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2025/9/9

DASH食によるアルツハイマー病予防効果;中東における症例対照研究

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 高血圧を予防するために作られた食事法であるDASH(Dietary Approaches to Stop Hypertension)食*1が、アルツハイマー病(AD)のリスクを下げる可能性について報告されてきたが、一貫性はない。
  • 本プロジェクトは、中東地域において、DASH食への高い順守がADのリスク低下と関連する可能性を検討するため、症例対照研究*2を行った。
  • 年齢、性別、教育レベル、身体活動、喫煙状況などの交絡因子を調整した多変量解析の結果、3つのDASH食指標*3 (Mellen、Fung、Günther) において、DASH食への順守度が高いほどADのリスクが有意に低下することが示された。
  • 以上より、DASH食がADの予防効果を持つ可能性が示唆された。
図1.

前回、お伝えしました様に、地中海式食事法は、典型的西洋食に較べて、ADなどの神経変性疾患を予防する効果があることが示唆されました。(「地中海食と典型的西洋食の野生型マウスにおける神経保護効果の比較解析」2025年9月4日参照)。最近は、地中海食以外にもいくつかの食事療法によるADの予防治療の可能性が研究されています。DASH食は、高血圧予防のために作られた食事法です。食事内容は地中海式食と似ており、野菜や全粒の穀物、低脂肪の乳製品、フルーツを中心とした食事を摂ることで、高血圧の予防や改善に効果があることが示されました。また、これまで、DASH食がADのリスクを下げる可能性についても述べられてきましたが一貫性はありませんでした。このような背景で、今回、イランの首都テヘランにありますシャヒド・ベヘシュティ医科大学のMohammad Mehdi Abbasi博士らは、212人の症例対照研究を行い、DASH食への高い順守がADのリスク低下(~78%)と関連する可能性があることを中東地域において、初めて示しました(図1)。研究成果は、最近のScientific Reports誌に発表されましたので(文献1)、この論文を紹介致します。興味深いことに、米国Rush医科大学による以前の報告では、地中海食とDASH食を組み合わせたMIND(Mediterranean-DASH Intervention for Neurodegenerative Delay)食*4では、ADのリスクが平均53%まで低下することが示されています(Morris et al. Alzheimer Dement. 2015)(図1)。ADの食事療法に関しては, 今後、さらなる研究が必要ですが、現在、AD治療研究の主流である抗アミロイド免疫療法に較べて、副作用や医療費の心配が無くて済むなどの利点があり、少なくとも、食事療法は、神経変性疾患の補助的な治療に役立つと思われます。また、低脂肪乳製品やナッツ、シリアル、果物・野菜を多用するアメリカ式のDASH食メニューは、日本人の高齢者にとって必ずしも実践しやすいものばかりではないと思われますが、より手軽な日本式のDASH食が作られているのは、朗報かも知れません。


文献1.
Association between the DASH (Dietary Approaches to Stop Hypertension) diet and Alzheimer’s disease in a case-control study, Mohammad Mehdi Abbasi et al., Scientific Reports volume 15, Article number: 23312 (2025)


【背景・目的】

DASH食の食事内容は地中海式食と似ており、野菜や全粒の穀物、低脂肪の乳製品、フルーツを中心とした食事を摂ることで、高血圧の予防や改善に効果があることが示されている。DASH食がADのリスクを下げる可能性についても述べられてきたが必ずしも一貫性は無い。したがって、この問題を検討するのが本プロジェクトの研究目的である。

【方法】

  • この目的のために、212人からなる症例対照研究を実施した。この研究は、イランのテヘランで、過去6か月以内にADと診断された初期段階の患者さん106例と、テヘラン市内の健康センターから募集された対照群106例の計212人を対象とした。対象者の食事摂取状況は、イラン向けに妥当性が確認された168項目の食物摂取頻度調査票(FFQ)*5を用いて評価された。
  • DASH食への順守度は、Dixon、Mellen、Fung、Güntherの4つの異なる指標を用いて評価された。これらの指標は、全粒穀物、果物、野菜、低脂肪乳製品の摂取量が多く、赤身肉、加工肉、砂糖入り飲料、ナトリウムの摂取量が少ないことを特徴とするDASH食の順守度を数値化するものである。

【結果】

  • 潜在的な交絡因子(年齢、性別、教育、身体活動、喫煙など)を調整した多変量解析の結果、Mellen、Fung、Güntherの3つのDASH食指標において、順守度が高いほどADのリスクが有意に低下することが示された。
  • 具体的には、Mellenの指標では71%(オッズ比[OR]: 0.29; 95%信頼区間[CI]: 0.10-0.83)、Fungの指標では78%([OR]: 0.22; 95%[CI]: 0.08-0.65)、Güntherの指標では64%([OR]: 0.36; 95%[CI]: 0.13-1.00)のリスク低下が認められた。一方、Dixonの指標では統計的に有意な関連はなかった。
  • これらの結果は、DASH食への順守がADの予防効果を持つ可能性を示唆していた。

【結論】

本研究の結果より、DASH食への順守はADのリスク低下と関連している可能性があると推定された。しかしながら、症例対照研究という研究の性質上、因果関係を確定できないので、中東地域において、前向き研究デザインでさらに研究する必要がある。

用語の解説

*1.DASH(Dietary Approaches to Stop Hypertension)食
DASH食とは、アメリカ合衆国保健福祉省のアメリカ国立衛生研究所に属する国立心肺血液研究所が、高血圧を予防し治療するために考案し、推奨している食事療法のことである。日本高血圧学会が発表している高血圧治療ガイドライン2014でも、類似の栄養構成を目指している。DASH食では、果物、野菜、全粒穀物、低脂肪の乳製品、魚、家禽、豆、ナッツ、および植物油を充分に摂取する。制限するのは食塩、砂糖で甘くした食品や飲料、獣肉の脂身、全脂肪乳製品、ココナッツオイル、パーム核油、パーム油などの熱帯油など、飽和脂肪が多い食品である。DASH食は、血圧を下げる効果がある他に、バランスの取れた栄養素を摂取できるように考えられ、カリウム、カルシウム、マグネシウム、たんぱく質、食物繊維を充分に含むことになる。肥満とナトリウムは血圧上昇因子であるため、食事要因の血圧上昇因子を減らす事を考慮した「低ナトリウム」「高カリウム」「豊富な食物繊維」の食事体系である。DASH食では低脂肪または無脂肪の乳製品を毎日摂取するよう推奨しているが、地中海食は制限がよりゆるやかである。つまり地中海食は、DASH食よりもカルシウムの摂取量が少なくなる。
*2.症例対照研究(ケースコントロール研究)
症例対照研究とは、分析疫学における手法の1つである。疾病に罹患した集団を対象に、曝露要因を観察調査する。次に、その対照として罹患していない集団についても同様に、特定の要因への曝露状況を調査する。以上の2集団を比較することで、要因と疾病の関連を評価する研究手法。症例対照研究は、すでに疾病を発生しているケースが利用できるため、疾病の発生を待つ必要はなく、コホート研究に比べて時間もコストもかからない。また、コホート研究が適さない稀な疾病(稀な疾病の場合、コホート研究では膨大な時間と費用をかけて、コホートの大部分の人が健康なままでいることを観察するだけとなる)に適している。対象としている疾病の原因と考えられる要因を複数調べることができるという利点がある。その反面、リスク要因に関する情報を過去にさかのぼって調べなくてはいけないので情報が不正確になりがちである。代表的なものには、思い出しバイアスが挙げられ、ケースは「過去に原因として考えられている要因の曝露を受けたかどうか」をよく記憶しているが、疾病を発生していないコントロールは同じ曝露を受けていても記憶していないという偏りがしばしば見られる。また、研究対象者の選択においても、コントロールの適切な選択は難しく、選択バイアスについての検討が充分になされる必要がある。またケースコントロール研究は時間軸を過去に限定しがちであり、後ろ向き研究とも称されることがある。
*3.DASH食指標
DASH食への順守度は、Dixon、Mellen、Fung、Güntherの4つの異なる指標を用いて評価された。Dixonは、DASH食が直腸がんのリスクを軽減することを示した論文(Dixon et al. J. Nutr. 2007). Fungは、DASH食が冠動脈疾患のリスクを軽減することを示した論文(Fung, T. T. et al. Arch. Intern. Med. 2008). Günther, Mellenは、DASH食と高血圧について述べた論文に(Günther, A. L. et al. Hypertension. 2009, Mellen, P. B.et al. Arch. Intern. Med. 2008)に由来する。これらの指標は、全粒穀物、果物、野菜、低脂肪乳製品の摂取量が多く、赤身肉、加工肉、砂糖入り飲料、ナトリウムの摂取量が少ないことを特徴とするDASH食の順守度を数値化するものである。
*4.MIND食(Mediterranean-DASH Intervention for Neurodegenerative Delay)
MIND食は地中海式食とDASH食のハイブリットである。厳密にMIND食を行った人は、ADのリスクが53%も低下し、適度に行った人でも35%低下した。その他にも、マーサ・モリス博士らによる研究では、MIND食によってうつ病が11%改善したことや、5年間の追跡調査によってADの発症率が53%低下したことを報告している(Morris et al. Alzheimer Dement. 2015)。
*5.食物摂取頻度調査票(FFQ)
FFQとは(Food Frequency Questionnaire)の略で、普段の食事状況および栄養摂取状況を1回のアンケート調査にて把握することを目的に開発されたアンケートである。

文献1
Association between the DASH (Dietary Approaches to Stop Hypertension) diet and Alzheimer’s disease in a case-control study, Mohammad Mehdi Abbasi et al., Scientific Reports volume 15, Article number: 23312 (2025)