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2025/7/11

リステリンによるESCRT 経路を介したαシヌクレイン分解の促進

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 最近の研究は、「輸送にとって必要なエンドソーム調整複合体」ESCRTが、αシヌクレイン(αS)の病態抑制に関与している可能性を示唆するが、詳細なメカニズムは明らかではない。
  • 本プロジェクトは、E3ユビキチンリガーゼ*1であるリステリンを同定し、リステリンによるαSの分解がESCRTと共局在し、ESCRTの活性に依存していることを示した。
  • さらに、マウスにおけるリステリンの条件付きノックアウト、ウイルスべクターによるリステリンの過剰発現の結果は、パーキンソン病(PD)の治療におけるリステリンのポテンシャルを支持するものであった。
図1.

PDの治療研究に関しては、抗αSモノクローナル抗体による免疫療法や抗糖尿病療薬エキセナチド*2の効果が、臨床試験において確認されなかったことから、さらなるメカニズムの解明、及び、それに基づいた新規治療法の開発が必要な状況です。実際、これまでご紹介しておりますように、いくつかのプロジェクトが進行していますが、それ以外にも、押さえておいた方が良いと思われる分子の一つに、ESCRT *3があります。ESCRT(Endosomal Sorting Complexes Required for Transport)は、その名の通り、「輸送にとって必要なエンドソーム調整複合体」であり、細胞膜の再構築に関与することが知られています。 興味深いことに、最近の研究は、ESCRTがαSの分解に重要であり、ESCRTの機能不全がαSの凝集、PDなどの神経変性疾患を促進すると考えられていますが、その詳細なメカニズムは明らかでありません。この問題を明らかにするために、中国・山東大学(Shandong University)のFei Qin博士らは、細胞モデルにおいて、E3ユビキチンリガーゼ#1であるリステリンが、αSのポリユビキチン化を促進し、エンドソームに送り込み、その後、分解させること(図1)、これらの現象の局在はESCRT経路に一致し、ESCRTの機能を抑制するとαSの分解が減少して発現量が増加することを示しました。さらにリステリン遺伝子の条件付きノックアウトマウス*4由来の初代培養神経において、αSの神経変性作用は亢進し、逆に、Α53ΤαSトランスジェニックマウスにおける神経変性所見は、リステリンをウイルスベクターで過剰発現させることにより改善することを示し、リステリンの発現を増大させることがPDの治療に結びつく可能性を提唱しました。これらの結果は、Science Advancesに掲載されましたので、今回は、この論文(文献1)を取り上げます。このようにαS病態のメカニズムに基づいた治療法が開発されることが期待されます。


文献1.
Listerin promotes α-synuclein degradation to alleviate Parkinson’s disease through the ESCRT pathway, Fei Qin et al., 2025, SCIENC ADVANCES Vol 11, Issue 7
DOI: 10.1126/sciadv.adp3672


【背景・目的】

PDは、中脳黒質のドーパミン神経にαSが過剰に蓄積して神経変性を引き起こすが、αSのクリアランスのメカニズムは不明瞭である。したがって、本プロジェクトは、ユビキチン化αSのクリアランスに対するESCRT経路の促進効果を評価する目的で、細胞・マウスモデルを用いた研究を行った。

【方法・結果】

  • SH-SY5Y神経芽細胞の溶解物より免疫沈降、続いて質量分析解析を行ない、αS相互作用因子として、E3ユビキチンリガーゼ*1、リステリンを同定した。
  • リステリンはSH-SY5Y、Tet on/off HEK293細胞*5>の系において、αSのポリユビキチン化(-K27)を促進することが示された。
  • 共焦点顕微鏡による細胞サブローカライズの解析は、はエンドソーム上のリステリンと強く共局在化していることを示していた。
  • αSとリステリンがESCRTの重要な要素であるTsg101と強く共局在化することを見い出した。
  • αS細胞毒性におけるリステリンの役割を解明するために、リステリン・フロキシングマウス(Listerinfl/flリステリンfl/flマウス)とネスチン・クレア・トランスジェニック・マウス(Nes-Creネスクレマウス)を交配して、条件付きノックアウトマウスを作製し、海馬由来の初代培養神経細胞を解析した。その結果、リステリンのノックアウトにより、αSの発現量は上昇し、細胞毒性は憎悪した。
  • A53TαSトランスジェニックマウスにおける神経変性所見は、リステリンをウイルスベクターで過剰発現させることにより改善した。

【結論】

本研究の結果は、αS分解のメカニズムを明らかにし、E3リガーゼリステリンがPD治療の有望なターゲットになる可能性を示唆している。

用語の解説

*1.E3ユビキチンリガーゼ
E3ユビキチンリガーゼ(または、E3リガーゼ)は、ユビキチンが結合したE2ユビキチン結合酵素を呼び寄せ、タンパク質の基質を認識し、E2から基質へのユビキチンの転移を助ける、もしくは直接的に触媒するタンパク質である。ユビキチンは標的タンパク質のリジン残基にイソペプチド結合によって付加される。E3リガーゼは標的タンパク質とE2酵素の双方と相互作用し、それによってE2酵素へ基質特異性が付与される。一般的にE3リガーゼは、48番のリジン残基を介して連結されたユビキチンの鎖を基質に付加してポリユビキチン化し、プロテアソームによる破壊の標的にする。しかしながら、他の多くのタイプの連結も可能であり、それによってタンパク質の活性、相互作用、または局在が変化する。E3リガーゼによるユビキチン化は、細胞の移動、DNA修復、シグナル伝達など多様な活動を調節しており、細胞生物学において極めて重要である。また、E3リガーゼは細胞周期の制御においても主要な因子であり、サイクリンやサイクリン依存性キナーゼ阻害因子の分解に関与する。ヒトゲノムには600種類以上のE3リガーゼがコードされていると推定されており、とてつもない基質多様性が可能となっている。
*2. エキセナチド(Exenatide)
エキセナチドはアメリカドクトカゲの下顎から分泌される毒液に含まれるペプチド(Exendin-4)であり、医薬品として用いられる (効能・効果; 2型糖尿病)。ヒトグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)と同様の作用を持つ。すなわち、膵臓のランゲルハンス島β細胞からの血糖依存的インスリン分泌促進、同α細胞からのグルカゴン分泌抑制、胃からの内容物排出速度の低下である。1日2回の皮下注射が必要な製剤(バイエッタ)と、週1回の皮下注射を必要とする製剤(ビデュリオン)の2種類がある。重大な副作用として、低血糖、腎不全、急性膵炎(バイエッタ:0.7%、ビデュリオン:0.2%)、アナフィラキシー反応、血管浮腫、腸閉塞が添付文書に記載されている。
*3.ESCRT(Endosomal sorting complexes required for transport)
ESCRTは細胞質のタンパク質複合体で、ESCRT-0、ESCRT-I、ESCRT-II、ESCRT-IIIという種類が存在する。これらのESCRT複合体は、他の補助タンパク質とともに独特な形式で細胞膜のリモデリングを行い、膜を屈曲させたり切り離したりする。酵母やヒトを含む多くの生物で、ESCRTの構成要素の単離と研究が行われている。ESCRTは、多胞体(multivesicular body)の生合成、細胞質分裂、ウイルスの出芽など、多数の細胞過程に重要な役割を果たす。多胞体の生合成とは、ユビキチンでタグ付けされたタンパク質が小胞形成を介してエンドソームと呼ばれる細胞小器官へ入る過程である。この過程は、誤ったフォールディングをしたタンパク質や損傷したタンパク質を破壊するために必須の過程である。ESCRTがなければこれらのタンパク質は蓄積し、神経変性疾患が引き起こされる。
*4.条件付きノックアウトマウス
特定の遺伝子について、臓器や時期特異的に遺伝子の機能を破壊されたマウス。 全身性のノックアウトマウスでは胎性致死となり形質解析できない場合に用いられる。
*5.Tet on/off HEK293細胞(発現誘導システム)
システムの構築は簡単に行うことができる。まず、TREプロモーターの下流に目的遺伝子をクローニングし、その後、このプラスミドをTet-On細胞株(G418-耐性)に導入し、安定発現株の選抜を行う。リバーステトラサイクリン制御性トランス活性化因子(rtTA)は、ドキシサイクリンの存在下でテトラサイクリン応答因子(TRE)プロモーターに結合し目的遺伝子の発現を活性化する。Tet-On Cell LineはこのrtTAを安定的に発現する細胞株である。

文献1
Listerin promotes α-synuclein degradation to alleviate Parkinson’s disease through the ESCRT pathway, Fei Qin et al., 2025, SCIENC ADVANCES Vol 11, Issue 7, DOI: 10.1126/sciadv.adp3672