先月、お伝えしましたように(「アロエ食による神経変性疾患の予防効果」2025年8月14日参照)、近年、慢性腎臓病(CKD)の進行に伴った腎不全による、腎移植の件数が増加しています。骨髄移植とは異なり、腎移植の場合、HLA*3適合性などの問題はありませんが、臓器不足のため、移植を待ちながらも間に合わず、亡くなられる患者さんが多くいらっしゃるのは深刻な問題です。これを解決するために、現在、進んでいる方策がブタの腎移植です。「ブタの腎臓をヒトに移植して本当に大丈夫だろうか?」と思われるかもしれませんが、ブタの臓器は、心臓や腎臓など、ヒトの臓器と大きさや解剖学的な構造が非常に似ており、移植後にヒトの体内で適切に機能することが期待されます。また、ブタは繁殖力が強く、一度に多くの子を産むため、臓器の提供源として効率的に生産でき、また、食用として飼育されているため、動物愛護の観点からも倫理的な問題が少ないと思われます。一般に腎移植などの臓器移植において、最も重要な問題は、移植に伴う拒絶反応を回避することですが、ゲノム編集*4などで遺伝子操作したブタを繁殖し、それらのブタから拒絶反応を受けにくい腎臓を調整、移植し、それに免疫抑制剤を併用することにより、腎移植を成功できると考えられます(図1)。 このようにして、ブタ腎臓移植を受けた米国の67歳男性が、最近、生存6カ月超え、世界最長更新となり、Nature誌のニュースとして発表されました(文献1)ので報告いたします。
文献1.
‘Amazing feat’: US man still alive six months after pig kidney transplant, The first six months after an organ transplant are the riskiest for recipients. By Rachel Fieldhouse, Nature NEWS 08 September 2025
67歳の米国人男性が生存遺伝子改変ブタから腎移植の6ヶ月後にまだ生存している、これはブタの臓器が生きているヒトの中で生存した最長記録である。研究者は、異種移植の成功例としての指標になるだろうという。
レシピエントのTim Andrews氏は、腎不全の最終ステージで今年の1月に腎移植の手術を受ける以前は、2年以上の間、透析治療をしていた。腎移植を受けてからは、透析をしていない。Andrews氏は、マサチューセッツ州・ケンブリッジにある「eGenesis」社から遺伝子改編したブタの腎臓を「人道的配慮」により供給された3人の患者さんの1人である。
オーストラリアシドニー大学の移植外科医Wayne Hawthorne博士によれば、6ヶ月に到達するのは素晴らしい偉業であると言う。最初の6ヶ月は、患者さんにとっても、移植片にとっても危険の高い時期だ。起こりえる合併症は、免疫システムが新しい臓器を攻撃することにより、患者さんは貧血になり、移植片は拒絶される。6ヶ月に到達するということは、物事が極度に上手くいっていることを示し、12ヶ月への到達は次の長期間の結果が素晴らしいものであるいうマイルストーンになるだろうと付け加える。
これまで、53歳の米国人女性のTowana Looneyさんが、遺伝子改編したブタの腎臓を移植して4ヶ月9日機能したのが最長である。しかしながら、今年の初旬に免疫系の拒絶が顕著になったため、移植腎を取り除いて、透析に戻らざるを得なかった。
Andrewsさんが移植されたのは3つのタイプの遺伝子改変ブタに由来する腎臓である; ①1つ目は臓器の拒絶を防ぐため、3つの抗原のブタ遺伝子を除去し、②もう1つは、炎症や出血のリスクを減らす7つのヒト遺伝子を加えた。③さらに、ブタ遺伝子に見られるレトロウイルス遺伝子を不活化した。
もう1人の患者さんは、54歳男性のBill Stewartさんで、遺伝子改変ブタに由来する腎移植をして、9月14日で3ヶ月になる。Hawthorne博士によれば、2人の患者さんがこんなに長い間、生き延びることが出来たのは、異種移植が大きく進歩したことを示すものである。1960年代から、1990年代の間に、どの臓器にせよ、ブタやチンパンジーを含む動物から移植した患者さんは、4分から、70日しか生存しなかった。最近では、遺伝子改変ブタから腎移植した患者さんのほとんどが数ヶ月生きている。
遺伝子改編したブタの腎移植のほとんどが、「人道的配慮」の見地から遂行されたが、そのような腎移植は安全で効果的であり、臨床試験が認められている。今年の早い時期にアメリカ食品医薬品局(FDA)は、メリーランドとのノースカロライナを本拠地とする生命工学の会社「United Therapeutics」の率いた最初の遺伝子改変ブタに由来する腎移植を承認した。また、今週には、「eGenesis」が33人の50歳以上の末期腎不全の患者さんに対する遺伝子改変ブタに由来する腎移植が承認されたと発表した。さらに、英国・オックスフォードを拠点とする生命工学の会社「The company and OrganOx」には、遺伝子改変ブタに由来する肝移植が承認された。