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2025/7/3

VEXAS症候群における造血性クローン優勢のメカニズム

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • VEXAS症候群は、UBA1遺伝子の体細胞変異が原因で成人以降、多彩な炎症性病態を発症する自己炎症性疾患である。VEXAS症候群における造血性クローン優勢のメカニズム*1は不明でありこれを解明する必要がある。
  • VEXAS症候群の患者さんの骨髄液解析のコホート研究において、造血幹細胞および前駆細胞(HSPCs)*2は、おそらく老化様状態になり、炎症性環境に対してより耐性を獲得することが予想された。
  • 他方、野生型の細胞は炎症性環境において、徐々に消耗し、機能的造血が全体的に損なわれ、骨髄機能不全につながると思われた。
  • 本研究の結果は、VEXAS症候群の治療戦略を得るための前臨床試験や予備的な洞察を得るためのモデルを提供する。
図1.

VEXAS 症候群は、X染色体上に位置するUBA1遺伝子に体細胞変異を有する優勢な造血クローンによって引き起こされる、大球性貧血、再発性多軟骨炎、血管炎、骨髄異形成症候群などの、多彩な炎症性病態を呈する、主に成人以降の男性で発症する自己炎症性疾患です。VEXAS 症候群は、比較的、最近(2020年)に同定されたので、まだ、治療方法が確立されていません。そこで、治療のガイドラインにする目的でシステマティックレビュー•メタ解析が行われた結果、抗白血病薬のアザシチジン、抗炎症薬のJAK阻害剤やIL-6阻害剤などが実行可能な選択肢であると推定されました(「VEXAS症候群の治療に関するシステマティックレビュー•メタ解析」 2025年6月26日参照")。しかしながら、根本治療を確立するためには、原因となる病態メカニズムに基づいた治療法を開発することが必要です。VEXAS症候群において、造血性クローンが優勢になるメカニズムをどう理解すれば良いのでしょうか? これに対して、イタリア・ミラノにあるサン・ラファエレ大学のMolteni, R博士らは、VEXAS症候群の男性患者さんの骨髄液解析のコホート研究において、HSPCsは、おそらく老化様状態になり、炎症性環境に対してより耐性を獲得しますが、その一方で、VEXAS変異型クローンによって圧倒された野生型の細胞は徐々に消耗し、機能的造血が全体的に損なわれ、骨髄機能不全につながる可能性を示しました(図1)。今回は、最近のNature Medicineに掲載された論文(文献1)を紹介医たします。これらの結果が、将来的に、治療に結びつくことが期待されます。


文献1.
Mechanisms of hematopoietic clonal dominance in VEXAS syndrome. Molteni, R., Fiumara, M., Campochiaro, C. et al. Nat Med 31, 1911-1924 (2025).


【背景・目的】

VEXAS 症候群は、最近、発見された成人以降に発症する自己炎症性疾患であり、UBA1遺伝子に体細胞変異を有する優勢な造血クローンによって引き起こされると考えられているが、造血性クローン優勢のメカニズムは明らかでない。さらに、VEXAS 症候群のモデルの欠如は根治療法開発の妨げとなる。これらの問題点を克服することが本研究の目的である。

【方法】

本研究では、VEXAS症候群の男性患者さん9人(健常者〜4人)を観察し、造血*2、及び、シングルセルトランスクリプトーム解析*3により、免疫形質の評価を行った。その結果、すべての系統の血球細胞に炎症が蔓延していた。

【結果】

  • VEXAS症候群患者さん由来のHSPCsは、ミエロイド細胞産生に偏向した特殊な骨髄造血「myelopoiesis」が生じ、細胞老化様のプログラムを獲得していた。
  • 健常者由来のHSPCsにゲノム編集によってVEXAS症候群におけるアミノ酸変異(Met41Thr)を導入したところ、血液学的、炎症と共に、蛋白恒常性の欠如、細胞学的変化、患者さんで見られる様な老化の特徴を繰り返した。
  • 変異型のHSPCsと野生型のHSPCsを免疫不全マウスに競争的移植*4を行った時、変異型のHSPCsは恐らく老化様状態になり、炎症性環境に対してより耐性を獲得したが、野生型のHSPCsは徐々に消耗し、変異型のHSPCsの数に圧倒され、機能的造血が全体的に損なわれ、骨髄機能不全につながった。

【結論】

本研究の結果は、VEXAS症候群において、造血性クローンが優勢になるメカニズムを示唆しており、今後の治療戦略を得るための前臨床試験や予備的な洞察を得るためのモデルを提供する。

用語の解説

*1. 優勢な造血クローン
一見健康に見える高齢者においても、遺伝子変異を有する造血細胞のコピーが加齢するにしたがって増えていき、血液がんの発症リスクが上昇することが最近になって明らかになってきた。この状態はクローン性造血(Clonal hematopoiesis: CH)と呼ばれ、血液疾患に限らず、心筋梗塞や脳卒中のような血管病変のリスクも上昇させることから、その病態の解明や治療法の開発が課題となっている。
*2.造血幹前駆細胞 (Hematopoietic stem and progenitor cells:HSPCs)
造血系は、血液の源となるHSPCsから血液細胞が作られる仕組みであり、骨髄で恒常的に維持されている。血液細胞はすべて、造血幹細胞と呼ばれる細胞に由来する。 造血幹細胞は、骨髄内に存在しており、そこで20 回以上の細胞分裂を経て、赤血球、白血球そして血小板へ成長していく。この過程が造血であり、血球造血、血球新生、血球産性とも言う。
*3.シングルセルトランスクリプトーム解析
組織切片上のRNAを1分子ごとに検出し細胞境界情報と併せて解析することで、1細胞ごとにトランスクリプトーム解析を実施する手法である。個々の遺伝子が発現する位置(組織内の細胞)と量を計測する遺伝子発現解析ができる。

トランスクリプトーム(transcriptome)は、細胞中に存在する全ての転写産物(タンパク質をコードするmRNA、タンパク質をコードしないノンコーディングRNA、マイクロRNAなど)の総体である。トランスクリプトームは、ゲノムとは異なり、同一の個体でも、組織ごとに、更には発生段階や細胞外環境や刺激によって変化する。トランスクリプトームは、同質あるいは異質の多数の細胞集団(組織、培養細胞)からRNA抽出後、cDNAに変換し、それを1990年代に出現したDNAマイクロアレイのように数多くの既知mRNAを識別する技術によって解析されるようになった。その後、次世代シーケンサーの利用により、希少mRNAやノンコーディングRNAを含めた未知の転写産物の高感度検出が可能になるとともに、スプライシングで成熟していく過程のmRNAなど、転写産物の種類だけでなく、転写産物の構造的差異(スプライシングバリアント、SNPs、変異など)の解析もできるようになった。加えて、ヒトやモデル実験動物(マウス、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエ、線虫など)だけでなく、多種多様な生物のトランスクリプトームの把握も可能になった。
*4.競争的移植(Competitive transplantations)
疾患の原因となっている物質を標的として作用し、疾患の発症や進行を抑制する薬剤のことをいう。 しばしば症状改善薬と対比的に用いられる。

文献1
Mechanisms of hematopoietic clonal dominance in VEXAS syndrome. Molteni, R., Fiumara, M., Campochiaro, C. et al. Nat Med 31, 1911-1924 (2025).