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2025/8/20

アロエによる腎線維症の治癒効果の解析

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • アロエ*1は、多くの慢性疾患に効能があると考えられている。したがって、腎線維症*2に対するアロエの治療効果の有無を検討することは興味深い。
  • 本プロジェクトは、腎線維症動物モデルであるアデニン誘発慢性腎不全モデル*3、また、腎線維症細胞モデルであるTGFβ-1で刺激した腎小管上皮細胞HK-2を用いて、アロエ-エモジン*1の効果を解析した。
  • その結果、アロエ-エモジンは、PI3K/Akt/GSK3βシグナル経路を阻害することによって、CKDに伴う腎線維症の進行を止める作用があると思われた。
図1.

前回、お伝えしましたように(「アロエ食による神経変性疾患の予防効果」2025年8月14日参照)、アロエは、アルツハイマー病(AD)などの神経変性疾患を含む種々の疾患、特に、高齢疾患の予防治療に使える可能性が認識されるようになりました(図1)。今週は、アロエ-エモジン(A-E)による腎線維症の治癒効果を述べた論文を取り上げます。腎線維症#1は慢性に経過するすべての腎臓病である慢性腎臓病(CKD)*4 の進行に伴って生じます。あまり耳にしないかもしれませんが、実はCKDの患者さんは、国内に約2,000万人(成人5人に1人)いると推計され、頻度から見ると ADのそれとほぼ同程度であり、新たな国民病ともいわれています。CKDでは、腎臓の炎症と線維化によりさまざまな細胞変化が引き起こされ、腎臓の構造に不可逆的な変化をもたらすと考えられます。CKDが進行すると、腎線維症は憎悪し、炎症と線維化は腎臓において細胞増殖、血管・組織内の圧力上昇を引き起こし、瘢痕が形成されます。そして最終的に腎臓の濾過機能を低下させ、腎不全に至るので、血液透析、腹膜透析、腎移植のいずれかが行われます。腎線維症に対する根本的な治療法は存在しないため、腎線維症の早期・予防治療は重要です。今回、腎線維症に対するアロエの効果を検討するために、中国・黒竜江中医薬大学のMing Chen博士らは、マウスの腎線維症モデルにおいて、A-Eを投与したところ、マウスはコントロールに比べて腎機能の低下が緩和していることを観察しました。さらに、腎線維症の細胞モデルにおいては、A-Eによる腎機能低下の緩和作用にPI3K/Akt/GSK3βのシグナル伝達経路が関与していることを明らかにしました。これらは、A-Eの腎線維症の予防治療に対する有効性に一致する結果であり、興味深いと思われます。最近のEuropean Journal of Histochemistryに掲載されました(文献1)ので紹介致します。


文献1.
Ming Chen et al. Aloe-emodin ameliorates chronic kidney disease fibrosis by inhibiting PI3K-mediated signaling pathway, European Journal of Histochemistry 2025; volume 69:4228


【背景・目的】

CKDは世界中に多く存在するが、腎線維症などの病態が進行すると、最終的に腎不全に至る。現時点における腎線維症に対する治療法は確定していない。したがって、腎線維症の治療にアロエなどに含まれる天然化合物であるA-Eの有効性を検討するのが本プロジェクトの研究目的である。

【方法】

この目的のために、腎線維症動物モデルであるアデニン誘発慢性腎不全モデル、また、腎線維症細胞モデルであるTGFβ-1で刺激した腎小管上皮細胞HK-2に対するA-Eの効果を解析した。

【結果】

  • A-Eは、腎線維症マウスモデル(アデニン誘発慢性腎不全モデル)においては、腎機能の低下を減速し、コラーゲンIやフィブロネクチンの発現は減少した。
  • さらに、ネットワーク薬理学解析*5により、A-Eの効果は、PI3K/Akt/GSK3βシグナル経路を通していることがわかった。
  • インビトロ・インビボのウェスタンブロット、蛍光免疫染色解析の結果、A-Eによる腎線維症進行の阻止にはα-平滑筋アクチンやビメンチンの発現低下を伴っていた。
  • PI3KアゴニストやPI3K siRNAにより、A-Eの効果は、リン酸化PI3K発現レベルを低下させ、PI3K/Akt/GSK3βシグナル経路を抑制していると思われた。
  • 分子ドッキング*6による解析では、A-Eは特定の部位で、直接、PI3Kに結合することが示された。このことから、A-EがPI3Kに結合してその活性化を防ぎ、PI3K/Akt/GSK3βシグナル経路を阻害することにより、最終的には、腎線維症の進行を抑制すると思われた。

【結論】

本研究の結果は、PI3K/Akt/GSK3βシグナル経路がCKDに伴う腎線維症の治療標的であり、A-Eは、この条件を満たすことで、新しい治療法になる可能性がある。

用語の解説

*1.アロエ(Aloe)、アロエ-エモジン(Aloe-Emodin:A-E)
「アロエ食による神経変性疾患の予防効果」2025年8月14日参照
*2.腎線維症(Renal fibrosis)
腎線維症は、腎臓の組織に過剰な細胞外マトリックス(特にコラーゲン)が蓄積する病態である。これは、線維性または瘢痕組織が腎臓の実質(腎臓の機能組織)に形成される原因となる。腎線維症について、以下に詳細を説明すると、
  • 腎線維症は、CKDの最終的な症状である。
  • 腎線維症の原因には、CKD、炎症と免疫反応、毒性物質への暴露、遺伝的素因などがある。
  • 腎線維症の治療法には、血圧管理、食事療法、透析、腎臓移植などがある。
  • 線維症(fibrosis)とは、正常な実質組織が結合組織に置き換わる病理学的な創傷治癒過程のことである。
*3.アデニン誘発慢性腎不全モデル
DNA、RNAを構成する塩基の一つであるアデニンを過剰投与することで(0.2%アデニン添加食をマウスに自由摂食)、生体内にアデニン代謝物が蓄積し、慢性的な腎不全症状を引き起こすモデルである。
*4.慢性腎臓病(CKD; Chronic Kidney Disease)
CKDは、何らかの原因によって腎臓の機能が低下する病気である。20歳以上の5~8人に1人いると考えられており、新たな国民病といわれる。腎臓のはたらきが健康な人の60%以下に低下する(eGFRが60ml/分/1.73m²未満)か、あるいは尿中にタンパク質が漏れ出るといったなんらかの腎臓の異常が、3か月以上続いた場合に診断される。CKDは、加齢や生活習慣(糖尿病、高血圧、肥満、メタボリックシンドローム)と深く関わっており、また、腎臓自体の病気(慢性腎炎症候群・ネフローゼ症候群など)に加え、CKDの原因は多岐にわたる(膠原病、感染症、遺伝性の異常、解熱鎮痛薬、抗がん剤など)。CKDが進行し、ミネラルなどのバランスが乱れた場合には、それを整えるべく薬の処方を行う。腎臓の機能がほとんどなくなってしまった場合には、腎臓の代わりをしてくれる治療(腎代替療法)として、血液透析、腹膜透析、腎移植のいずれかが行われる。
*5.ネットワーク薬理学解析(Network pharmacology analysis)
ネットワーク薬理学解析とは、タンパク質ネットワーク解析を通じて、疾患の発症メカニズムを分子レベルで理解し、新たな診断・治療法の開発や創薬のターゲット発見に貢献する研究手法である。ネットワーク薬理学は、生体内のタンパク質が互いに連携し、ネットワークを形成していることに着目しています。このネットワークを解析することで、個々のタンパク質の機能だけでなく、ネットワーク全体の機能や変化を把握することができる。
*6.分子ドッキング(Molecular docking)
Molecular dockingとは、分子モデリングにおいて、リガンドと標的が結合して安定した複合体を形成する際に、一方の分子から見たもう一方の分子の最適な方向を予測する方法である。分子ドッキングは、構造に基づいた薬物設計で最も頻繁に使用される手法の1つである。詳細は専門書をご覧ください。

文献1
Ming Chen et al. Aloe-emodin ameliorates chronic kidney disease fibrosis by inhibiting PI3K-mediated signaling pathway, European Journal of Histochemistry 2025; volume 69:4228