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2025/8/27

新たなオミクロン派生株NB.1.8.1;剃刀を飲み込むような喉の痛み

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • NB.1.8.1株(通称:ニンバス*1)は、2025年5月現在、シンガポール、香港、オーストラリア、米国など世界各地で急速に流行しているオミクロン派生株であり、本プロジェクトは、NB.1.8.1株のウイルス学的特性の解析を行った。
  • その結果、NB.1.8.1株の感染性がLP.8.1株より高いことが、LP.8.1株より高い伝播力(実効再生産数*2)に寄与している可能性が示唆された。
  • しかし、NB.1.8.1株の感染性はXEC株よりは低いことから、感染性以外の要因がXEC株よりも高い伝播力に寄与していると考えられたが、さらなる研究が必要である。
  • NB.1.8.1株は、これまでのXEC株の既感染または、JN.1株対応1価ワクチン接種によって誘導される中和抗体に対してXEC株やLP.8.1株と同等の感受性を示した。
  • これらの結果より、NB.1.8.1はおそらく大事に至らないと思われるが、今後、注意深く見守る必要がある。
図1.

2023年5月5日、世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)パンデミックに対する緊急事態宣言の終了を宣言してから後も、何度かオミクロン派生株が出現してきました。現在、流行が拡大しつつあるNB.1.8.1も、オミクロンの亜系統のひとつです。NB.1.8.1株は、「XDV株(XDE株とJN.1株の組換え体)」から派生した変異株です。WHOは2025年5月23日にオミクロンNB.1.8.1株を「監視下の変異株(VUM)*3に分類し、流行動態を監視しています。これまでの変異株と同様、エアロゾル感染*4、飛沫感染*4、接触感染がNB.1.8.1の主な感染経路で、感染してから、平均5~6日程度で現れる「剃刀を飲み込むような」喉の痛みが特徴であり、その他にも、発熱、咳、倦怠感、味覚・嗅覚障害、下痢といった症状が出現します(図1)。新規「オミクロン株」が出現するごとに、新しい変異を獲得したウィルスが100%大丈夫だという保証はないので、注意深く解析することが不可欠です。この目的のため、東京大学医科学研究所の佐藤教授らは、NB.1.8.1株の流行動態や感染性、免疫抵抗性などのウイルス学的特性を解析しました。その結果、NB.1.8.1株は、現在の流行株であるXEC株やLP.8.1株よりも伝搬力が高いことを確認しました。また、NB.1.8.1株はLP.8.1株より高い感染性を示すが、XEC株よりは感染性が低いことが分かりました。さらに、感染中和試験の結果、NB.1.8.1株は、LP.8.1株やXEC株と同等の免疫逃避能を示すことが分かりました。これらの結果より、NB.1.8.1はおそらく大事に至らないと予想されますが、今後、注意深く見守る必要があります。本研究成果は、最近の英国科学雑誌「The Lancet Infectious Diseases」に掲載されました(文献1)ので報告いたします。「剃刀を飲み込むような」喉の痛みのメカニズムは興味深いところです。


文献1.
Keiya Uriu, Kaho Okumura, Yoshifumi Uwamino et al. Virological characteristics of the SARS-CoV-2 NB.1.8.1 variant, Lancet Infect Dis. August 2025


【背景・目的】

2025年5月現在、JN.1株と別系統のオミクロンXDE株との組換えによって誕生した「オミクロンXDV株」を親系統株とするNB.1.8.1株がシンガポールや香港などを中心に世界各地で急速に流行を拡大している。したがって、NB.1.8.1株のウイルス学的特性を解析するのが本プロジェクトの研究目的である。

【方法・結果】

  • まず、ウイルスゲノム疫学調査情報をもとに、ヒト集団内におけるNB.1.8.1株の実効再生産数を推定した。その結果、この変異株の実効再生産数は、現在の主流行株であるXEC株やLP.8.1株よりも高いことが複数の地域(シンガポール、香港、オーストラリア、米国)において確認された。このことは、NB.1.8.1株は既存の流行株よりも伝播力が高いことを示している。
  • 次に、培養細胞において感染性を評価した結果、NB.1.8.1株は、LP.8.1株と比較すると高い感染価を示したが、一方でXEC株と比較すると低い感染価を示した。
  • さらに、感染中和試験の結果、NB.1.8.1株は、これまでのXEC株の既感染または、JN.1株対応1価ワクチン接種によって誘導される中和抗体に対してXEC株やLP.8.1株と同等の感受性を示した。

【結論】

  • これらの結果から、NB.1.8.1株の感染性がLP.8.1株より高いことが、LP.8.1株より高い伝播力(実効再生産数)に寄与していると示唆された。しかし、NB.1.8.1株の感染性はXEC株よりは低いことから、感染性以外の要因がXEC株よりも高い伝播力(実効再生産数)に寄与していると考えられた。
  • NB.1.8.1はXEC株と比較して、非Sタンパク質領域に20箇所以上のアミノ酸変異が認められており、これらの変異が影響していることが一つの要因として考えられる。

用語の解説

*1.ニンバス(Nimbus)
「ニンバス」はラテン語の「雨雲」を意味する言葉で、英語でも「Nimbus」として使われる。また、聖者の後光や、ハリー・ポッターに登場するホウキの名前としても知られている。「ニンバス(Nimbus)」という非公式な名称は、カナダの進化生物学者であるT. Ryan Gregory教授によって提唱された。これは、公衆やメディアにおける議論を容易にするため、著名な変異株に対して記憶に残りやすく、特定の地域への偏見を生まない愛称(例:クラーケン、エリス)を適用する近年の慣行に倣ったものである。
*2.実効再生産数
実効再生産数は、「ある感染症が既に広がっている状況下で、1人の感染者によって発生する2次感染者の平均人数」を示している。実効再生産数が1よりも大きい時、感染が拡大傾向にあり、逆に1よりも小さい時、感染が収束傾向にあることを意味する。
*3.監視下の変異株(VUM:Variants under Monitoring)
VUMとは、WHOが監視している変異株の分類の一つである。VUMは、感染・伝播性(広がりやすさ)、毒性、診断・治療・ワクチン効果に影響を与える可能性のある変異を持つ変異株を指す。その他、程度に応じて、注目すべき変異株 (VOI: Variants of Interest)、懸念される変異株 (VOC: Variants of Concern) がある。
*4.エアロゾル感染、飛沫感染
エアロゾル感染とは、病原体を含むエアロゾルを吸い込むことで生じる感染のことである。エアロゾルとは、空気中に浮遊する微小な液体または固体の粒子のことで、一般に直径0.001μmから100μmの範囲のものを指す。飛沫感染の原因となる飛沫よりも小さく、空気中を漂いやすいという特徴がある。会話や咳やくしゃみをすると、口から細かい水滴(しぶき)が飛び散るが、この細かい水滴(しぶき)を飛沫と言う。この飛沫の中に病気の原因となる細菌やウイルスなどの病原体が含まれていた場合、感受性のある人の気道の粘膜や、目の粘膜などから侵入することによって感染するのが飛沫感染である。飛沫は水分を含んでいるためそれなりの大きさ(5μm以上)と重さがあり、口から放出された後、1~2m程度飛んですぐに地面に落ちてしまう。通常は1~2m以内の至近距離で飛沫を浴びることで感染する。

文献1
Keiya Uriu, Kaho Okumura, Yoshifumi Uwamino et al. Virological characteristics of the SARS-CoV-2 NB.1.8.1 variant, Lancet Infect Dis. August 2025