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2025/10/15

ケトン食による統合失調症再発の予防

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 統合失調症や統合失調感情障害*1の薬物治療において、抗精神病薬の減量・中止、特に治療の最終段階での抗精神病薬の少量からの減量は、早期に(1年以内に)再発が起きやすいので、この対策が必要である。
  • 3人の患者さんの症例の経過から、ケトン食*2による食事療法が再発から保護する可能性があることが示唆されたのでここに報告する。
図1.

ケトン食は、元来、低炭水化物、高脂肪食を摂取することにより多量のケトン体を産生維持することによって体内をケトーシスにし、てんかん発作を抑制するために開発された食事療法ですが、近年、ケトン食の神経変性疾患や精神疾患に対する有効性が注目されています。前回、大うつ病に対するケトン食の有効性をコホート研究で示した論文をお伝えしましたが(「大うつ病のケトン食事療法」2025年10月7日参照)、統合失調症についても同様に、ケトン食による治療の可能性が考えられています。統合失調症の治療は、薬物療法やリハビリテーションが中心ですが、抗精神病薬*3は、多くの副作用を伴い、QOL*4に支障をきたすため、症状の寛解に応じて段階的に減量しますが、抗精神病薬の減量・服用中止は、多くの場合、1年以内に症状の再発を引き起こしてしまうのが大きな問題になっています。したがって、もし、食事療法により、再発を防止出来るならば、臨床的に非常に意義深いと言えるでしょう(図1)。このような状況で、ドイツ・ハノーバー医科大学のJann E Schlimme 博士は、ケトン食の統合失調症の治療における有効性を3症例の経過観察を通して確認し、この研究成果を、Schizophrenia Bulletin誌に発表しましたので、今回はこの論文を報告いたします(文献1)。現時点で、いくつかの症例報告レベルの論文が発表されていますので、近い将来、さらに症例数を増やしたコホート研究で確認され、臨床試験が実施されると予想されます。最近、お伝えしていますように、近年、生活習慣病から神経精神疾患まで多くの病気の治療において食事療法の有用性が注目されていますが、300年以上も昔に、江戸時代中期の高名な儒学者である貝原益軒が彼の著書『養生訓』の中で、高齢期における食の重要性について説いているのは、大変興味深いと思われます。


文献1.
Jann E Schlimme, Ketogenic Diet as Protection for Deprescribing Antipsychotics, Schizophrenia Bulletin 2025;, sbaf127


【序論】

統合失調症や統合失調感情障害の治療において、抗精神病薬の段階的減量・中止はしばしば、1年以内に症状の再発を引き起こす。この問題は、特に治療の最終段階における非常に少量からの減量において起きやすい。これに対して、ケトン食による食餌療法は、再発予防的に働くと思われる。本論文では、この仮説を支える3人の症例を報告する(個人の特定を避けるため、年齢は表記しない)。

【症例1:女性の患者さん】

2017年に統合失調症と診断され、抗精神病薬の段階的減量を3回試みるも成功しなかった。

  • 精神病の再発1回目; aripiprazole*3-1自発的中断10ヶ月後、2回目; olanzapinre*3-2自発的中断6ヶ月後、3回目; 2023年1月退院後、haloperidol*3-3を減量、250 mg of quetiapine*3-4
  • その後、直ちに、精神的安定を得るため、自発的にケトン食療法を始める。11ヶ月の間、抗精神病薬を服用せず、より健康的であり、エネルギッシュであり、回復力があると感じた。この間、仕事で渡米し、2024 年1月まで滞在した。2023年12月に外国へ小旅行の際、外部誘因性の睡眠不足のめ、ケトン食療法を中止したところ、1週間以内に精神病が再発し(主訴は、妄想的な関連性体験, 及び、緘黙症)、1週間入院し、lorazepam*3-5とquetiapineを処方された。ケトン食療法は再開しなかった。
  • 2024 年1月、ドイツの家族のもとに帰国し、quetiapine 200 mgの内服を続けたが、2024 年5月に精神病のエピソードが再発し、緊張型統合失調症の診断を受けて再入院した。2ヶ月後の退院時、quetiapine 450 mgを内服していたが、300 mgまで減量した。2024年秋に、ベルリンに引っ越したため、私(論文の著者)に連絡してきた。Quetiapine服用中であったが、恐らく、精神病後抑うつのために2024年12月に、故郷の精神病院に再入院して、そこでもquetiapineを続けている。ケトン食療法の再開を計画している。

【症例2: 男性の患者さん】

2002年に統合失調感情障害と診断され、長い間、何種類もの抗精神病薬と時々、lithium*3-6 またはvalproate*3-7の組み合わせの内服治療を受けていたが、副作用の為、彼自身の判断で2~3週間以内に減量していた。通常は、1ヶ月以内に新たな統合失調症のようなエピソードが出現した。2017年までに14回、精神病院に強制入院させられた。2019年に彼の抗精神病薬に関するセカンドオピニオンを求めて私(論文の著者)に連絡した。その時点で、彼は、1日当たり、aripiprazole 10 mgとvalproate 1000 mgを内服していた。我々は、valproateの量を維持しながら、aripiprazoleの量を減らしていくことで一致した。すなわち、aripiprazoleを2ヶ月ごとに1 mgずつ、2.5 mgまで減量することにした。2020年12月にこの量に到達し、精神状態は安定していたが、2021年1月に、統合失調症様エピソードが再発した。その原因は帰郷した際、彼の家族と長時間の衝突があった事、そして、手術できないほど進行した大腸がんが見つかった事によると思われた。大腸がんに関しては、ベルリンにあるシャリテー大学医学部附属病院に通院し、がん免疫療法により、寛解することが出来た。がんのこともあり、彼は、2020年夏より、自主的にケトン食療法を開始した。2021年の夏、valproateを600 mgでaripiprazoleは1.0 mgまで減量した。2023年1月aripiprazoleは0.2 mgまで減量したが、2月に、再び、統合失調症様エピソードを経験した。原因は、前回と同様、帰郷した際の家族との衝突によると考えられた。3ヶ月間、精神病院に入院し、そこでは、双極性障害の疑いと診断され、olanzapine 10 mgとlorazepam 4 mg処方された。以前より、病院の診断は統合失調症であったが、妄想的迫害、心配症、冗長性、不安定などから判断して、私(論文の著者)には、類統合失調症のように思われた。入院中は、aripiprazoleとvalproateやlithiumの組み合わせで治療が行われたが、彼の希望で退院時、aripiprazoleは継続されず、valproateやlithiumも中止した。退院後、すぐにケトン食事療法を開始し、今に続いている。2024年9月の時点で精神状態は安定している。

【症例3: 男性の患者さん】

2011年に統合失調症と診断され、長い間、何種類もの抗精神病薬を処方されていたが、2016年より、aripirazole 15 mgの単剤療法になった。彼は、徐々に抗精神病減量を試みて、2019年に抗精神病薬を服用しなくなったが、半年後に精神症状が悪化して再開せざるを得なくなった。2019年に初めて私(論文の著者)に連絡してきて、トラウマ(心的外傷)治療的要素を含んだ精神療法を始めた。コカインやアルコールなど精神を刺激するものは止めて若い頃に没頭したテニスを再開するなどの生活様式の変化を行った。2~3ヶ月、不慣れな仕事をした後、最終的にテニスコーチの職に就いた。ドイツ国内を何度も引っ越したので、ビデオ形式で治療を続けた。彼の希望で、2022年から2024年4月の間にaripirazoleを1.8 mgまで減量する事になった。2024年の初めにケトン食が抗精神薬減量に伴う再発を保護する可能性に関する議論を行った。彼は、健康のためのケトン食療法にとりわけ関心があった。ケトン食療法を確立して、初夏より始めて、4ヶ月間、向精神薬の減量を行った。これによって、彼は、より健康的であり、肉体的にも、精神的にもエネルギッシュであり、回復力があると感じた。彼は、薬の減量後、スペインに引っ越したが、人間関係が困難になり、2025年4月にドイツに帰国した。帰国後もケトン食療法を行い、現時点で9ヶ月間、薬を服用する事なくスポーツ関係の仕事に従事している。

【結論】

統合失調症や統合失調感情障害の患者さんにおいて、抗精神病薬の減量・中止は多くの場合1年以内に症状の再発を引き起こすが、本論文で紹介した3症例は、ケトン食事療法によるケトーシスが精神病性再発から保護する可能性があることを示唆するものである。

用語の解説

*1.統合失調感情障害(Schizoaffective Disorder)
統合失調感情障害は、統合失調症と気分障害(うつ病や双極性障害など)の両方の症状が同時に、または数日のずれなく現れる精神疾患である。統合失調症の症状として、幻覚、妄想、支離滅裂な言動、思考のまとまりのなさ、認知機能の低下などを来たし、気分障害の症状として、抑うつ(気分の落ち込み)や躁状態(過剰な興奮、ハイテンション)が見られる。これらの症状が、統合失調症や気分障害の診断基準をそれぞれ満たすほどではない場合でも、同時に出現することがある。診断には、全罹病期間の50%を超える期間で、意味のある気分症状(抑うつ症状または躁症状)が存在し、かつ統合失調症の症状が2つ以上併存することが必要である。統合失調感情障害は、気分症状のタイプによって「双極型」(躁病エピソードのみ、または躁病・混合性エピソードと大うつ病エピソード)と「抑うつ型」(大うつ病エピソードのみ)に分類される。薬物療法と心理療法(認知行動療法など)が治療に有効とされている。躁病型は、完全に寛解することが多く、一方、抑うつ型は完全な寛解に至らない場合がある。
*2.ケトン食
「大うつ病のケトン食事療法」2025年10月7日参照。
*3.抗精神病薬(Antipsychotics)
抗精神病薬は、広義の向精神薬の一種で、主に統合失調症などの症状を緩和する精神科の薬である。以下、本論文中に出てくる抗精神病薬について簡単に説明する。
*3-1.アリピプラゾール(Aripiprazole)
非定型抗精神病薬の一種であるアリピプラゾールは、脳内のドーパミンという神経伝達物質の働きを調整する「ドーパミン受容体部分アゴニスト」または「ドーパミン・システム・スタビライザー(DSS)」と呼ばれる作用機序を持っている。この薬は、ドーパミンの量が過剰な場合はその働きを抑え、不足している場合はその働きを増強するという特徴がある。この特性により、アリピプラゾールは投与量によって異なる効果を発揮し、様々な精神疾患の治療に用いられる。
*3-2.オランザピン(Olanzapine)
オランザピンは、統合失調症や双極性障害(躁うつ病)の治療に用いられる非定型抗精神病薬の成分名である。この薬は、脳内のドーパミンやセロトニンなど複数の神経伝達物質の受容体に作用し、そのバランスを整えることで、幻覚や妄想、強い不安感、イライラなどの精神症状を改善し、気分を安定させる効果がある。
*3-3.ハロペリドール(Haloperidol)
ハロペリドールは、主に統合失調症や躁病の治療に用いられるブチロフェノン系の抗精神病薬である。この薬は、中枢神経のドーパミンD2受容体を遮断することで作用し、幻覚や妄想を抑え、病的な興奮を鎮静させる効果がある。また、制吐作用も持ち合わせている。ただし、副作用としては、パーキンソン症候群(振戦、固縮、小刻み歩行など)、急性および遅発性ジストニア、急性および遅発性ジスキネジア、悪性症候群、高プロラクチン血症、アカシジア(静座不能症)などが報告されている。
*3-4.クエチアピン(Quetiapine)
クエチアピンは、統合失調症や双極性障害(躁うつ病)などの精神疾患の治療に用いられる非定型抗精神病薬の一種である。この薬は、脳内のドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質の受容体に作用し、そのバランスを調整することで精神症状を改善する。
*3-5.ロラゼパム(Lorazepam
ロラゼパムは、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬である。 持続時間は中程度で、排出半減期は約12時間。適応は神経症や心身症における不安・緊張・抑うつである。主な作用は以下の通り。
  • 抗不安作用:漠然とした不安や心配事を和らげる。
  • 鎮静作用:精神的な興奮を落ち着かせ、リラックスさせる。
  • 催眠作用:眠気を誘い、寝つきを良くする効果も期待できる。
  • 筋弛緩作用:筋肉の緊張やこわばりをほぐす。
  • 抗けいれん作用:脳の異常な興奮を抑え、けいれん発作を鎮める。
*3-6.リチウム(Lithium)
リチウム薬とは、主に双極性障害(躁うつ病)の治療に用いられる気分安定薬の一種です。
*3-7.バルプロ酸(Valproate))
バルプロ酸は、主に脳の神経細胞の過剰な興奮を抑える作用を持つ薬剤である。この薬は、てんかん、躁病および躁うつ病の躁状態、片頭痛の治療などに用いられる。
*4.QOL(Quality of life)
QOLとは、ひとりひとりの人生の内容の質や社会的にみた『生活の質』のことを指し、ある人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているか、ということを尺度としてとらえる概念である。驚くべきことに、規律性の高い人は長生きする傾向があるが、規律性の低い人よりも生活の質が低くなる可能性がある。

文献1
Jann E Schlimme, Ketogenic Diet as Protection for Deprescribing Antipsychotics, Schizophrenia Bulletin 2025;, sbaf127