ケトン食は、元来、低炭水化物、高脂肪食を摂取することにより多量のケトン体を産生維持することによって体内をケトーシスにし、てんかん発作を抑制するために開発された食事療法ですが、近年、ケトン食の神経変性疾患や精神疾患に対する有効性が注目されています。前回、大うつ病に対するケトン食の有効性をコホート研究で示した論文をお伝えしましたが(「大うつ病のケトン食事療法」2025年10月7日参照)、統合失調症についても同様に、ケトン食による治療の可能性が考えられています。統合失調症の治療は、薬物療法やリハビリテーションが中心ですが、抗精神病薬*3は、多くの副作用を伴い、QOL*4に支障をきたすため、症状の寛解に応じて段階的に減量しますが、抗精神病薬の減量・服用中止は、多くの場合、1年以内に症状の再発を引き起こしてしまうのが大きな問題になっています。したがって、もし、食事療法により、再発を防止出来るならば、臨床的に非常に意義深いと言えるでしょう(図1)。このような状況で、ドイツ・ハノーバー医科大学のJann E Schlimme 博士は、ケトン食の統合失調症の治療における有効性を3症例の経過観察を通して確認し、この研究成果を、Schizophrenia Bulletin誌に発表しましたので、今回はこの論文を報告いたします(文献1)。現時点で、いくつかの症例報告レベルの論文が発表されていますので、近い将来、さらに症例数を増やしたコホート研究で確認され、臨床試験が実施されると予想されます。最近、お伝えしていますように、近年、生活習慣病から神経精神疾患まで多くの病気の治療において食事療法の有用性が注目されていますが、300年以上も昔に、江戸時代中期の高名な儒学者である貝原益軒が彼の著書『養生訓』の中で、高齢期における食の重要性について説いているのは、大変興味深いと思われます。
文献1.
Jann E Schlimme, Ketogenic Diet as Protection for Deprescribing Antipsychotics, Schizophrenia Bulletin 2025;, sbaf127
統合失調症や統合失調感情障害の治療において、抗精神病薬の段階的減量・中止はしばしば、1年以内に症状の再発を引き起こす。この問題は、特に治療の最終段階における非常に少量からの減量において起きやすい。これに対して、ケトン食による食餌療法は、再発予防的に働くと思われる。本論文では、この仮説を支える3人の症例を報告する(個人の特定を避けるため、年齢は表記しない)。
2017年に統合失調症と診断され、抗精神病薬の段階的減量を3回試みるも成功しなかった。
2002年に統合失調感情障害と診断され、長い間、何種類もの抗精神病薬と時々、lithium*3-6 またはvalproate*3-7の組み合わせの内服治療を受けていたが、副作用の為、彼自身の判断で2~3週間以内に減量していた。通常は、1ヶ月以内に新たな統合失調症のようなエピソードが出現した。2017年までに14回、精神病院に強制入院させられた。2019年に彼の抗精神病薬に関するセカンドオピニオンを求めて私(論文の著者)に連絡した。その時点で、彼は、1日当たり、aripiprazole 10 mgとvalproate 1000 mgを内服していた。我々は、valproateの量を維持しながら、aripiprazoleの量を減らしていくことで一致した。すなわち、aripiprazoleを2ヶ月ごとに1 mgずつ、2.5 mgまで減量することにした。2020年12月にこの量に到達し、精神状態は安定していたが、2021年1月に、統合失調症様エピソードが再発した。その原因は帰郷した際、彼の家族と長時間の衝突があった事、そして、手術できないほど進行した大腸がんが見つかった事によると思われた。大腸がんに関しては、ベルリンにあるシャリテー大学医学部附属病院に通院し、がん免疫療法により、寛解することが出来た。がんのこともあり、彼は、2020年夏より、自主的にケトン食療法を開始した。2021年の夏、valproateを600 mgでaripiprazoleは1.0 mgまで減量した。2023年1月aripiprazoleは0.2 mgまで減量したが、2月に、再び、統合失調症様エピソードを経験した。原因は、前回と同様、帰郷した際の家族との衝突によると考えられた。3ヶ月間、精神病院に入院し、そこでは、双極性障害の疑いと診断され、olanzapine 10 mgとlorazepam 4 mg処方された。以前より、病院の診断は統合失調症であったが、妄想的迫害、心配症、冗長性、不安定などから判断して、私(論文の著者)には、類統合失調症のように思われた。入院中は、aripiprazoleとvalproateやlithiumの組み合わせで治療が行われたが、彼の希望で退院時、aripiprazoleは継続されず、valproateやlithiumも中止した。退院後、すぐにケトン食事療法を開始し、今に続いている。2024年9月の時点で精神状態は安定している。
【症例3: 男性の患者さん】
2011年に統合失調症と診断され、長い間、何種類もの抗精神病薬を処方されていたが、2016年より、aripirazole 15 mgの単剤療法になった。彼は、徐々に抗精神病減量を試みて、2019年に抗精神病薬を服用しなくなったが、半年後に精神症状が悪化して再開せざるを得なくなった。2019年に初めて私(論文の著者)に連絡してきて、トラウマ(心的外傷)治療的要素を含んだ精神療法を始めた。コカインやアルコールなど精神を刺激するものは止めて若い頃に没頭したテニスを再開するなどの生活様式の変化を行った。2~3ヶ月、不慣れな仕事をした後、最終的にテニスコーチの職に就いた。ドイツ国内を何度も引っ越したので、ビデオ形式で治療を続けた。彼の希望で、2022年から2024年4月の間にaripirazoleを1.8 mgまで減量する事になった。2024年の初めにケトン食が抗精神薬減量に伴う再発を保護する可能性に関する議論を行った。彼は、健康のためのケトン食療法にとりわけ関心があった。ケトン食療法を確立して、初夏より始めて、4ヶ月間、向精神薬の減量を行った。これによって、彼は、より健康的であり、肉体的にも、精神的にもエネルギッシュであり、回復力があると感じた。彼は、薬の減量後、スペインに引っ越したが、人間関係が困難になり、2025年4月にドイツに帰国した。帰国後もケトン食療法を行い、現時点で9ヶ月間、薬を服用する事なくスポーツ関係の仕事に従事している。
統合失調症や統合失調感情障害の患者さんにおいて、抗精神病薬の減量・中止は多くの場合1年以内に症状の再発を引き起こすが、本論文で紹介した3症例は、ケトン食事療法によるケトーシスが精神病性再発から保護する可能性があることを示唆するものである。