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2025/10/21

LAG3は制御性T細胞の増殖を抑えて凝集α-シヌクレインの腸脳伝達を促進する

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 制御性T細胞(Treg)*1の機能不全は、パーキンソン病(PD)の発症・進行に寄与すると考えられるが、そのメカニズムは不明である。
  • リンパ球活性化遺伝子3(LAG3)*2によるTregの疲弊が関与する可能性をLAG3ノックアウトマウスのα-シヌクレイン(αS)腸脳移行モデル*3の系で評価した結果、LAG3がTregの増殖を抑えて、αS凝集体の腸脳伝達を促進する働きがあることを観察した。
  • 我々の結果は、LAG3がPD治療のターゲットになる可能性を示唆するものである。
図1.

2025年のノーベル生理学・医学賞に制御性T細胞(Treg)の発見が評価され、坂口志文教授(現・大阪大学)らが受賞されました。Tregは、自己に対する免疫応答の抑制を司っているT細胞で、健康人のCD4陽性T細胞のなかの約5%を占めています。Tregの機能異常は、様々な疾患の発症や進行に関係していると考えられます。例えば、Tregが過剰に働くことで、がん細胞に対する免疫反応が抑制され、がんは、免疫細胞からの攻撃を逃れて増殖します。逆に、Tregの抑制機能が低下すると、自己に対する免疫応答の亢進を制御できず、自己免疫疾患を引き起こします。また、慢性炎症を特徴とする生活習慣病や神経変性疾患などの高齢疾患においても、Tregの機能低下が関与することがわかってきました。そのメカニズムの一つとして注目されているのがLAG3です。LAG3はPD-1とCTLA-4に次ぐ第3の免疫チェックポイント分子*4として注目されてきましたが、LAG3は細胞傷害性T細胞や制御性T細胞に発現し、これらT細胞の活性化・増殖を制御する機能を有しています。がんや神経変性疾患では、LAG3の発現量と活性は増大し、T細胞の疲弊が進行する可能性が報告されており、したがって、LAG3は、新たな治療ターゲットとして研究が進んでいます。このような背景で、中国・広州医科大学のWei-Xin Kong博士らは、α-シヌクレイン(αS)腸脳移行モデル*3(PDマウスモデルの一つ)においてLAG-3はTregの増殖抑制を伴ってαSの神経病理を促進することを観察しました(図1)。これは、LAG3がPDの新たな治療ターゲットになる可能性を示唆し非常に興味深いと思われます。結果は、J Neuroinflammationに掲載されましたので、今回は、その論文(文献1)を紹介いたします。


文献1.
LAG3 limits regulatory T cell proliferation in α-synuclein gut-to-brain transmission model, Wei-Xin Kong et al., J Neuroinflammation 2025 Jul 5;22(1):174.


【背景・目的】

免疫チェックポイント分子の一つであるLAG3は細胞傷害性T細胞やTregに発現し、T細胞の応答・活性化・増殖を制御する機能を有しているが、神経変性疾患では、LAG3の発現量と活性は増大し、T細胞の疲弊が進行する可能性がある。本プロジェクト研究目的は、これをPDの病態モデルにおいて証明し、LAG3を新たな治療ターゲットとして捉えることである。

【方法】

LAG3ノックアウトマウス(及び、コントロールマウス)を用いて、αS腸脳移行モデルにおいてαSの神経病理所見;チロシンヒドロキシラーゼ、 αS、炎症性サイトカイン、バリア関連タンパク質、CD4陽性T細胞の分化を免疫組織化学、ウェスタンブロット、フローサイトメトリーなどで評価した。

【結果】

  • LAG3ノックアウトマウスでは、Tregの増殖亢進に伴って、行動・心理症状の異常、ドーパミンシステムのダメージ、αSの腸脳伝達が部分的に軽減した。
  • さらに、LAG3ノックアウトマウスでは、腸の機能不全は改善し、腸、及び、脳血液障壁におけるタイトジャンクションプロテイン*5の発現が増加した。
  • 脾臓から分離したCD4陽性T細胞では、LAG3ノックアウトマウスでは、αS・PEFの凝集は抑えられ、αS・PEFによって促進されるT細胞の毒性反応は消失していた。
  • LAG3の欠損は、IL-2/STAT5シグナル伝達経路を刺激し、Tregの比率を増加させた。

【結論】

我々の結果は、LAG3が本質的にTregの増殖を抑えて、αS凝集体の腸脳伝達を促進する働きがあることを証明するものである。

用語の解説

*1.制御性T細胞(Regulatory T cell;Treg)
リンパ球には、T細胞とB細胞の2種類が存在し、その中でもT細胞は、CD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞に大別され、制御性T細胞(Treg)とは、本来は自己免疫病などにならないように、自己に対する免疫応答の抑制(免疫寛容)を司っている細胞で、健康人のCD4陽性T細胞のなかの約5%を占めている。Tregは、免疫応答機構の過剰な免疫応答を抑制するためのブレーキ(負の制御機構)や、免疫の恒常性維持で重要な役割を果たす。Tregの発生には、Foxp3誘導のほか、それとは別系統のTCR刺激によるDNAの配列変化を伴わない遺伝子機能の変化(エピジェネティクス)により、T細胞がTregに分化すると考えられる。
*2.リンパ球活性化遺伝子3(Lymphocyte Activation Gene-3: LAG3)
LAG-3はPD-1とCTLA-4に次ぐ第3の免疫チェックポイント分子として注目されており、新たな治療ターゲットとして研究が進んでいる。LAG-3はT細胞(中でも細胞傷害性T細胞およびTreg)に発現する細胞表面分子であり、T細胞の応答・活性化・増殖を制御する機能を有していることがこれまでの研究で分かっている。PD-1と同様に癌細胞の抗原に繰り返し曝露されることによってLAG-3の発現量と活性は増大し、T細胞の疲弊が進行することが報告されている。このメカニズムに着目して、抗LAG-3抗体レラトリマブ(Relatlimab)が開発された。この薬剤はT細胞上のLAG-3と結合し、疲弊したT細胞のエフェクター機能を回復させるという作用機序で抗腫瘍効果を有する。
*3.αS腸脳移行モデル
αSは腸の神経細胞に発症早期から沈着・凝集することから、PDでは、腸から脳にαSが伝播していくのが病態の中心ではないかという腸内細菌とPDの関係を説明する仮説(ブラーク仮説)があり、多くの研究に支持されている。これに基づいて、体外でαSの凝集体 (preformed fibril, PPF)を作成し、マウスの幽門や十二指腸の上皮細胞に注入し凝集物が腸の神経細胞から脳へ伝わるのが、αS腸脳移行モデルである。PFFとは、特定の条件下で培養された組換え単量体タンパク質(例:αSやタウタンパク質)が凝集して形成される、ミスフォールドした線維のことである。
*4.免疫チェックポイント分子
免疫システムには、免疫応答を活性化するアクセル(共刺激分子)と、抑制するブレーキ(共抑制分子)が存在する。後者は「免疫チェックポイント」として機能し、自己の細胞や組織への不適切な免疫応答や過剰な炎症反応を抑制する。代表的な免疫チェックポイント分子として、CTLA-4やPD-1などの抑制性受容体があり、T細胞上に発現している。これらの抑制性受容体に、生理的なリガンドが結合すると、T細胞の増殖やエフェクター機能(サイトカイン産生や細胞傷害活性など)が抑制される。
*5.タイトジャンクションプロテイン(Tight Junction Protein)
隣接する細胞同士を密着させ、物質の透過を制御する細胞間結合であるタイトジャンクション(密着結合)を構成するタンパク質の総称である。主要なタイトジャンクションプロテインには、クローディン(Claudin)、オクルディン(Occludin)、トリセルリン、JAMファミリー(JAM family)、アンギュリンファミリー(Angulin family)などがある。これらの膜タンパク質は、ZO-1などのZOファミリーやシングリンファミリーといった裏打ちタンパク質と相互作用し、アクチン細胞骨格との連携を通じてタイトジャンクションの機能維持に関わっています。タイトジャンクションの機能不全は、炎症性腸疾患や糖尿病、アトピー性皮膚炎など、様々な疾患の発症に関与することが知られています。

文献1
LAG3 limits regulatory T cell proliferation in α-synuclein gut-to-brain transmission model, Wei-Xin Kong et al., J Neuroinflammation 2025 Jul 5;22(1):174.