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2025/9/16

ブタ腎移植で生存6カ月超、世界最長更新!

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 近年、腎移植の件数は増加しているが、それに伴い、臓器不足は深刻な問題になっている。これを解決するために、現在、進んでいるのが異種動物(特にブタ)からの腎移植、すなわち、異種移植*1である。
  • ゲノム編集などで遺伝子操作したブタから拒絶反応を受けにくい腎臓を移植するようになった。これにより、腎移植の生着率が向上すると期待される。
  • 実際、遺伝子改変ブタから腎移植を受けた67歳の米国人男性が6ヶ月後にまだ生存しており、これはブタの臓器が生きているヒトの中で生存した最長記録である。
  • これまでの遺伝子改変ブタからの腎移植は、「人道的配慮*2」の見地から行われていたが、安全性、効率性が認められた結果、今年から、いくつかの臨床試験が承認されている。
図1.

先月、お伝えしましたように(「アロエ食による神経変性疾患の予防効果」2025年8月14日参照)、近年、慢性腎臓病(CKD)の進行に伴った腎不全による、腎移植の件数が増加しています。骨髄移植とは異なり、腎移植の場合、HLA*3適合性などの問題はありませんが、臓器不足のため、移植を待ちながらも間に合わず、亡くなられる患者さんが多くいらっしゃるのは深刻な問題です。これを解決するために、現在、進んでいる方策がブタの腎移植です。「ブタの腎臓をヒトに移植して本当に大丈夫だろうか?」と思われるかもしれませんが、ブタの臓器は、心臓や腎臓など、ヒトの臓器と大きさや解剖学的な構造が非常に似ており、移植後にヒトの体内で適切に機能することが期待されます。また、ブタは繁殖力が強く、一度に多くの子を産むため、臓器の提供源として効率的に生産でき、また、食用として飼育されているため、動物愛護の観点からも倫理的な問題が少ないと思われます。一般に腎移植などの臓器移植において、最も重要な問題は、移植に伴う拒絶反応を回避することですが、ゲノム編集*4などで遺伝子操作したブタを繁殖し、それらのブタから拒絶反応を受けにくい腎臓を調整、移植し、それに免疫抑制剤を併用することにより、腎移植を成功できると考えられます(図1)。 このようにして、ブタ腎臓移植を受けた米国の67歳男性が、最近、生存6カ月超え、世界最長更新となり、Nature誌のニュースとして発表されました(文献1)ので報告いたします。


文献1.
‘Amazing feat’: US man still alive six months after pig kidney transplant, The first six months after an organ transplant are the riskiest for recipients. By Rachel Fieldhouse, Nature NEWS 08 September 2025


【Natureのニュース 2025年9月8日】

67歳の米国人男性が生存遺伝子改変ブタから腎移植の6ヶ月後にまだ生存している、これはブタの臓器が生きているヒトの中で生存した最長記録である。研究者は、異種移植の成功例としての指標になるだろうという。

レシピエントのTim Andrews氏は、腎不全の最終ステージで今年の1月に腎移植の手術を受ける以前は、2年以上の間、透析治療をしていた。腎移植を受けてからは、透析をしていない。Andrews氏は、マサチューセッツ州・ケンブリッジにある「eGenesis」社から遺伝子改編したブタの腎臓を「人道的配慮」により供給された3人の患者さんの1人である。

オーストラリアシドニー大学の移植外科医Wayne Hawthorne博士によれば、6ヶ月に到達するのは素晴らしい偉業であると言う。最初の6ヶ月は、患者さんにとっても、移植片にとっても危険の高い時期だ。起こりえる合併症は、免疫システムが新しい臓器を攻撃することにより、患者さんは貧血になり、移植片は拒絶される。6ヶ月に到達するということは、物事が極度に上手くいっていることを示し、12ヶ月への到達は次の長期間の結果が素晴らしいものであるいうマイルストーンになるだろうと付け加える。

これまで、53歳の米国人女性のTowana Looneyさんが、遺伝子改編したブタの腎臓を移植して4ヶ月9日機能したのが最長である。しかしながら、今年の初旬に免疫系の拒絶が顕著になったため、移植腎を取り除いて、透析に戻らざるを得なかった。

Andrewsさんが移植されたのは3つのタイプの遺伝子改変ブタに由来する腎臓である; ①1つ目は臓器の拒絶を防ぐため、3つの抗原のブタ遺伝子を除去し、②もう1つは、炎症や出血のリスクを減らす7つのヒト遺伝子を加えた。③さらに、ブタ遺伝子に見られるレトロウイルス遺伝子を不活化した。

もう1人の患者さんは、54歳男性のBill Stewartさんで、遺伝子改変ブタに由来する腎移植をして、9月14日で3ヶ月になる。Hawthorne博士によれば、2人の患者さんがこんなに長い間、生き延びることが出来たのは、異種移植が大きく進歩したことを示すものである。1960年代から、1990年代の間に、どの臓器にせよ、ブタやチンパンジーを含む動物から移植した患者さんは、4分から、70日しか生存しなかった。最近では、遺伝子改変ブタから腎移植した患者さんのほとんどが数ヶ月生きている。

遺伝子改編したブタの腎移植のほとんどが、「人道的配慮」の見地から遂行されたが、そのような腎移植は安全で効果的であり、臨床試験が認められている。今年の早い時期にアメリカ食品医薬品局(FDA)は、メリーランドとのノースカロライナを本拠地とする生命工学の会社「United Therapeutics」の率いた最初の遺伝子改変ブタに由来する腎移植を承認した。また、今週には、「eGenesis」が33人の50歳以上の末期腎不全の患者さんに対する遺伝子改変ブタに由来する腎移植が承認されたと発表した。さらに、英国・オックスフォードを拠点とする生命工学の会社「The company and OrganOx」には、遺伝子改変ブタに由来する肝移植が承認された。

用語の解説

*1.異種移植(Xenotransplantation)
異種移植とは、生きている細胞、組織、または臓器を、ある種の個体から別の種の個体へ移植することである。このような細胞、組織または臓器は、異種移植片といわれる。移植を分類すると、異種移植のほかには、同種の他の個体からの同種移植(Allotransplantation)、同種の2つの遺伝的に同一の個体間での移植である同系移植(Syngeneic transplantation)、および同じ人の体の一部分を別の部分へと移植する自家移植(Autotransplantation)がある。免疫不全マウスへのヒト腫瘍細胞の異種移植は、前臨床での腫瘍研究において頻繁に使われる研究技術である。ヒトへの異種移植は、先進国における重大な医療問題である末期臓器不全の治療法として研究されている。また、ヒトへの伝染病の可能性、多くの医学的、法的、倫理的問題も提起されている。ゲノム編集により、動物への遺伝子操作の技術革新がなされ、異種移植はより注目されつつある。異種移植の成功例がいくつか発表されている。
*2.人道的配慮(Compassionate grounds)
通常の治験の対象とならない患者に対して、まだ承認されていない治療薬や治療法を使用する機会を提供するものである。患者の命に関わる状況や、他に治療選択肢がない場合に適用される。
*3.ヒト白血球型抗原(Human Leukocyte Antigen; HLA)
HLAとはヒトの主要組織適合遺伝子複合体のことである。白血球の血液型と言えるものであり、一般的に血液型というとA、O、AB、B型といった赤血球の型を指すが、HLA型は白血球の型を示している。ただし、白血球以外にもHLAは存在するため、現在ではヒト白血球型抗原の名称で呼ばれることはほとんどなく、HLAと略して呼ばれる。HLAは、第6染色体短腕上に存在する主要組織適合遺伝子複合体(MHC)の産物である。その型の種類は多く、まずA座のA1、A2、A210(2)、A3…A80、B座のB5、B7、B703(7)…、C座の…、DR座の…と続き赤血球の型とは比較にならないほど膨大で、その組み合わせは数万通りといわれる。
*4.ゲノム編集(Genome Editing)
ゲノム編集は、部位特異的ヌクレアーゼを利用して、思い通りに標的遺伝子を改変する技術である。部位特異的ヌクレアーゼとしては、2005年以降に開発・発見された、ZFN、TALEN、CRISPR/Cas9を中心としている。従来の遺伝子工学、遺伝子治療と比較して、非常に応用範囲が広い。

文献1
‘Amazing feat’: US man still alive six months after pig kidney transplant, The first six months after an organ transplant are the riskiest for recipients. By Rachel Fieldhouse, Nature NEWS 08 September 2025