近年、多くの慢性疾患の予防治療に食事療法の有効性が議論されています。特に地中海食は、1985年に米国・ミネソタ大学のAncel Benjamin Keys*2博士が、米国、日本、フィンランド、オランダ、イタリア、ユーゴスラビア、ギリシャと共同して行った疫学研究で、地中海沿岸の国では高脂肪食を食べているにもかかわらず、血中コレステロール値が低く、動脈硬化による狭心症や心筋梗塞、脳血管障害などの冠動脈疾患が少ないことを報告して以来、成人疾患の治療研究において注目されるようになりました(図1)。地中海食には、ポリフェノール、食物繊維、ビタミン、ミネラルなどが豊富に含まれており、これらの成分は抗菌、抗炎症、抗酸化作用を持ち、健康に良い影響を与えます。また、蛋白質は主に魚介類から摂取し、地中海食で豊富に使用するオリーブオイルは、不飽和脂肪酸を多く含んでいること、飽和脂肪酸を多く含む肉の摂取量が少ないこと、野菜や果物などの植物性の食品を多く摂取するために抗酸化作用が強いことなども、健康に良い理由であると考えられます。地中海食は、神経変性疾患の治療にも重要です。最近の神経変性疾患の治療研究の中心は、アミロイドに対するモノクローナル抗体を用いた免疫療法ですが、現時点で、低効率、副作用、高額な医療費など多くの問題がありますので、安価で副作用のない地中海食が予防的に使える可能性があるならば、把握しておく方が良いと思われます(図1)。しかしながら、これまでの論文の大多数は疫学的な視点から論じたものであり、動物実験に関するものはありません。今回、米国・バンガード大学 サザン・カリフォルニアのPaige N Braden-Kuhle博士らは、C57BL/6J野生型マウスにおいて、地中海食、又は、典型的西洋食で飼育し、その神経保護効果を比較解析したところ、地中海食を摂食させたマウスは、西洋食を摂食させたマウスに比べて認知行動力の低下、肥満、アルツハイマー病関連分子マーカーの発現が少ないことを観察しました。これらの結果は、地中海食が神経変性疾患の予防治療に有効であるという仮説に一致する結果であり、最近のJournal of Alzheimers Dis.に掲載されましたので紹介いたします(文献1)。筆者の知る限り、ADのモデルマウスの神経病理所見が食事療法で改善したといった類の論文はありませんので、食事療法単独での治療効果は強くないのかも知れません。また、和食に関しても、今後、研究が発展することが期待されます。
文献1.
A Mediterranean-style diet protects against cognitive and behavioral deficits, adiposity, and Alzheimer's disease-related markers, compared to a macronutrient-matched typical American diet in C57BL/6J mice, Paige N Braden-Kuhle et al., J Alzheimers Dis. 2025 Apr;104(3):678-697.
これまでの研究により、ADを含む認知症は危険因子を取り除くことにより高率に(~40%) 予防できるか、あるいは、発症を遅らせることができるのではないかと考えられている。この意味で地中海食のような食事療法のポテンシャルを理解することは重要であり、本プロジェクトの研究目的とした。
この目的のために、C57BL/6J野生型マウス(生後21日離乳時のオス)を無作為に、地中海食、または、典型的な西洋食を与えるグループにわけて(地中海食、西洋食ともに、50% kcal 炭水化物, 35% kcal 脂肪, 15%蛋白質からなるように調整)、6ヶ月間飼育後、行動学的、生化学的な解析を行った。一部のマウスに対して、リポ多糖 (LPS: lipopolysaccharide) -誘発性の炎症に対する効果を観察した。
本研究の結果は、地中海食は、西洋食に較べて、野生型マウスにおける代謝異常やAD関連マーカーの発現に対して、保護的に働く可能性を示唆する。