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2025/9/30

地中海食はアルツハイマー病よりもパーキンソン病やALSの予防に有効?

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 近年、地中海食*1の神経変性疾患に対する予防効果が注目されているが、これを大規模のコホートで示した報告はない。
  • スウェーデン人の女性42,582名について、大規模のコホート後ろ向き研究*2を行った結果、地中海食へのアドヒアランス*3により、60歳以上のパーキンソン病 (PD)、60歳未満の筋萎縮性側索硬化症 (ALS)の発症が予防されることが示された。対照的に、アルツハイマー病(AD)は地中海食アドヒアランスの影響を受け無かった。
  • 地中海食の神経変性疾患に対する予防効果は疾患ごとに異なる可能性があるが、今後、さらなる研究が必要である。
図1.

最近、お伝えしましたように(「地中海食と典型的西洋食の野生型マウスにおける神経保護効果の比較解析」2025年9月4日参照)、地中海食は、多くの慢性疾患と同様に神経変性疾患に対しても予防効果があると考えられています。しかしながら、その重要性にも関わらず、これまで、地中海食の神経変性疾患に対する予防効果を大規模のコホートで報告した例はありませんでした。今回、スウェーデン・ストックホルムにあるカロリンスカ研究所のEmily E. Joyce博士らは、スウェーデン人の女性42,582名について、「スウェーデン女性のライフスタイルと健康に関するコホート研究」*4 における1991~1992年の地中海食の摂取に関する記録とスウェーデン国民患者登録(NPR)*5より得られた2022年時点における神経変性疾患発症の情報を組み合わせた後ろ向き研究を行いました。その結果、興味深いことに、地中海食にアドヒアランスしたグループはそうでないグループに較べて、60歳以上のPD、及び、60歳未満のALSの罹患数が有意に減少していました。対照的に、ADは地中海食摂取の影響を受けませんでした(図1)。わずか2年間の地中海食の摂食で、将来の神経変性疾患の発症を予防することが出来るのだろうかと驚かされますが、再現性を含めて、今後、研究が発展することが期待されます。これらの結果は、npj Parkinson’s Diseaseに発表されました(文献1)ので報告いたします。


文献1.
Joyce, E.E. et al. Mediterranean dietary pattern and risk of neurodegenerative diseases in a cohort of Swedish women. npj Parkinsons Dis. 11, 71 (2025)


【背景・目的】

地中海食は、神経変性疾患に対して予防効果があると考えられている。本プロジェクトは、スウェーデンの女性において、大規模コホートで検討することを研究目的とした。

【方法】

  • スウェーデン人の女性42,582名について、「スウェーデン女性のライフスタイルと健康に関するコホート研究」の記録をもとに、1991~1992年の地中海食へのアドヒアランスを計算した。
  • スウェーデン国民患者登録(NPR)より得られた2022年時点における神経変性疾患(PD, ALS, AD)発症の情報を組み合わせて後ろ向き研究を行った。

【結果】

  • 地中海食への高度のアドヒアランスにより、60歳以上のPDの罹患数は有意に減少していた(HR: 0.68, 95% CI: 0.47–0.97)。
  • 地中海食への中等度のアドヒアランスにより、60歳未満のALSの罹患数は有意に減少していた(HR: 0.44, 95% CI: 0.19–0.99)。
  • 対照的に、ADは地中海食アドヒアランスの影響を受けなかった。

【結論】

我々の結果は、地中海食へのアドヒアランスにより、60歳以上のPD、60歳未満のALSの罹患が予防される可能性を示唆している。

用語の解説

*1.地中海食
「地中海食と典型的西洋食の野生型マウスにおける神経保護効果の比較解析」2025年9月4日参照
*2. 後ろ向き研究
後ろ向き研究とは、現在を起点として過去のデータを用いて、疾病の要因と発症の関連などを調べる観察研究の手法である。レトロスペクティブスタディや症例対照研究とも呼ばれる。主な特徴は以下の通りである。
  • データの利用 既存の診療記録など、過去に収集されたデータを使用する。
  • 研究期間と費用 既存データを用いるため、前向き研究と比較して研究期間が短く、費用も抑えられる傾向がある。
  • 希少疾患の研究 発生頻度の低い希少な事象や疾患についても、過去の症例を分析することで研究が可能である。
  • 分析の制約 測定計画が事前に詳細に調整されていないため、測定精度が相対的に低くなる傾向があり、解析には制約が生じることがある。例えば、リスク比ではなくオッズ比で考える必要があるなど、解釈が難しい場合がある。
  • 具体例 公害と発がん性との関連を調べる際などに用いられる手法である。
*3.アドヒアランス (adherence)
Adherenceは、規則、信念、計画などに「従うこと」や「固執すること」を意味する英単語です。特に医療分野では、「アドヒアランス」というカタカナ語で使われ、患者が治療計画や服薬について十分に理解し、納得した上で、積極的に治療に参加し、その決定に従って治療を受けることを指す。これは、医療従事者からの指示に一方的に従う「コンプライアンス」とは異なり、患者と医療従事者が協力して治療を進めるという、より積極的な概念である。
*4.スウェーデン女性のライフスタイルと健康に関するコホート研究 (WLH study; Women’s Lifestyle and Health Study)
この研究は、スウェーデンのカオリンスカ研究所の医療疫学・生物統計学部門がデータを管理しており、がんや心血管疾患などの主要な悪性腫瘍の病因に関連する曝露を調査することを目的としている。
*5.スウェーデン国民患者登録(Swedish National Patient Register、Swedish NPR)
NPRは、スウェーデン国立保健福祉庁が管理する、入院および専門外来医療に関するデータを網羅した登録システムである。この登録システムは、以下の特徴を持っている。
  • 網羅性: スウェーデン国内のすべての入院医療に関する情報を含み、2001年からは外来診療(日帰り手術や精神科医療を含む)も対象となっている。ただし、プライマリケア(初期診療)のデータは含まれていない。
  • 目的: 統計作成、疫学研究、政府への情報提供の基礎として利用され、国民の健康状態の長期的な追跡や疾病の予防・治療の改善に役立てられている。
  • 内容: 患者の個人識別番号、主診断、関連する副診断、治療処置、外部要因、その他の医療および管理情報などが記録されている。
  • 歴史: 入院登録は1964年に開始され、1987年に全国的な登録となった。外来専門医療は2001年に追加され、2010年からは強制精神医療の患者データも含まれている。
  • 更新頻度: 2021年6月以降、毎月更新されている。
  • 精度: ほとんどの診断において高い診断精度を持ち、外科的処置については非常に高い精度であることが示されている。
割り当てられたパーソナルナンバーを用いて、NPRを含む様々なレジストリのデータを連結し、医学研究に活用している。

文献1
Joyce, E.E. et al. Mediterranean dietary pattern and risk of neurodegenerative diseases in a cohort of Swedish women. npj Parkinsons Dis. 11, 71 (2025)