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一般向け 研究者向け 査読前論文

2025/7/17

αシヌクレイン・フィブリルによるESCRT-IIIの機能阻害

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • パーキンソン病(PD)の病態において、細胞内αシヌクレイン(αS)凝集体(フィブリル)はESCRT-III*1 系のサブユニットを含む多数の蛋白質を隔離する。本プロジェクトは、その病理学的意義の解明を研究目的にした。
  • 細胞モデルにおいて、αSフィブリルがESCRT-III蛋白質に共通のα-ヘリックス*2と相互作用する事が観察された。
  • αSフィブリルに隔離されたESCRT-III蛋白はプロテアソームで側副分解*3され、その量が枯渇することにより機能が低下して、エンドリソソームを通したαSの分解は減少した。また、ESCRT-IIIによるエンドリソソーム膜修復は抑制され、エンドリソソーム膜からαSフィブリルが漏出することにより、細胞内αSフィブリルの量は増加した。
  • 以上から、αSフィブリルとESCRT-III機能の相互作用がシクレイノパチー病態を進行させると考えられた。
図1.

前回、PDなどのシクレイノパチーの病態において、ESCRT*1経路がαSの分解に重要な役割を果たしている事をお伝えいたしました(「リステリンによるESCRT 経路を介したαシヌクレイン分解の促進」〈2025/7/11掲載〉)。他方、αSによるESCRT*1の機能の妨害がPDなどの神経病理に関与しているのではないかという最近の見解によれば、αSの凝集とESCRTの機能不全の相互作用が神経変性病態の進行に重要であると思われます。しかしながら、現時点で、そのメカニズムは明らかでありません。ドイツ・マックスプランク研究所のCole S. Sitron博士らは、細胞モデルとインビトロの再構成の実験を通してこの問題にアプローチし、その結果、細胞内αSフィブリルはESCRTの中でも中心的な役割を果たすESCRT-III系のサブユニットを含む多数の蛋白質を隔離し、それらがプロテアソームで処理(側副分解)され、ESCRT-IIIの量が枯渇して、機能が低下するため、エンドリソソームを通したαSの分解が低下する可能性を示しました(図1)。さらに、ESCRT-IIIによるエンドリソソーム膜修復が抑制されるため、エンドリソソーム膜からαSが漏出することにより、細胞内αSフィブリルの量は増加しました。この様にして、αSの凝集によるESCRTの隔離のフィードバックループが形成され、神経変性を促進すると考えられます(図1)。これらの結果は、査読前論文としてbioRxivに掲載されていますので、今回は、この論文(文献1)を取り上げます。αSだけでなく、その他の細胞質内アミロイド蛋白に関しても同様のメカニズムが成り立つ可能性があり、神経変性疾患に対する一般的な治療法の開発に結びつくことが期待されます。


文献1.
α-Synuclein aggregates inhibit ESCRT-III through sequestration and collateral degradation, Cole S Sitron et al., 2025, bioRxiv Posted January 13, 2025


【背景・目的】

PDなどのシヌクレイノパチーの病態において、細胞内αS凝集体はエンドリソソーム膜修復のためのESCRT-III系のサブユニットを含む多数の蛋白質を隔離するが、その病理学的意義は明らかとは言えない。これを理解する事を本研究の目的とする。

【方法・結果】

  • 細胞モデルには、A53TαS発現誘導Tet on/off HEK293細胞(A53TαSはフィブリル形成しやすいことが知られている)(「リステリンによるESCRT 経路を介したαシヌクレイン分解の促進」〈2025/7/11掲載〉)または、マウス胎児(E15.5)の初代培養を用いた。これらの細胞において、αSフィブリルがESCRT-III蛋白質に共通の-ヘリックスと相互作用することを見出した。
  • この相互作用はESCRT-IIIサブユニットの隔離をもたらし、「側副分解」の過程において、それらのプロテアソームにおける破壊を引き起こす。この機構は利用可能なESCRT-IIIプールを枯渇させ、毒性フィードバックループを開始すると思われた。
  • ESCRT機能の引き続く喪失は、エンドリソソーム膜を粗雑にする結果、αSフィブリルの細胞質への脱出を促進し、その結果、細胞質におけるαS凝集とESCRT-III隔離を増加させた。

【結論】

側副分解とフィードバックによる自己永続化システムの誘発に焦点を当てた治療法が開発されることが期待される。また、αSだけでなく、その他の細胞質内アミロイド蛋白に関しても同様に成り立つ可能性があり、神経変性疾患に対する一般性があるかも知れない。

用語の解説

*1.ESCRT(Endosomal sorting complexes required for transport)、ESCRT-III
リステリンによるESCRT 経路を介したαシヌクレイン分解の促進〈2025/7/11掲載〉)。
ESCRTは細胞質のタンパク質複合体で、ESCRT-0、ESCRT-I、ESCRT-II、ESCRT-IIIという種類が存在する。これらのESCRT複合体は、他の補助タンパク質とともに独特な形式で細胞膜のリモデリングを行い、膜を屈曲させたり切り離したりする。酵母やヒトを含む多くの生物で、ESCRTの構成要素の単離と研究が行われている。ESCRTは、多胞体(multivesicular body)の生合成、細胞質分裂、ウイルスの出芽など、多数の細胞過程に重要な役割を果たす。多胞体の生合成とは、ユビキチンでタグ付けされたタンパク質が小胞形成を介してエンドソームと呼ばれる細胞小器官へ入る過程である。この過程は、誤ったフォールディングをしたタンパク質や損傷したタンパク質を破壊するために必須の過程である。ESCRTがなければこれらのタンパク質は蓄積し、神経変性疾患が引き起こされる。
*2. α-ヘリックス(Alpha helix)
α-ヘリックスはタンパク質の二次構造の共通モチーフの1つで、ばねに似た右巻きらせんの形をしている。骨格となるアミノ酸の全てのアミノ基は4残基離れたカルボキシ基と水素結合を形成している。
タンパク質中に見られるαヘリックスは4から40以上の残基によって構成されているが、多いのは10残基程度のものである。溶液中の短いポリペプチド鎖は、ヘリックスを形成するのに要するエントロピーがヘリックスを結合することによる安定性によって補償されないため、αヘリックス構造を取ることはあまりない。αヘリックスの水素結合はβシートの水素結合よりも弱く、周囲の水分子の影響を受けやすいと言われている。しかし細胞膜の様な疎水的な環境やトリフルオロエタノールなどの共溶媒中では、オリゴペプチドも安定なαヘリックス構造を取ることができる。
*3.側副分解(Collateral degradation)
E主たる現象があり、それに伴って蛋白分解されること、付随的分解とも言う。本論文の場合、αSによりESCRT-IIIが隔離されることが主たる現象であり、側副分解としてESCRT-IIIがプロテアソームで分解される。

文献1
α-Synuclein aggregates inhibit ESCRT-III through sequestration and collateral degradation, Cole S Sitron et al., 2025, bioRxiv Posted January 13, 2025