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2025/10/30

低⽤量IL-2による軽度〜中等度アルツハイマー病の治療効果:第2相臨床治験

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 制御性T細胞(Treg)*1 の機能不全は、アルツハイマー病(AD)の初期の病態に寄与すると考えられるが、そのメカニズムは不明である。
  • 我々は、低⽤量のインターロイキン-2(IL-2)投与によりTreg の機能を回復させることが、ADの治療に繋がると仮定し、ADの患者さんに対してリコンビナント(rec)IL-2を⽪下注射により投与する第2相a臨床治験*2を⾏った。
  • その結果、rec IL-2を4週間ごとに投与すると、Tregの活性は効果的に拡⼤し、炎症性メディエーターおよび CSF Aβ42レベルの修正につながるとともに、副作⽤は認められず、臨床スケールで有望な傾向を⽰した。
  • 第2相a臨床治験の結果は、低⽤量のIL-2をADの治療薬としてさらに研究するための基盤を提供するものである。
図1.

Tregは、自己に対する免疫応答の抑制を司っているT細胞であり、Tregの機能異常は、がんや自己免疫疾患など様々な疾患の原因になりますが、神経変性疾患においてもTregの機能低下が関与すると考えられています。前回は、免疫チェックポイント分子*3であるLAG3により、T細胞の疲弊がパーキンソン病を促進する可能性をマウスにおけるαシヌクレイン凝集体の腸脳移行の系で示した論文を紹介いたしましたが(「LAG3は制御性T細胞の増殖を抑えて凝集α-シヌクレインの腸脳伝達を促進する」2025年10月21日参照)、今回は、ADの治療研究の分野で、最近、注目されているIL-2について議論を進めたいと思います。IL-2は、活性化したT細胞の発現する細胞障害性T細胞やTregの制御に必須な自己分泌の増殖因子ですから、外部からIL-2を投与すれば、ADで機能が低下したTregを回復することができるのではないかと予想されます(図1)。このような考えに基づいて、米国・テキサスにありますヒューストン・メソジスト研究機構*4のAlireza Faridar博士らは、38名の軽度〜中等度のADの患者さんに対してrec IL-2を皮下注射により投与する第2相a臨床治験を行ったところ、低用量のrecIL-2を投与された患者さんは、副作用がなく、ADの検査項目も有意に改善することを観察しました。この結果は、IL-2がADの新たな治療ターゲットになる可能性を示唆するものであり、非常に興味深いと思われます。今回は、Alzheimers Res Therに掲載された論文(文献1)を紹介いたします。今後、参加者を増やした第3相臨床治験が成功することが期待されます。


文献1.
Low-dose interleukin-2 in patients with mild to moderate Alzheimer's disease: a randomized clinical trial, Alireza Faridar et al., Alzheimers Res Ther 2025 Jul 4;17(1):146. doi: 10.1186/s13195-025-01791-x.


【背景・目的】

ADではTregsの機能が低下し、免疫系が炎症誘発反応へと移行すると考えられている。したがって、Tregの機能を回復すれば、治療に結びつくかも知れない。本プロジェクトは、ADの進行を改善するために、低用量のIL-2の投与が、Tregsを拡大する際に得られる安全性と有効性を評価するための第2相a臨床治験である。

【方法】

  • この第2相a治験は、無作為化二重盲検プラセボ対照試験であり、38人の被験者がrec IL-2 (106 IU/日) (または、プラセボ)を皮下に5日間投与し、その後、4週間ごとにrec IL-2を投与(IL-2 q4wks、または、プラセボ)、または、2週間ごとにrec IL-2を投与され(IL-2 q2wks、または、プラセボ)、148日後に評価が行われた。
  • 主要評価項目は、有害事象の発生率および重症度であり、二次エンドポイントに関しては、Treg数値および抑制関数の変化を評価した。探索的エンドポイントには、血漿炎症メディエーター、CSF関連バイオマーカー、および臨床スケールの変化が含まれた。

【結果】

  • 38人の参加者(50~86歳、軽度〜中等度AD;MMSE*5 score of 12–26、CSFバイオマーカー)のうち、10人がrec IL-2 q2wks、9人がrec IL-2 q4wks、19人がプラセボを投与された。すべての参加者において、重篤な有害事象や死亡例はなかった。
  • 2通りのrec IL-2投与法はいずれもTreg活性(Foxp3*6の蛍光強度など)と抑制機能を増加させたが、rec IL-2 q4wks治療はq2wks治療よりも優勢を示した。
  • 45種類の炎症性メディエーターの縦断的解析において、IL-2 q4wks投与は、血漿内膜メディエーターCCL2、CCL11およびIL-15レベルを減少させて、IL-4およびCCL13レベルを上昇させる効果を示した。
  • IL-2 q4wks投与群では、プラセボ投与群と比較して、148日目におけるCSF Aβ42レベルの有意な改善が観察された(p=0.045)
  • プラセボ投与群ではCSF NfL(ニューロフィラメント軽鎖)が217pg/ml増加したが、IL-2 q4wks群では安定していた(p = 0.060、プラセボ対IL-2 q4wks)。
  • 22週時点でのADAS-COGスコア*7のベースラインからの調整後平均変化は、プラセボ投与群と比較して、IL-2 q4wks投与群における臨床進行が鈍化する傾向があった(p = 0.061)。

【結論】

  • 第2相a臨床治験は、IL-2 q4wksはTregの活性を効果的に拡大し、炎症性メディエーターおよびCSF Aβ42レベルの修正につながるとともに、副作用は認められず、臨床スケールで有望な傾向を示した。
  • これらの結果は、低用量のIL-2をADの治療薬としてさらに研究するための基盤を提供するものである。

用語の解説

*1.制御性T細胞(Regulatory T cell;Treg)
「LAG3は制御性T細胞の増殖を抑えて凝集α-シヌクレインの腸脳伝達を促進する」2025年10月21日参照
*2.第2相a臨床治験
初めて患者さんに治験薬投与する段階であるが、第2相aと第2相bに細分することがよくある。初めて患者さんに治験薬を使ってもらうのは第2相aになる。第2相aでは、薬の量の見当をつけるため、実験動物のデータを用いたり、既存の類似する薬剤があれば実験動物データを比較したり、さまざまな考察を加える。このようにして推定された用量の薬を飲んでもらい、順次、用量を増やしていく。こうして、複数の用量ごとのおおよその有効率を推定する。第2相bでは、プラセボとの間に統計学的有意差を検出するために何人の患者さんのデータが必要なのか事前に計算するとき(必要症例数の設定)、第2相で得られた各用量の有効率を用いる。統計学的な手法で計算された試験に必要な患者さまの人数は、治験実施計画書に明記され治験の規模が決まる。これは治験の計画を立てるときの基本的な設定である。第2相bは、通常、第3相試験ほどではないが、たくさんの患者さんに使ってもらうことが必要ですが、それは統計学的な有意差を、プラセボの患者さんとの間に検出するためである。その症例数設定に第2相aでの見当付けが役に立ちます。
*3.免疫チェックポイント分子
「LAG3は制御性T細胞の増殖を抑えて凝集α-シヌクレインの腸脳伝達を促進する」2025年10月21日参照
*4.ヒューストン・メソジスト研究機構(Houston Methodist Research Institute)
アメリカ・テキサス州ヒューストンにある非営利の医療機関Houston Methodistの一部門で、トランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)に特化した生物医学研究所である。この研究機構は、科学者、医師、エンジニアが協力し、研究室での発見を患者の治療法へと迅速に転換することを目指している。精密医療、生物療法と再生医療、成果・品質・医療パフォーマンスの3つの戦略的領域に焦点を当てて研究を進めています。特に、心血管疾患、がん、感染症、神経科学、糖尿病などの分野で医学的ブレークスルーを目指し、800以上の臨床試験を実施している。
*5.MMSE(Mini Mental State Examination、ミニメンタルステート検査)
Foxp3はTregのマスター転写因子である。Tregの分化・機能発現・分化状態の維持すべてにおいて必須の役割を担う転写因子発現はTregにほぼ特異的であるため、Tregを同定する際のマーカー分子としても用いられる。
*6.Foxp3
Foxp3はTregのマスター転写因子である。Tregの分化・機能発現・分化状態の維持すべてにおいて必須の役割を担う転写因子発現はTregにほぼ特異的であるため、Tregを同定する際のマーカー分子としても用いられる。
*7.ADAS-COG(Alzheimer’s Disease Assessment Scale)スコア
ADASは、ADの病状を評価するためのスケールであり、ADによる認知機能障害を評価する「ADAS-cog」と、精神状態などを評価する「ADAS-non cog」の2つの下位尺度から構成されているが、ADAS-cogが単独で使用されることが多く、ADの診断時に進行の程度を判定し、継続的に検査を行って病状の変化を把握する目的で用いられる。また、ADに対するコリン作動薬の効果を評価する際にも活用される。ただし、評価項目が多く、検査には40分前後を要するため、簡易的なスクリーニング検査には適さないとされている。

文献1
Low-dose interleukin-2 in patients with mild to moderate Alzheimer's disease: a randomized clinical trial, Alireza Faridar et al., Alzheimers Res Ther 2025 Jul 4;17(1):146. doi: 10.1186/s13195-025-01791-x.