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2025/7/24

認知症の危険因子としての高血圧

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 認知症の治療には、病早期より治療の介入が重要である。この意味で、「高血圧が認知症の危険因子であり、高血圧の治療が、認知症の早期治療に結びつく可能性がある」という仮説は、高血圧の頻度*1の高さを考慮すれば、魅力的である。
  • 本プロジェクトは、中国農村部の約34,000人の未治療の高血圧の患者さんを対象に、無作為に割り当てた163の村では降圧剤による治療介入を行い、別の163の村では治療介入を行わず、48ヶ月後に2つの群の認知症の進行具合を評価して比較解析した。
  • 降圧剤による治療介入した群は、治療介入しなかった群に比べて、あらゆるタイプの認知症の進行が抑制されていた。
  • 以上の結果は、高血圧の患者さんにおける降圧剤治療が認知症予防に有効である可能性を示唆する。
図1.

最近の研究により、「アルツハイマー型認知症」の根本治療には、病早期に治療介入する必要がある事が示されてきました。認知症には、その他、「血管性認知症」、「レビー小体型認知症」、「前頭側頭型認知症」など、さまざまな種類がありますが、恐らく、これらの疾患においても、類似したメカニズムが介在し、それに基づいた早期治療が重要です。そのメカニズムの一つとして考えられるのは、高血圧です(図1)。以前より、高血圧の治療により、認知症の症状も改善したという報告が小〜中規模のコホート研究で報告されてきました。高血圧が認知症の危険因子であり、高血圧の治療が、認知症の早期治療に結びつくかも知れないと言うのは、興味深い仮説ですが、現時点で確定したわけではありません。テキサス大学サウスウェスタン・メディカルセンターのJiang He博士、及び、共同研究者は、これを明らかにするために、中国農村部の約34,000人の未治療の高血圧の患者さんを対象に、降圧剤による治療介入を行った群、及び、治療介入を行わなかった群、の2つの群において、48ヶ月後に認知症の程度を評価しました。その結果、降圧剤による治療介入した群は、治療介入しなかった群に比べて、あらゆるタイプの認知症の進行が抑制されていました。これらの大規模なクラスターランダム化試験*2の結果は、高血圧における降圧剤による認知症予防の有効性を示唆するものであり、Nature Medicineに掲載されましたので、今回は、この論文(文献1)を取り上げます。今後は、メカニズムの解明を行う事が重要であると思われますが、高血圧の頻度の高さを考慮すれば、認知症の一般的な早期治療法の開発に結びつくかも知れません。


文献1.
Blood pressure reduction and all-cause dementia in people with uncontrolled hypertension: an open-label, blinded-endpoint, cluster-randomized trial, Jiang He et al., 2025, Nature Medicine volume 31, pages 2054–2061 (2025)


【背景・目的】

認知機能障害は、世界中において、死亡、及び、障害の主たる原因になっている。本研究の目的は、高血圧の治療が、あらゆるタイプの認知症の早期予防治療に結びつくのではないかという仮説を検討することである。

【方法】

中国農村部における40歳以上の未治療の高血圧患者さん33,995 名に対して、降圧剤による高血圧の治療介入の有無が、あらゆるタイプの認知症の発症・進行にどのような影響を及ぼすか検討した。具体的には、無作為に割り当てた163の村において、降圧剤による治療介入し、他の163の村では、治療介入しないで、2つの群において、48ヶ月後に認知症を評価して比較解析する臨床治験;オープンラベル*3、エンドポイントブラインド*4、クラスターランダム化試験、である。ClinicalTrials.gov: NCT03527719.

【結果】

  • 降圧剤による治療介入した群は、訓練を受けた非医師コミュニティヘルス提供者の指導で収縮期血圧130 mmHg、拡張期血圧80 mmHg未満を目標とし、かかりつけ医の監督下で治療した。48ヶ月後には、収縮期血圧が22.0  mm Hg (95% 信頼区間CI 20.6 to 23.4; P < 0.0001)、拡張期血圧が、9.3 mm Hg (95% CI 8.7 to 10.0; P < 0.0001) 低下した
  • 治療介入した群は、治療介入しなかった群に比べて、あらゆるタイプの認知症の主要項目が低かった(risk ratio: 0.85; 95% CI 0.76 to 0.95; P = 0.0035)。すなわち、認知症の発症・進行が抑制されていた。
  • さらに、介入により重篤な有害事象の発生頻度が減少した(risk ratio: 0.94; 95% CI 0.91 to 0.98; P = 0.0006)。

【結論】

本クラスターランダム化試験の結果は、高血圧の患者さんにおいて降圧剤治療による認知症予防の有効性を示唆するものである。

用語の解説

*1.高血圧の頻度
高血圧は、血圧の値のうち上の血圧が140 mmHg以上の場合、または下の血圧が90 mm Hg以上の場合、あるいはこれらの両方を満たす場合に診断される。そのままにしておくと動脈硬化が進行して脳卒中や心臓病、腎臓病など重大な病気になる危険性が高まります。高血圧はわが国で患者数がもっとも多い病気で、現在約4300万人の患者さんがいると推計されている。そのなかで適切に血圧がコントロールされているのは、わずか1200万人程度と考えられている。残り3100万人のなかには、治療をしても目標の血圧に達していない人だけでなく、自分が高血圧であるか知らない人、知っていながらも治療がなされていない人もかなり含まれるので、注意が必要である。
*2.クラスターランダム化試験 (Cluster Randomized Trial)
クラスターランダム化試験とは、地域や施設、学校などを一つのまとまり(クラスター)として、無作為割付を実施する試験デザインである。
*3.オープンラベル(Open-label)
オープンラベルは、医療スタッフや患者さん本人がどのような治療を受けているのか知っている状態で行われる試験のことである。
*4.エンドポイントブラインド(Blinded Endpoint)
実際の臨床研究では、倫理的な観点からだけでなく、技術的にも被検者や治療者に情報を伏せることが難しいことがある。したがって、エンドポイントブラインドとは、各症例がどの群に割付けられたかを知らない第三者がエンドポイントの評価を行うことにより盲検化する。これに対してダブルブラインド(Double blind:二重盲検法)というのは一般に被検者と現場の医師に対して割付け結果が盲検化されている,という意味である。

文献1
Blood pressure reduction and all-cause dementia in people with uncontrolled hypertension: an open-label, blinded-endpoint, cluster-randomized trial, Jiang He et al., 2025, Nature Medicine volume 31, pages 2054–2061 (2025)