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2025/9/25

遺伝子改変ブタから脳死の患者さんへの肝移植

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 近年、他の臓器移植と同様に肝臓移植の件数は増加しているが、それに伴い、臓器不足は深刻な問題になっている。これを解決するために、現在、進んでいるのが遺伝子改変ブタからの異種移植*1である。
  • ゲノム編集などで遺伝子改変したブタから拒絶反応を受けにくい肝臓を移植する。これにより、肝臓移植の生着率が向上すると考えられる。
  • 実際、移植後10日間のモニタリングの結果は、遺伝子改変ブタから移植された肝臓は拒絶を引き起こすことなく機能していた。
  • 遺伝子改変ブタを用いた異種移植は、同種移植を行うまでの期間の代替手段になることが期待される。
図1.

臓器移植は、病気や事故により臓器が機能しなくなった人に対して、他の人の健康な臓器を移植して機能の回復を図る医療です。移植の対象になる臓器は、主として、心臓、腎臓、肝臓、肺、膵臓、小腸、角膜などです。前回、お伝えしましたように(「ブタ腎移植で生存6カ月超、世界最長更新!」2025年9月16日参照)、臓器不足は、どの臓器移植においても深刻になっています。この問題を解決するために、現在、研究が進んでいるのが、異種移植です。これは、ゲノム編集などで遺伝子操作したブタ*2を繁殖し、それらのブタから拒絶反応を受けにくい臓器を患者さんに移植することですが、最近のゲノム医学と免疫抑制剤の進歩のおかげで、移植に伴う拒絶反応を回避できるようになったことによります(図1)。今回は、肝臓移植について議論して行きます。肝臓移植は、慢性肝炎や肝細胞癌などの原因により重篤な肝不全に陥った患者さんを救うことが出来る唯一の有効な治療法ですが、血液型適合性やその他、多くの問題があり、ヒトからヒトへの同種移植を行うことが容易ではありません。今回、中国西安(シーアン)にある第四軍医大学のKe-Feng Dou博士らの研究チームは、遺伝子改変したブタから脳死の状態にある患者さんへの補助肝臓移植*3後、10日間におけるモニタリングを行って観察した結果、移植したブタ肝臓は、正常に機能しており、遺伝子改変ブタを用いた異種肝臓移植が、同種移植を行うまでの期間の代替手段として、少なくとも10日間(一定期間)は有効である可能性が示されました。現時点において、それより長期間の結果については不明ですが、今後の研究で明らかになると思われます。この結果は、最近、NatureのArticleとして発表されました(文献1)ので報告いたします。今年になって、同様の結果が、心臓、腎臓、肺に関して、NatureやNature medicineに掲載されており、遺伝子改変したブタを用いた異種移植の問題に対する注目の高さと重要性がうかがわれます。


文献1.
Gene-modified pig-to-human liver xenotransplantation.
Kai-Shan Tao et al, Nature volume 641, pages 1029–1036 (2025)


【背景・目的】

臓器移植において、臓器不足は深刻な問題である。これを解決する一つの方法が、遺伝子改変ブタからの異種移植であり、これまで、心臓移植と腎臓移植について報告されている。本プロジェクトは、肝臓移植における遺伝子改変ブタからの異種移植の可能性を検討することを研究目的とした。

【方法】

  • 脳死の状態にある患者さん(複数の専門家により厳密に診断した)をレシピエント(臓器を受け取る人)にして、遺伝子改変ブタからの肝臓移植を行なった。
  • 補助肝臓移植*3後、レシピエントにおける移植片の機能、血行動態、免疫機能、炎症反応に関する10日間におけるモニタリングを行った。
  • この研究は、いくつもの委員会の承認;the Academic Committee, Medical Ethics Committee (KY20232438-C-1), Clinical Application and Ethics Committee of Human Organ Transplantation (20231227-1) and the Ethics Committee of Experimental Animal Welfare (IACUC2023001)、さらに、家族からの承諾を得て行った。

【結果】

  • 移植片の再還流後、2時間で胆汁液が生成され、10日目までに66.5 mlまで増加した。
  • 移植後、ブタ由来のアルブミンも増加した。
  • これらの結果は、DASH食への順守がADの予防効果を持つ可能性を示唆していた。
  • アラニンアミノトランスアミナーゼ*4は正常範囲のままであったが、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ*4は、移植後、1日目に増加したが、その後、急速に低下した。
  • 移植したブタ肝臓の肝動脈・静脈、門脈の血流速度は、許容範囲であった。
  • 移植後初期に血小板数は減少していたが、最終的に正常範囲に戻った。
  • 組織学的解析では、移植したブタ肝臓は拒絶反応の兆候無く再生した。
  • T細胞の活性は、抗胸腺グロブリン*5の投与で阻害され、B細胞の活性化は移植後3日目まで増加したが、リツキシマブ*6により阻害された。
  • IgG, IgMの値は周術期*7に有意な変化は無かった。
  • C反応性タンパク*8、及び、プロカルシトニン*9は、移植後初期には増加したが、すぐに低下した。
  • 移植片は研究が終了するまで機能を保った。

【結論】

移植したブタ肝臓は、正常に機能しており、遺伝子改変ブタを用いた異種肝臓移植が、同種移植を行うまでの期間の代替手段として有効であると思われる。現時点において、長期間の結果については不明であり、今後の研究が必要である。

用語の解説

*1.異種移植(Xenotransplantation)
異種移植:「ヒト以外から移植片を得る」に対して、同種移植:「ヒトから移植片を得る」、
異種移植に関しては、(「ブタ腎移植で生存6カ月超、世界最長更新!」2025年9月16日参照)。
*2.ゲノム編集などで遺伝子操作したブタ
中国・四川省のバイオ企業Clonorgan(クローンオーガン)より供給されたバーマミニチュアピッグ(中国原産の小型のブタの品種、生後7ヶ月の雄)を用いた。超拒絶反応(移植後24 時間以内に拒絶される現象)を避けるため、GGTA1、β4GalALNT2、CMAHをノックアウトし、hCD46, hCD55を末梢血単核細胞 (T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞、単球、樹状細胞など) に過剰発現した。また、血栓の生成を抑えるため、hTBM遺伝子をブタゲノム中に挿入した。詳細は、本文をご覧ください。
*3.補助肝臓移植(Auxiliary transplantation)
病肝を腹腔内に温存し、補助肝臓を移植する意味は、レシピエントの体格に対して移植する肝臓が大きすぎる場合に、腹腔を完全に閉じずに一部開いたままにするか、合成材料を用いて補助的に閉じることで、移植された肝臓を収めるスペースを確保するためである。肝移植は、病気や事故で肝臓が機能しなくなった患者にとって、唯一の救命手段となる治療法である。通常、肝移植では患者自身の病気の肝臓はすべて摘出され、ドナーから提供された健康な肝臓が移植される。しかし、レシピエントの肝臓が占めていたスペースに比べて、移植する肝臓の方が大きい場合がある。このような場合に、病肝を温存し、補助肝臓を移植する(または腹腔を完全に閉じない)ことで、移植された肝臓が体内で適切に機能するための空間を確保する。
*4.アラニンアミノトランスアミナーゼ(Alanine aminotransferase:ALT)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(aspartate aminotransferase:AST)
ALT 、ASTは肝細胞に多く含まれている酵素であり、 肝細胞の障害によって上昇するため、主に肝機能を調べる際に用いられる。昔はそれぞれ、GOT, GPTとも呼ばれていた。
*5.抗胸腺グロブリン(Anti-thymocyte globulin、略称: ATG)
ATGは、ヒトの胸腺細胞をウマやウサギに注射して得られる抗体を含む点滴液であり、臓器移植における急性拒絶反応の予防および治療、すなわち、移植された臓器が体によって異物と認識され、攻撃されるのを防ぐために、免疫反応を抑制する。特にステロイド療法で効果が不十分な場合や、ステロイド抵抗性の急性拒絶反応の治療に用いられる。ATGは、T細胞などのリンパ球の表面抗原に結合し、補体の働きによってリンパ球を破壊することで免疫抑制効果を発揮する。国内ではウマ由来のATG製剤が広く使われているが、ウサギ由来の製剤も存在する。
*6.リツキシマブ(Rituximab)
リツキシマブは、B細胞の表面にあるCD20というタンパク質に特異的に結合するモノクローナル抗体であり、分子標的治療薬として抗がん剤や免疫抑制剤として使用される。
*7.周術期(Peri-operative)
この期間は、患者さんが手術のために入院する時点から退院する時点(手術前、手術中、手術後)までを指すことが一般的である。具体的には、入院、麻酔、手術、回復といった一連のプロセス全体が含まれる。周術期管理は、手術室での処置だけでなく、術前から術後までの患者さんの全身管理を指し、各診療科の医師、麻酔科医、看護師、臨床工学士、薬剤師などが連携して行われるチーム医療である。この期間の適切な管理は、合併症の軽減などに繋がる。
*8.C反応性タンパク(C-reactive protein、CRP)
CRPは、体内で炎症や組織の破壊が起きている際に血中に現れるタンパク質であり、肺炎球菌のC多糖体と結合する性質を持つことからこの名前が付けられた。主に肝臓で合成され、感染症や組織損傷に対する免疫反応が起こると血漿濃度が上昇する。CRP検査は、炎症の有無や程度を評価するための指標として広く用いられている。
*9.プロカルシトニン(Procalcitonin)
カルシトニンの前駆体となるペプチドで、主に細菌感染症の診断や重症度判定に用いられるバイオマーカーである。通常、健康な人の体内では甲状腺のC細胞で生成され、すぐにカルシトニンに代謝されるため、血中濃度は非常に低いか、ほとんど存在しません。しかし、細菌、真菌、寄生虫による重篤な感染症が発生すると、炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1、IL-6など)の刺激を受けて、肺や小腸など全身の様々な臓器でプロカルシトニンが産生され、血中に放出される。血中に分泌されたプロカルシトニンは、単球の遊走を促し、細菌の貪食能力を高めるなど、生体防御反応を促進する作用がある。ウイルス感染症や自己免疫疾患ではプロカルシトニンの血中濃度は上昇しにくい、または軽度の上昇にとどまるため、細菌感染症と非細菌感染症の鑑別に非常に有用とされている。特に、ステロイドや免疫抑制剤を使用している患者でも、プロカルシトニンは影響を受けにくいため、感染症を見逃しにくいという利点がある。

文献1
Gene-modified pig-to-human liver xenotransplantation.
Kai-Shan Tao et al, Nature volume 641, pages 1029–1036 (2025)