世界で約500人の患者さんが報告されており、本邦の患者数は 270万人に1人と推定されています。それらの多くは致命的であり、現在のところ効果的な治療法はありません。したがって、出来るだけ早く病態のメカニズムの理解に基づいた治療法を確立することが望まれています。最近、米国・カルフォルニア大学デービス校のRobert F Berman博士らは、AxDにおけるアストロサイト機能障害と行動障害との関連をよりよく理解するために、Gfap + / R237Hノックインラットモデルを開発したところ、これらのラットは繁栄の失敗、運動障害、大脳白質欠損など、AxD患者さんの臨床的特徴の多くを反復しました(Berman, Sci Transl Med 2021)。Berman博士らは、引き続き、Gfap +/ R237Hラットが、追加の臨床的に関連する表現型としてシナプス可塑性および認知障害の低減も示し、モデルとしての有用性をさらに実証することを示しました。特に、+/R237H若年成人動物(〜80日齢)における海馬転写分析は、自然免疫応答とシナプスおよび代謝遺伝子発現の喪失を伴う神経変性の特徴を明らかにしました。これらの結果は、アストロサイト機能障害がAxDの学習と記憶障害につながることを示唆しており、AxDラットは、中枢神経系機能に対するアストロサイト病理の影響を調査するための新しいモデルを提供し、AxDおよびアストロサイト病理を有する他の神経変性疾患に対する効果的な治療法のさらなる開発に不可欠なプラットフォームを提供すると思われました。これらの結果は、最近のeNeuro*5に掲載されましたのでその論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
GFAP mutation and astrocyte dysfunction lead to a neurodegenerative profile with impaired synaptic plasticity and cognitive deficits in a rat model of Alexander disease, Berman RF et al, eNeuro 2025 Mar 10;12(3):ENEURO.0504-24.2025.


【背景・目的】

最近、ゲノム編集CRISPR-Cas9法*2により、Gfap + / R237Hノックインラットモデルを開発して解析したところ、これらのラットは、繁栄の失敗、運動障害、大脳白質欠損など、AxD患者さんの臨床的特徴に似た多くの症状を呈した(Berman, Sci Transl Med 2021)。AxDにおける認知症状は主要症状の一つにも関わらず、これまで、言及されていないことから、これを明らかにすることが本研究の目的である。

【方法】

上記の目的のため、Gfap + / R237Hノックインラットモデルの認知機能の解析を行った。

【結果】

  • 雌雄のラットいずれにおいても、進行性の神経炎症所見(ELISA; I L-1β, I L-6, IFN-γ, TNF-α, CXCL1, CXCL2, CCL2, CCL3など)に伴い、シナプス蛋白(ウェスタンブロット;SV2A, PSD95, VGlu T1, GluA1など)やミトコンドリア蛋白(ウェスタンブロット;NDUFB8, SDHB, MTCO1, UQCRC2, ATP5A)発現の減少が見られた。
  • これらの結果に一致して、海馬のLTPは減弱し、バーンズ迷路*6、及び、新規オブジェクト認識テスト*7 の行動試験の結果は、認知機能の低下を示すものであった。

【結論】

本研究の結果は、アストロサイト機能障害がAxDの学習と記憶障害につながることを示唆している。したがって、AxDラットは、中枢神経系機能に対するアストロサイト病理の影響を検討するための新しいモデルを提供すると考えられる。

用語の解説

*1. 機能獲得変異(Gain of function, GOF)
GOF変異は、遺伝子の変異が原因で、その遺伝子の産物が通常とは異なる新しい機能を獲得する現象を指す。特にがんの研究において、GOF変異は重要な役割を果たしている。
*2.Gfap + / R237Hノックインラットモデル
最近、ゲノム編集CRISPR-Cas9法(「CRISPRシステムによるTDP-43プロテイノパチーの遺伝子治療の可能性」 2023年7月4日参照)により、Gfap + / R237Hノックインラットモデルを作成して解析した(Berman, Sci Transl Med 2021)。マウスと比べ、ラットは生理的特徴、形態と遺伝子が人類にもっと近い。同時に、ラットは大きい体と臓器があり、数回のサンプリング、及び体内の電気生理学、神経外科と神経影像学のプログラム操作を行いやすい。そのため、ラットは毒理学、奇形学、内分泌学、腫瘍学、神経病学、実験老年学、心血管、歯科と実験寄生虫学等の研究にもっと適切である。
*3.長期増強 (long-term potentiation LTP)
LTPとは、化学シナプスの高頻度刺激の後に起きるシナプス結合強度の持続的増加のことである。長期増強の研究はよく、学習と記憶に重要な器官である海馬のスライス切片を用いて行われる。このような研究では、細胞から電気生理学的記録が行われ、結果は上のようなグラフにプロットされる。このグラフでは、長期増強が起きたシナプスと起きる前のシナプスにおける刺激に対する応答が比較されている。長期増強が起きたシナプスでは、そうでないシナプスに比べて刺激に対する電気的応答が強くなっている。長期増強という用語はシナプス強度の増加(増強)が、他のシナプス強度への影響に比べて長期間持続するためにつけられた。
*4.ローゼンタール線維
星状膠細胞(アストロサイト)が増殖し、グリア線維が変性した好酸性の棍棒状構造物。 著明なグリオーシスの病変部や、緩徐進行性に増殖するグリア系腫瘍(毛様細胞性星細胞腫など)に認められる。 GFAP遺伝子変異によるAxDでは、軟膜下や血管周囲にローゼンタールファイバーが多数認められる。
*5.eNeuro
eNeuro は、北米神経科学会(Society for Neuroscience: SFN)が発行するオープンアクセスの査読付き科学雑誌である。このジャーナルは、神経科学の分野だけに焦点を当てた高品質で広範な研究を掲載している。
*6.バーンズの迷路(Barnes maze)
バーンズの迷路は、空間学習と記憶を研究するためのよく知られたパラダイムである。円盤の周囲に等間隔で穴が20 個開いており、内1箇所には円盤裏側に逃避用のエスケープ・トンネルがセットされている。 明るく、ツルツルな表面を嫌うマウスは穴を覗いているうちにエスケープ・トンネルがセットされた穴にたどり着く。
*7.新規オブジェクト認識テスト(Novel object recognition tests)
マウスの記憶・学習を評価するための簡単かつ効率的なアッセイですある。それは、記憶増強化合物の有効性、ある種の他の化合物の記憶への(ネガティブ)効果、遺伝学または年齢の記憶への影響などを試験するために使用することができる。

文献1
Plasma p‐tau217 and p‐tau217/ Aβ1‐42 are effective biomarkers for identifying CSF‐ and PET imaging‐diagnosed Alzheimer's disease: Insights for research and clinical practice, Xiaomei Zhong et al, Alzheimers Dement 2025;21(2): e14536.