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2025/7/31

血漿Aβ濃度と認知障害の相関性に対する高血圧の影響

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 早期認知障害において、高血圧が血漿アミロイドβ(Aβ)の動態に影響を与えている可能性があり、これを明らかにする必要がある。
  • 本プロジェクトは、中国北西地方の農村部に居住する1,488人の早期認知機能障害の患者さんを対象にして、高血圧の有無と血漿中のAβサブタイプ濃度の相関性を解析する横断的研究*1である。
  • その結果、高血圧を呈した737人においては、血漿Aβ40とAβ42の同時増加が、高血圧の無い751 人においては、血漿Aβ40の低下が認知機能障害と相関した。
  • これらの知見は、認知機能障害の検出において高血圧を考慮する必要があることを強調する。
図1.

先月、血漿中リン酸化タウが早期アルツハイマー病(AD)のバイオマーカーとして有望であるという論文を御紹介しました(「早期アルツハイマー病のバイオマーカーとしての血漿中リン酸化タウ:p-tau217」2025年6月3日参照)。最近の抗Aβモノクローナル抗体による免疫療法がADの第3相臨床治験に成功した事から、血漿Aβも早期ADのバイオマーカーとして使えるだろうと思われますが、現時点では、一定の見解が得られていません。その理由として考えられるのは、他の因子が認知障害の病態におけるAβの動態に影響を与える可能性です。前回、お伝えしましたように、高血圧が認知症の危険因子であり、高血圧の治療が、認知症の早期治療に有効であるかも知れないことから(「認知症の危険因子としての高血圧」2025年7月24日参照)、高血圧が認知障害の病態におけるAβの動態に影響を与える可能性が想定されます(図1)。中国・西安交通大学のLiu Z博士らは、これを明らかにするために、中国北西地方の農村部に居住する1,488人の早期認知機能障害の患者さんを対象にして、高血圧の有無と血漿中のAβサブタイプの濃度の相関性を解析する横断的研究*1を行いました。その結果、高血圧のある患者さんでは、Aβ40と Aβ42が同時に増加する一方で、高血圧を伴わない患者さんでは、Aβ40が減少することが観察されました。これらの結果は、高血圧が早期認知障害の病態において血漿Aβの動態に影響を与えることを示すものであり(図1)、認知障害のバイオマ―カーや治療法開発の面から重要です。今回は、最近のFront. Aging Neurosci.に掲載された論文(文献1)を取り上げます。今後は、詳細なメカニズムの検討が望まれます。


文献1.
Hypertension moderates the relationship between plasma beta-amyloid and cognitive impairment: a cross-sectional study in Xi’an, China. Liu Z et al, Front. Aging Neurosci. (2025) 17:1532676.


【背景・目的】

血漿Aβが早期ADや認知機能障害のバイオマーカーとして使えるかどうか、一定の見解が得られていない。特に、高血圧がそれらにどのような影響を及ぼすのか不明である。本研究は、血漿Aβと認知機能障害の関係を横断研究により、明らかにすることを目的とする。

【方法】

中国北西地方農村部における1488人の早期認知機能障害(ミニメンタルステート検査*3のスコアで評価)の患者さん(40歳以上)に対して、血漿Aβの測定値により、Aβ40, Aβ42をそれぞれ2分し、4つのグループ(I〜IV)に分類した;I. L-Aβ40・L-Aβ42, II. H-Aβ40・L-Aβ42, III. H-Aβ40・L-Aβ42, IV. H-Aβ40・H-Aβ42. 多変量ロジスティック回帰分析*2により、総人口、高血圧グループ、非高血圧グループのそれぞれにおいて、血漿Aβと認知機能障害の関連性を評価した。

【結果】

  • 参加者のうち、737名 (49.5%) は、高血圧を、189 名 (12.7%) が、認知機能障害を呈した。
  • 高血圧を呈したサブグループにおいては、血漿Aβ40とAβ42の同時増加は同時低下に比べて、認知機能障害との相関性が高い結果を得た (H-Aβ40 and H-Aβ42 vs. L-Aβ40 and L-Aβ42, 21.1% vs.10.7%, P = 0.033; オッズ比OR = 1.984 [95%信頼区間 CI, 1.067–3.691], P = 0.030)。
  • 高血圧を呈さなかったサブグループにおいては、このような所見は見られなかったが、高血圧を呈したサブグループに比べて、血漿Aβ40の低下が認知機能障害と強く相関した(14.9% vs. 9.2%, P = 0.026; OR = 1.728 [95% CI, 1.018–2.931], P = 0.043)。

【結論】

高血圧を呈したサブグループにおいては、血漿Aβ40とAβ42の同時増加が、高血圧の無いサブグループにおいては、血漿Aβ40の低下が認知機能障害の危険因子である。これらの結果は、認知機能障害の検出において高血圧を考慮する必要があることを強調するものである。

用語の解説

*1.横断的研究(Cross-sectional study)
横断的研究は、ある一時点において、集団の特性や要因と結果の関連を調べる研究手法である。横断的研究は、医学・疫学、心理学、生物学など、様々な分野で用いられている。例えば、年齢と有病率の関係を調べる場合、様々な年齢の人々の病気の有無を同時に調査する。横断的研究の利点は、1. 比較的短時間・低コストで実施できる、2. 脱落の心配がない、3. 複数の変数を一度に測定できる、などである。他方、横断的研究の欠点は、1. バイアスの影響を受けやすい、2. 原因と結果の因果関係を明確にできない、3. 時間的な前後関係が不明、などである。これに対して、縦断的研究(Longitudinal study)とは、特定の個人や集団に対し、継続的に追跡調査を行い、同じ参加者から繰り返しデータを収集する研究デザインのことである。縦断的研究は、時間経過による変化を理解するために、心理学、社会学、医学などの分野で特に重要である。
*2.多変量ロジスティック回帰分析(Multivariate logistic regression analysis)
多変量ロジスティッ回帰分析とは、3つ以上のカテゴリの中でどのカテゴリに分類されるかを予測する統計的手法です。医学や疫学において病因究明の方法論として開発され、リスク要因の解析に用いられることが多い。詳細については、統計学の専門書をご覧下さい。
*3.ミニメンタルステート検査(MMSE: Mini-Mental State Examination)
MMSEは、認知症の疑いがあるときに行う神経心理検査である。認知機能の低下を点数で客観的に計測することができ、世界各国で用いられている検査方法である。MMSEには11の評価項目がある。1. 時間に関する見当識:1点×5個、2. 場所に関する見当識:1点×5個、3. 聴覚言語記銘:1点×3個、4. 注意と計算:5点、5. 再生:1点×3個、6. 呼称:1点×2個、7. 復唱:1点、8. 理解:1点×3段階、9. 読字:1点、10. 書字:1点、11. 描画:1点。MMSEは30点満点の検査である。カットオフ値といわれる、認知症の疑いを判断するラインや点数による評価基準は以下のとおりである。・28~30点:異常なし、・24~27点:軽度認知障害(MCI)が疑われる、・23点以下:どちらかというと認知症の疑いがある。MMSEは確定検査ではないため、点数が低ければ認知症で、高ければ確実に安心というわけではない。MMSEには文章理解や記述、描画などの要素があり、学歴や職歴による影響を受けやすい。また判断基準には年齢が考慮されていないため、65歳以下の方は判断が困難である。MMSEの結果だけでは、認知症について断定できないことは理解しておく必要がある。

文献1
Hypertension moderates the relationship between plasma beta-amyloid and cognitive impairment: a cross-sectional study in Xi’an, China. Liu Z et al, Front. Aging Neurosci. (2025) 17:1532676.